第六十四話 慣れるという事
吾郎やレンの強さの秘密が血だと知ったロキ。
そして、その血の力はロキにもあると言う吾郎であった。
「“血”……。 ここでも血なんですね。一体、血って何なんですか?」
「実はワシ自身この年になった今でもよく分かっておらんのじゃ。分かっている事と言えば、それを持つ者はヒューマライズ……それと、ごく少数の人間のみという事」
「そのごく少数のって……その内の一人が俺……なんですよね? なら、もしかしたらその人たちの誰かが俺の事を知っているかもしれない……」
「ワシもその可能性は高いと思う。じゃが世界を周る旅になろう……。いずれ、デュワロウェスク、ジュヴェルビーク、ソートリオールといった常人が立ち入る事を禁じられた場所にも行く事にもなるかもしれん。戦闘術はこの先必ずキミの助けになるじゃろう。その為にもまずは“血”の力をうまく使えんとな」
「はい! 頑張りま……って頑張っちゃいけないんでしたね。何をすればいいんです?」
「初めにも言ったように“慣れる”じゃ。この感覚を掴んでもらう。というわけで、修行に使う道具を持ってくる。待っておれ」
そう言って吾郎は修行道具を取りに行った。
「ふう。待たせたのう。ではロキ君始めるぞよ」
が、吾郎が持ってきた物は、裁縫道具だった。
「ゴ、ゴローじい……、この裁縫道具と戦闘術に関係が……?」
拍子抜けしている様子のロキ。しかし吾郎はお構い無しに続ける。
「まずは……、こうして針山に針を立てる。そしてそれを目の高さのこの台の上に置き、30センチほどの距離に配置する。その針の穴にこの糸を突き出すようにして通す。これをやってもらう」
「は、はあ……(でも難しそうだな……)」
「どれレンちゃん、ちょっとロキ君にお手本を見せてあげなさい」
「はい」
吾郎の説明どおりに針を配置し、糸の先端を針穴めがけ突き出すレン。するとレンは、いとも容易く糸を通した。
「うそ!? 一発!?」
驚くロキ。
「レンちゃん、もう2、3回同じ事をしてみてくれんか?」
言われた通りに繰り返すレン。糸はことごとく通った。
「ゴローじい、もういいでしょうか?」
「うむ。ありがとな」
「ごくっ……」
レンの凄さに思わず唾を飲み込むロキ。
「驚いているようじゃのう? ロキ君」
「そ、そりゃ……、だって全部入りましたよね?」
「ふむ。ではロキ君、キミは歩く時に“まずは一歩、そしてもう一歩”などと考えて歩くかね?」
「い、いえ……そんな事考えていたら疲れてしまいますよ」
「今のも同じ事じゃよ。おそらくキミが驚いたのは、あの針の穴に糸を通すのに“よし! よく狙って……”と集中してようやく入るか入らないかと考えておるんじゃないか?」
「勿論です。じゃなきゃ、適当にやって偶然入るだけになってしまいますよ」
「その適当にやって偶然入る方が、よーく狙って……などとやるよりまだマシじゃ。じゃが、レンちゃんは適当にやって百発百中で入れとったがの。キミが、適当に歩いても歩けるのと同じようにな」
「そ、そんな……、レンはあんな集中力の要りそうな事を歩くのと同じ感覚で……?」
「そうじゃ。絶対値を高める事で様々な事に“慣れる”事ができるようになる。まずは、“血”の目覚めを気長に待つんじゃ。その為に、この修行を続けて感覚を身につけてもらう。戦術はそれからじゃな」
「はい!」
そしてロキの針と糸との格闘の日々が始まった。
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