聖女は魔力を惜しまない
前話のあらすじ
治療院をみにきた私とアリス。
治療魔法で、治っていないような気がする患者さんがいてー
「ハンス先生、すみません。先ほど出て行った患者さんの具合が急に悪くなって…」
治療補助師が慌てた様子で先ほどの老婦人を両腕で抱えて連れて入ってくる。治療補助師にやたら体格のいい人が多いとは思っていたがストレッチャーはないのだろうか。
老婦人はぐったりしている。
先ほどの回復では追い付かなかったのだろうか。
感染性心内膜炎だとすると、元々の医学では長期間の適した抗菌薬の投与が必要だ。
少し体が楽になった、位の治療魔法のかけ方では、おそらく血中にちらばった最近はある程度回収できるかもしれないが、心臓の弁についている細菌の塊までは除去できていないだろう。
。
「俺はさっきまでの治療で魔力がだいぶなくなっている。余力のある他の先生を呼んできてくれ。」
「わかりました。」
ハンスさんも手伝いながら診療室のベッドに老婦人を寝かせる。
足を上げて手首の脈を確認している。
条件反射で私の足も前にでていた。
頸動脈はー触れる。
橈骨動脈(手の動脈)の拍動は
ー弱い。
感染性心内膜炎は適切な抗生剤の治療が長期間必要なのは全身状態を改善させるだけではない。
治らなければ、心臓をあけて内部の細菌の塊を取り出さないと心臓の内部が壊れてしまうのだ。
そうなると一気に心不全が進み、機能不全に陥る。
「わかりますか、わかりますか?」
誰の目に見ても明らかに反応が乏しくなっている。
すぐに他の部屋から治療師がやってきて魔法をかけ始めるが、一向に本人の状態は変わらず、顔色は青白くなってくる。
「アリス!心臓のどこが悪いかわかる?」
「えっ…心臓って左にあるんだよね…?」
「違う、大体はここにこんなふうにあるの!」
すぐそばの診察台からマジックを取って、夫人の服の上に心臓があると思われるラインを書き込む。
なにしてるんですかと治療魔法を使っている治療師が声をかけてくるが、今そんなことは気にしていられない。
「えっと…真ん中のほう。ここ!」
アリスが指をさしたのは、心臓から全身に血を送り出すのに重要な僧帽弁の位置だ。
自分で覗くことができない以上想像にはなるが、これを治さないと血圧は維持できなくなってしまう。
そうなると勿論―患者はなくなる。
「そこ治せませんか?」
治療している治療師に声をかける。
「治すっていったって、今ちゃんとハンス先生に言われた通り心臓に治療魔法をかけてるんだよ、部外者は黙ってろ!すみません、他の治療師もー」
ハンスさんが言葉をかぶせて制した。
「壊れたものを治すには、治った後のイメージが必要だ。」
「ハンスさんは、できるんですか?」
「心臓は…やったことがないな。」
イメージができないものはできない。魔法はそうだと午前に何度か言われたが、それは魔法に限らない。
イメージできないとできないのはなんだってそうだ。
簡単な運動にしても、料理にしても。
手術にしても、成功するイメージトレーニングなしに成功できたためしはなくそう教えられてきている。
そのまま自分の白衣に心臓の模式図を書く。
「アリス、これをイメージすることはできる?」
アリスは泣きそうな顔をしていた。
「えっ…イメージって、そんな…」
我に返った。当然だ。
治療する「魔法」がつかえるからといって、その知識が付随しているわけではない。ただ全身をよくするイメージなら医療者でなくとも、部分的にとなると多少のベースになる知識が必要だ。
とはいっても、ここでどうするかー
「アリス、例えば私の考えを使うイメージで魔法って使えない?」
「ん?えっと…」
「とりあえずできることやってみよう。」
うろたえる反応を見せたが決断は早い。
「わかった。やってみる。」
「お姉ちゃんは、患者さんの胸に手を当ててイメージして。」
患者さんの胸元に手を当てて、目を閉じて正常な僧帽弁のイメージをする。僧帽弁が原因でなかった時の場合に備え、他の部分もできるだけ心臓の細部を思い起こす。
アリスが、私の手の上に右手を、左手を私の肩に添える。
「いくよ。」
私の返事を待たず、アリスが魔法を使ったことがわかる。
目を閉じていてもあたりが光に包まれるのがわかった。
朝私に使ってもらったときほどの光一面に包まれるような状態ではないが、それでもハンスさんが使った魔法とは全く別次元の光の強さだ。
光が収まると、苦しそうに荒い息をしていた夫人の息が追いつき、顔色もよくなっている。
数秒して、目を覚ました。
「あら、楽になりました…ありがとうございます。」
「信じられない…あの状態からの患者が回復するなんて…」
ハンスさんが呆然としている。
その横で、今度はアリスがふらつく。
慌てて背中側から手を差し出して腰に添え、直接地面にぶつかることは防いだが支えきれず一緒になって地面に転がる。頭は打たせなかった、セーフ。
顔色は悪くないが、完全に寝ている。すーすーと、リビングで転寝をしている時の気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
「大丈夫か?…魔力切れだな。まだ魔力調節ができていないんだろう。」
「魔力切れって…生命力を削るってやつでしょうか?」
大きな魔法を使える人間は自分の魔力の残量を把握しないと…という先ほどの話を思い出した。
「魔力が切れてるのに無理に魔法を使うとそうなるといわれているが、お嬢さんはそういう感じではないな。減っているのは魔力だけだ。治療師の俺が言うんだから間違いない。寝て食べたら治るだろう。」
すみませんが後で説明しますので一旦ベッドを開けていただけますか、と調子の戻っていそうな夫人に声をかけて診療室の外に出てもらった。空いているベッドに2人でアリスを寝かせる。
「やっぱり聖女様なんだな…。こんな魔力は初めて見た。」
優秀そうな治療師から見てもやはり別格なのだろう。
まあこの世界での魔法の常識を知らない私が見ても、アリスの魔法がいわゆるチート級なのはわかる。
この世界に来て魔法はまだあまり見ていないが、そもそもの雰囲気が全く他の魔法と違うのだ。
「妹の魔力は、やっぱり聖女らしいものなんですか?」
どう思うのかもう少し詳しく聞きたくて質問した。
「聖女らしいっていうのがどういうことかはほかの聖女様を見たことはないからわかんないけどな。でも、魔法の規模が見たこともないくらい桁違い、身震いするっていうのはあるな。俺は平民出身だけど、魔力量は貴族に混じっても治療師としては多い方だ。王族だともっと魔力は多い傾向にあるみたいだが、びっくりするほどということはない。せいぜい、2-3倍あるなと思ったくらいだ。」
「そうなんですね。この世界の人にとっては異世界の存在はメジャーなものなんですか?それともそれも聖女様と同じ伝承レベルの話ですか?」
「メジャーとまではいかなくても、治療師の間では普通にあるものとして認識されてるな。見たことがあるってやつは今までいないけど、なんていうか、架空の存在として認識されてるよりは少し信じられてる程度だと思ってもらえばいい。」
わかりにくいが、元の世界での天国と地獄の感覚に近いのだろうか。とりあえず頷いておくと、彼は促されたと認識したのか話を続ける。
「この世界での魔法以外での治療は、異世界から来た書物や情報が元になっているんだよ。まあ人や生き物を召還したって話は聞いたことないし、書物や情報も十年に一度入ってくるかどうかだ。字も読めないし翻訳できる人間もいないから、挿絵だけだけどな。」
昼から見学していてどうりで病気についての知識の入り方が中途半端だと思った。
治療院のシステムや形式がやけに元の世界のものに似通っているわけだ。故意に模倣していれば似るのは当然である。
人を召還できるなら書物などの情報を得ることだってできるだろう。おそらく元の世界の字が読めず翻訳もできないから、挿絵や画像など二次元の情報だけが出回っている状態なのだ。
「異世界が一つだけだったとしたら、その世界から来たということになるかと思います。」
「その異世界っていうのがお嬢さん方が来た世界のことなら、お姉さんが俺より詳しい知識を持っている期待値も高いな。治療師見習いとして、ここで働いてみないか?治療に携わる職についていたんなら、妹の召使よりはこっちのほうが性に合うんじゃないかと思うけどな。」
「そうですね。許可がいただけるならそうしたいです。」
正確には治療に携わる職に就こうとしていただけでついていたわけではないが。
それを言ってせっかくの誘いを撤回されたくないので黙っておくことにした。魔法での治療がメインになる以上は治療自体は全く系統が違うものになるだろうと高を括ることにする。
「魔法は使えるようにならないといけないし、いきなり魔法を人体で実践するわけにはいかないからちょっと先にはなるだろうけどな。ここの治療院のトップには推薦することを伝えておくから、そっちも上に話を通してくれれば。」
ところで、といってこちらに顔を向けたハンスさんがぎょっと目をむく。
「大丈夫か?ちょっと…」
「え?」
アリスが魔法を使ったとき、全身が熱くなる感じはあった。
そのあとからなんだか体に熱がこもっている感じもある。
鼻と目から、熱いものが垂れる感覚があった。
拭ってみると、赤い。
そのまま、意識を失った。
ありがとうございました。
次回は日曜昼に更新予定です。




