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聖女の姉はついでに召喚された

「どう?…感じるかい?」


 そう言って目の前の男性は、額を合わせながら私の顔をのぞきこんでいる。


「…わかりません。」

 

 正直、それどころではない。

 

 整った顔が自分の息遣いさえ聞こえてしまいそうな距離にあるのだ。

 顔だけでなく、耳にも首にもほてりを感じる。

 彼の手が添えられた首筋が熱を奪う。ということはきっと逆に私の持った熱も彼に伝わっているのだろう。


「もう少し、近づいてみるかい?」


 そういいながら、腰をあげようとしている。

 すでに額が接触しているこの状況で、これ以上どう近づくというのだろう。


「いえ、十分近いので…あの、これ以上は無理です。」


 少し意地の悪い顔で笑っている。その顔はどこか満足げだ。

 こちらは視界がすべて彼で覆われ、他のことが考えられなくなっていく。


 彼の顔がもっと近づいてきて、そしてー

 





 話は数日前にさかのぼる。


 市中病院で研修医として働く私に、妹からメールがあった。

 

「お姉ちゃん宿題が終わらないの!手伝いに来て!」

 

「ええ?なんで終わってないの?」


 8つ離れた妹のアリスは来年で受験生になる。

 ぎりぎりまで夏休みの宿題を放置するような子ではなく、普段からいたってまじめで品行方正な妹だ。

 そんな妹が宿題すら終わらせられないなら宿題に問題があるのではないか。


 それともいつのまにか妹の成績が落ち込んでいて取り返しのつかない事態になっているのだろうか…だとすれば今後の進学は絶望的ではないか。まあ、どこを希望してるかは知らないけどー


 そんなことを思案していたが杞憂だった。


「家庭科の刺繡が終わってなくて…」


「そう」


 まあそれはそれで問題だろうが、一旦胸をなでおろした。


「夏休み、あと何日あるんだっけ。」

「あと1週間あるけど、明日から塾の夏期講習なの。お母さんも出張でいないから手伝ってほしくて…」

「とりあえず今日はそっちに帰るわ。すぐ終わらなさそうなら一旦預かって出来たら送るわ。」


 今日は当直明けなので、仕事さえ終わっていれば夕方には家に帰れる。

 実家は車で30分ほどなので、夜には家につくだろう。

 夕方までのタイムスケジュールを考えながら、携帯電話をしまった。



 そうして、家に帰って、アリスの宿題を確認するために部屋に一緒に行ったはずなのだが―





 

 気が付けば大広間のような、広い空間にいた。。

 あたりをぐるりと見渡してみたが、初めて見る景色が広がっていた。


 豪奢な柱と壁、高い天井。たくさんの人に囲まれている。最前列には武装しているような恰好をしたが並んでいる。銃刀法違反でないのなら、模造刀だろうか。いや模造刀でも刃渡りが長いものは銃刀法違反になったはずだがー


 柱や天井は、どれもが豪華な彫刻や絵画であしらわれており、立派な施設であることは間違いない。


 隣には同じように訳が分からないという顔をしたアリスが座り込んでいる。

 アリスの目線を追うと、玉座のような一段高いところに椅子が置いてあり、青年が座っていた。


「聖女が‥2人?」

「どういうことだ?」

 しずまっていたあたりがざわつきはじめた。


 頭を打ったのだろうか。

 そんな記憶はないのだけど。


 偉そうな青年がその椅子から立ち上がって妹の前までやってきた。

 軍服のような恰好に外套を羽織った青年に、アリスは傍から見てはっきりとわかるほど見とれていた。

 なるほど彼女の好きな系統の整った顔立ちをしている。亜麻色の艶やかな髪を後ろで束ねている。


 そしてひざまずく光景を見て、辺りは再度静まりかえった。



「お待ちしておりました、聖女様。」


 隣に座る妹も状況は飲み込めていないようで、私の袖をぎゅっと掴む。


 …聖女を呼び出して、私は何かの拍子で呼ばれたということだろうか?


 目の前の青年がアリスを聖女だと判断できたのはまあなるほどというか、自分でも自分が聖女というのは違和感がある。


 そもそも漫画にしてもアニメにしても聖女の定義が異なるので、聖女って何との話ではあるが、少なくとも今の私のように片足を胡坐のように開いて座り込んでいる女のことではないのは間違いない。

 

 かたや妹のアリスは、骨格こそそれなりに同じ血筋を引いているのは理解できる程度には似ているものの、美しさやかわいらしさという意味では類似点が何一つ見当たらないほどの美人である。


 年が離れているのであまり存在を周囲に知られたことはないが、年が近ければおそらく同級生に妹の取次ぎを頼まれる毎日だっただろうなとは思う。


 妹が聖女で、何かのついでに呼ばれたと言われればまぁー


 状況を受け入れられるわけではないが、なんとなく理解する。


 オタク気質で非番があれば漫画ばかり読んでいた姉と違い、流行りものの表面をさらう程度の妹は明らかにパニックを起こしていた。


 顔色を真っ赤にしたり真っ青にしたり涙目でこちらと青年の顔を何度も見返している。


「えっと、あの、すみません。どちら様でしょうか。」

「聖女様。私は皇太子のアレクサンダーと申します。コンラトバス王国一同、心より歓迎いたします。」


皇太子と名乗る青年は非常に整った顔立ちに切れ長の目をしており、いわゆる物語に出てくる王子様のような整った顔立ちをしていた。

 年は20そこそこ、アリスよりは少し上だが私からすれば弟くらいの年齢だと思われた。


跪いていた皇太子とやらが妹に手を差し出す。

 妹は訳が分からないという困惑した顔を私のほうにむけながらもその手を取った。

 とても小さな声で遠慮がちに「あの…」と話しかけたのだが立ち上がると同時に彼は妹の体を抱き寄せ高らかに宣言する。


「~~~!」

 

 さきほどまではっきり聞き取れていた言葉が急に知らない言語になった。

 何やらいろいろ言っているがとりあえず妹は聖女様とやらで、来たのはめでたいことだ、パーティを始めますということらしかった。

 

 周囲にいる人間が拍手や歓声で盛り上がる。

 

 おそらく部外者の立ち位置であるうえについていけてない私は非常に居心地が悪いし、立ち去ろうにもどっちに行って何があるのやら、右も左もさっぱりな状態でうかつなこともできなかった。

 

 アリスも抱き寄せられている状態のまま固まっているが、状況を呑み込めていないのはお互い様な用で、助けを求めるような目でこっちを見ている。



 用意されていたのであろう音楽が始まり、ワゴンとともに食事が運ばれてくる。

 

 アリスは腰を抱かれ、勧められるがまま連れていかれそうになる。


 わけのわからないまま妹を連れていかれるわけにはいかないと、立ち上がって妹に手を伸ばす。


「うちの妹に何してくれてるの!」

 

 一瞬青年はこちらを向いたが、武装した屈強な男に阻まれてすぐに見えなくなった。

 うつぶせで床に体を押さえつけられる。取り押さえられているのだろう。


 私が何をしたとどなってみたが、言葉が通じないせいもあるのか却って強く床に押し付けられた。



 なにやら不審者として扱われていることはわかる。


「姉です、わたしの姉です!」

 

 背中の方からアリスが叫んでいるのが聞こえるが、声が徐々に遠ざかっていることから連れていかれていることが分かった。 


 声がほとんど聞こえなくなった頃に、何をしゃべっているのかわからない男の声がした後、後ろで組まれた手を引き上げられた。

 立てということらしい。

 逆らってもいいことがないので素直に従った。


 どこにつれていかれるのだろうか。

 少し歩き始めてすぐに止まった。

 

 先ほどとは違う男性の声がする。

 取り押さえている兵が敬礼らしきポーズをしているようなので、おそらく立場が上の人間なのだろう。


 後ろ手に拘束され押さえつけながら歩かされていた状態から解放される。

 もともとそんな整えているわけでもない髪の毛が、押さえつけられたことによってさらにぼさぼさになっている。ぼさぼさになった髪をかきあげて前に立っている男性を確認する。


 さっきの皇太子より少し色素の薄い髪に垂れ目がちな瞳。こちらの整い方もいわゆる王子様や貴族様といった雰囲気だった。

 私の顔をじっと見てから、ひとつ咳払いをした。そして軽口をたたくふうではなく、丁寧に話しかけてくる。


「君は僕の客人なんだ。迎えが間に合わず済まない。」


 そういって彼は、私の手の甲にキスをした。

 

拝読ありがとうございました。

次回も興味があれば読んでいただければ幸いです。

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