第三十一話 あれから8年
「にゃ~!!」
「……ん、どした? レミー……」
寝ぼけ眼で目覚まし時計を手に取るノア。
「ん~~……、まだ早いよ……もうちょっと寝かせて……」
「にゃ~!!」
「……んもう! ん? あっ!!」
ドタドタドタ……ガチャッ!
「おはよー!」
「おう、おはよう。今日は早いなーノア」
「うん、今日から部活朝練だから! あ、お姉ちゃん、私のごはんもー!」
「はいはーい、ちょっと待ってねー……、はい!」
「いただきまーす!」
「ごめんノア、今日から早いんだった?」
「もぐもぐ……、ううん、たぶん私が今日から早いって言い忘れてたと思う」
「でも、寝坊助のノアがよくソアラに起こしてもらう前に起きれたなー」
「それがさ、レミーが起こしてくれたんだよね。なんで分ったんだろう?」
「にゃ~」
「ふんふん。ノアの部屋のカレンダーに朝練ってメモがあったんだって」
「レミー、それ見て覚えててくれたんだー! さっすが、天才猫!」
「にゃ~」
「あははっ! レミーがね、“ホントは毎日お姉ちゃんに起こしてもらわなくても起きれると一番いいんだけどなぁ”だって!」
「ずこっ! ってお姉ちゃん笑いすぎ……」
「ははっ! ごめんごめん!」
「うーん、レミーに一本取られたなーノア!」
「ちぇー……」
今日も式神家はいつもと変わりない朝を迎えていた。ソアラが我が家に来て8年が経ち、ノアは13歳、中学二年になり、勉強に部活と忙しい毎日だ。ちなみに部活は吹奏楽部に所属している。
ソアラの方も、もう人間としか思えない程に成長しており、ノアの姉というのもすっかり板に付いていた。ただ、不平不満を言った事は一度も無い。それに、涙を流した事も一度も無かった。ヒューマライズとしては当然の事なのかもしれないが、そんなソアラにどこか寂しさを感じるくらいソアラは吾郎にとって娘という存在になっていた。
ソアラは半年ほど前からノアの中学校の講師として働いてもいる。とはいえこれは特別な事ではない。この世界ではヒューマライズが講師として働く事は学校という文化が残っている地域では普通の事で、募集さえあれば家族が在籍している学校での勤務も可能である。しかし、家族を受け持つ事はできないという規則はあるようだ。
そして意外な成長を見せたのはレミーだ。式神家にやってきて二年ほど経った頃から急に大人しくなり、お気に入りだった吾郎の頭の上に乗る事も無くなった。子猫の時、川で熊のように魚を獲った驚異的な身体能力でも家族を驚ろかしたが、今のレミーは更に驚く事に人の言葉を完全に理解している。それどころか、思考能力が人間並みで、家族に助言する事もしばしば。とは言え、さすがに言葉を話す事は無い。相変わらずレミーの通訳はソアラがしている。時折、レミーとソアラは二人で楽しそうに会話をしている事もある。レミーにとっても唯一の話相手であるソアラは特別な存在なのかもしれない。
一番変化の無いのは吾郎だ。相変わらず道場で日々弟子たちに稽古をつけている。ノアとソアラも休日は道場に顔を見せ、最低でも週一度の稽古は続けていた。その甲斐あって二人とも子供の頃とは比べ物にならないくらい腕を上げていた。子供の頃にノアが言った三人で道場を運営する事も満更夢でなくなるかもしれない。吾郎は、にわかにそんな期待もしていた。
変わらぬ日常、穏やかに流れる時間。そこに身を置いている時、人はそれを改めて振り返る事はなく、未来に夢を抱く。
しかし人の夢は時として儚い。
その字が示すかの如く……。
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