聖女の姉は耐性がない
治療魔法は治療後のイメージができないとうまくできないものがある。
イメージができる私を通して、アリスに治療をさせるものの、そのまま私は意識を失ってしまった。
今話は医療魔法は出てきません。
目が覚めると、目に入ったのは見覚えのない天井だった。
少し視界がぼやけている気がするのが、あたりが暗いので気のせいかもしれない。
先ほどまで治療院にいたはずなのだが、どうみても治療院の清潔感を重視した簡素な天井とは違う。
どちらかというと、王宮の天井のようなー
ー帰ってきた?
正直どうやって帰って来たか覚えていない。
魔力の加減がわからず、力を使い果たしてしまった妹はもう目が覚めただろうか。
頭も体も重く、自分の意思で動かせない。
左の腕が、やたら心地いい。
視線を左にやると、ここ2日何度も見た顔が間近で眠っていた。
いくら月明かり程度の薄い明りとはいえ、ここまで整った顔を見間違えることはない。
目を閉じている顔は、美術品のように美しかった。
色素の薄い髪の毛が、月の光を受けて透き通った輝きを見せている。
ーえ?
声を出そうとするが、うまく声が出ず息が漏れただけだった。
全力で起き上がろうとしても、少ししか体を動かすことができない。べっとりと寝汗を書いていることに気が付く。
すぐ隣にあった顔が少し動く。
今動いた気配で起こしてしまったようだ。
「目が覚めたんだね。」
やわらかい笑顔を見せる。
手が強く握られる感覚がある。ずっと手を握られていたのか、私の手と同じ温度だ。
「えっとー」
声を出そうとしてせき込む。口の中が異様に乾いている。
「ほぼ丸二日眠っていたからね。無理せずゆっくりしているといい。」
出会って数日の男性と同衾して寝れるほど図太い神経はしていない。
クリス様は手を握ったまま起き上がり、となりの代に準備しておいたらしい水差しを取り、私の口に差し込んでくる。
なすがまま水を飲んで、口の中に感覚が戻る。
「二日寝ていたってことですか?アリスはー」
「アリスさんは魔力切れだけだったから今朝には元通りに回復していたよ。」
ほっとした顔を見てクリス様はあきれたように頭をなでてきた。
私の髪をいじりながら話を続ける。
「君は、寝ていたというより昏睡と言ったほうが正しいかな。アリスさんの魔力を身体が通って、体の回路が焼き切れる寸前だったんだよ。「治療魔法」という形になる前の魔力をそのまま注ぐのは体にとっては火にくべる薪をむやみに放り込むようなものだからね。とくにアリスさんは魔力の調節もできていない状態だし、その魔力の量は君の体にないものだから適応できない。害にしかならないんだ。」
「…すみません。」
「もちろん、そんな魔法の使い方をするなんて考えたこともなかったから、事前に注意を払えていなかったのはこちらの問題だけど、次からは習った魔法の使い方以外で魔法はしないでほしい。」
いや、そもそも私が治療魔法を使えなかったのが一番の問題だった気もするけど…
「すみません。早く、魔法が使えるようになりますね。」
クリス様が座った眼でこちらを見て、少ししてため息をついた。
同じ寝台に横になり、そのまま私を抱きしめる。
「あの…!」
振り払おうとするが、うまく力が入らない。
「ー君は、元の世界では魔法ではなく薬を使う治療師と言っていたね。それは、わが身を顧みず他者に尽くすというのが当然の世界なのかい?」
先ほどのことを言っているのだろう。
「いえ、人によると思います。さっきのだって、別に自分に害があるとわかりながらアリスにさせたわけではないので。」
実際、急を要する事態だったので一つしか選択肢が思い浮かばずアリスの魔力を通してわたしが治療するような形をとったが―
あの直後の自分の体の不調と、今もまだなお動かない自分の体を考えると、これからも同じ手段をとると体がいくつあっても足りないだろう。
そもそも、こういった事態になった後でアリスが同じように魔法を使ってくれるとは思えない。
自分の命を犠牲にして人を助ける、そんなことを医者がしていてはどれだけ医者がいても足りないだろう。昔の漫画で自己犠牲の極みの医者の漫画を読んだことがあるが、何を訴えたいのかよくわからず、不快感だけが残り最後まで読めなかった記憶がある。
自分の領分には、線引きが必要だー
医療行為を行うだけのサイボーグとして生きていくのなら、そのまま命を落としても本望と思えるのかもしれないし、大きな急性期病院の最前線で働いている上級医はそんな雰囲気を醸し出している。その医師たちが医師として立派であり、世の中の意思の理想像であることは疑いようがないだろう。
ただしそれは、理想を追い求めて人間らしさと人としての幸せを捨てられる、一部の人間にか実現出来ない。
大体の凡人は、力尽きるか、今回のことは具体例とは言えないかもしれないが過程で共倒れになるか―だ。
私が医師になったのは、ただ自分が認められる存在でいるために。
求められる存在でありたいから。
ただー
「ただ、私は自分の身が焼かれると知って何の安全策もなく日に飛びj込める人間ではなく、予防策を重ねないと飛び込めない臆病な人間です。同じことは、しないと思います。」
「そうしてくれ。」
顔は見えないが、さらに強く抱きしめられ顔をみることはできない。
どの程度かにせよ、心配させていたのだろう。
少し汗臭い。
自分の汗とは違うにおい。
もしかすると、ずっとついててくれたのだろうか。
「…心配させてすみませんでした。」
「…同じことをしないと約束してくれないのなら、ずっとこの部屋にいてもらう予定だった。」
「勘弁してください。」 軟禁されて喜ぶ性癖はない。
「妹さんの許可は得ているよ。何なら部屋から出されると頼ってしまうだろうから出さなくていいとまで言われている。」
真面目なトーンのまま言われる。
「いやちょっとそれは…」
「ただし、君が嫌がるだろうから君の希望を優先するようにも言われたよ。」
「よかったです。」
年は離れていてもさすが一緒に10年以上暮らした妹だ。
「…部屋から出たい?」
「そりゃそうでしょう。…っていうか、離れてくれませんか。」
正直体勢のことでも自分の汗臭さにしても会話の流れにしても、恥ずかしさしかない。
「それだけど、一度焼き切れかかった魔力の回路を、僕は今一生懸命整えているんだ。魔力で傷んだからだは治療魔法ではどうも治せないみたいでね。明日の朝くらいまで続けたら、大分よくなると思うからもうすこしこのままでいてくれるかい?」
「…2日間、ずっとその魔法をかけていてくれていたんですか?」
いやそういう重たいのは結構です…といいかけて、アリスの姉だから国賓としてということに気が付いた。見当違いの勘違いをした自分が恥ずかしい。
言われてみれば手足は重たく動かしにくいないが、体の中には暖かな浮遊感を感じる。
抱きしめる力が緩んだ。
少し体が動くようになっていたのでそっと腕から抜け出てクリス様の顔を見る。
寝息を立てているようだった。
手は、しっかりと握られている。
「…ありがとうございます。」
クリス様の額にそっと口づけた。
…握った手が動いたので、もしかすると起きていたのかもしれない。
何もなかったことにして、そのまま眠りにつくことにした。
ありがとうございました。次回は明日更新します。




