聖女の姉は皇太子に謝罪されるー3
「ところで、アレク殿下を見ているとアリスを本当に気に入っているように見えるのですが、あれも聖女の能力なんですか?」
食事の準備ができるまで魔法の練習をしますといったはいいものの、魔力の感知からできなくなっていた私は、結局クリス様の膝の上で魔力を感知する練習からやり直しをしていた。
とはいっても一度できるようになったことはすぐにまたできるようになっており、自分で自分の中の体の中の魔力の流れの速度を変える、という訓練をしている。
しかしそれも結局ひとりではなかなかできず、クリス様に手を握ってもらった状態でしかできなかった。
いうなれば補助輪をつけた自転車だ。
「いや、アレクはこの世界に来る前からアリスさんを見ていたからね。もちろん通信などが頻繁にできるわけじゃないから、一方的にアレクが彼女を知っていただけなんだけど。」
「そうなんですね。」
召還できるのだから、覗くことくらいならそれよりもハードルが低いのは想像がつく。
そして初日に、聖女候補の中から殿下自身がアリスを選んだ、という言い方をしていたのだから、複数候補がいる中で、何からの情報で一番アリスが気に入ったからというものなのだろう。
一方的に覗かれて一方的に選ばれてというのは気分のいいものではないが、相手のことはよくわからないがとりあえずポテンシャルがあるから呼んでみて迷惑をかけられている状況だったとすれば、もっと気分が悪い。どちらにせよ呼ばれていること自体が不満な私が何を言っても嫌味な言い方にしかならないのは自明であり、またこれはアリスの問題なので口は開かない。
「こちらの世界には、聖女と呼ばれるような魔力を持つ人間はいないんですか?」
「秘匿することもあるだろうから他国はわからないけど、うちの国ではないね。まあ君たちの世界は人間の数が全く違うから、確率の問題かもしれないけどね。」
世界の全容はそもそも国家間での行き来や情報の公開が乏しくわからない部分も多いそうだが、ざっくり把握している範囲でも国土が地球と同程度にもかかわらず、人口は地球の30分の一程度とのことだ。
人が少なく、魔法が使えてしまうのだから文明の発達が少しずつ遅そうなのは無理もないことなのだろう。
ただ地球は今の人口では完全に飽和して資源の底をつくのが見通せる状態になっていることを考えると、人口が増えて文明が進むのが喜ばしいのはあくまで今現在生きている人間のためだけにしかならないとも思える。
魔力の源が何かわからないが、人間に応じて一定の割合で出てくるものを資源にできることがあるというのはメカニズムさえあればぜひ持ち帰りたいものである。
まあ魔力をほとんど持っていないうえにろくに使えない私がそんなことを言うと人で人体実験しなくてはいけなくなるので、思うだけにとどめておく。
「アリスが殿下といるのを好まない、そもそもこの世界にとどまるのを望まない場合はどうするのですか?考えたのですが、アリスが召還できるスキルを得ることができれば、アリスの魔力があればおそらく帰れるということですよね。」
「痛いところつくね。そうだよ、帰れるよ。でもそれは君はアリスさんの前で言えないようになっているよね。」
そうなのだ。
そのことに気が付いてアリスに日中伝えようとしたところ、口が全く動かなくなった。
数秒のことだが明らかに外から力がかかって声が出なくなっていたため、おそらく箝口令の魔法かなにかによるものだと気が付いたのだ。
「この国の言語に翻訳できる魔法をかけたときに、ついでに少し。申し訳ない。」
「…」
申し訳ないとは思っていなさそうな顔を睨みつけるが、何の効果もなさそうなのであきらめてため息をつく。
だが、帰れる手段があるのならいつかはアリスだって気づくだろう。
「アリスは、人生経験が短い分素直ですが、馬鹿じゃないのでそのうち気が付きますよ。」
「それまでにこの国を好きになってもらうことがアレクや僕の仕事だね。貴方がここにとどまってくれることになればそのままここに滞在してもらえる可能性はぐっと強まる。」
「…アリスに召喚できるようになってもらって、帰った後又来るというのはできないのですか?」
なんにせよいったん帰りたいので交渉できそうならしておく。
「アリスさんは膨大な魔力を持っているが、向こうの世界に帰ってしまってはそれは無用の長物だ。向こうの世界では魔力そのものが働ける環境にないんだ。彼女が帰ることはできても、そのあとこちらに呼び返す手段がない。」
目の前の食事に対して手を合わせていただきます、と言って食べ始める。クリス様は少し不思議そうな顔をしているが、私の出身の習慣ですのでと言い、かまわず食べることにする。
「そうですか。それなら、私が一人で帰ることはできるんですね。」
「アリスさんが異世界転移のスキルを習得すればね。でも聖女にしてもらわないといけない仕事は山のようにあるから、今言ったような複雑かつ確実性が必要なスキルの習得に時間を割かせるのはずっと先になるかな。」
「私一人を元の世界に返すためにその時間は今は使えないと。」
「そうだね。でもそもそも君は一人で帰らせろ、と自分からは言わないだろう?」
「そうですね。」
流石に未成年の妹一人を知らない世界に置いて帰れるほど薄情ではない。
パンを一口大にちぎりながら思い出したことを聞く。
「あ、そうだ、ご飯ってないんですか。」
「ご飯…この世界の主食のメインは小麦だが、米も流通はしているよ。元の世界は米が主食だったね。やっぱり米のほうがいいのかな。この国は稲作ができるほど河川が多くなくてね、欲しいなら取り寄せておこう。」
「私は肉があればそれでいいのですが、アリスがそのほうが喜ぶと思います。」
「それなら急ぎで取り寄せが必要だな。食肉も増量を検討しよう。肉の種類は豚か?鳥か?馬か?牛か?」
「いや、そんな多量は食べられないんでいらないですけどね。何の食肉でも美味しくいただければそれでいいです。」
「ふむ。貴方は主食も肉に変えたほうがいいのかな?」
真顔で言ってきた。息が臭くなりそうだ。人を何だと思っている。
「いえ、あまりに主食を制限すると体調を壊すもとになりますから。それはしないでいただけるほうが望ましいですね。」
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