第百八十三話 アステナとレイチェル
――
「おい、ガキ! いつまで寝てんだ! 起きろ!」
頭を叩かれるロキ。
「いてっ! 何すんだ!」
「いつまででも寝てるからだよ! ガキが!」
「ガキじゃない! 俺はロキだ」
「紛らわしいんだ。“LoKi”は俺だ。だから、お前は“ガキ”でいい」
「……ったく。口が悪いのは何故かレイチェルさんにそっくりだよなお前」
「ふん。あのばーさんに比べりゃマシだろ?」
「そーかぁ?……でも、レイチェルさん……」
「あほ。あれがあの人の生き様だ。……讃えてやれ」
「ああ。そうだな……」
――話は三日後に戻る
「……ジュヴェルビークは滅んだ。……カルマが……死んだよ」
「っ!!……なっ!?」
「……のう。お主、『目的を果たせばレンは必然的に解放される』と言ったな。……つまりお主の目的は相方の奪取ではないと?……まさか、ジャネクサスを討とうとでもしてたのか?」
「……討つのではない。救いに行く」
「っ!! 驚いたよ。……素直に答えた事にもだが、全く予想もしていない回答にな。……じゃが、どうやるつもりじゃ?」
「……長くなるぞ」
「聞いてやろうではないか」
ロキは、レイチェルに自分がヒューマライズである事、ジャネクサスが未来から来た、“人とヒューマライズのハーフ”だという事、ノアの事、自分がジャネクサスの一部である事……、そしてジャネクサスを救う方法、ミルシェの遺志……。その全てを話した。
「なるほどのう。126年生きてきた中でもトップクラスに撃的な日じゃ、今日は。……そうか、あの娘、わしの能力をヒントにそこまで辿り着くとはのう」
「……話は済んだ。カルマが死んだとしても、俺は変わらず役目を果たす。……じゃあな」
「まあ待て。話ついでじゃ。わしの昔話も聞け」
「……ふん。まあ、いいだろう」
「……100年以上も前の話じゃ。学生時代、わしは人生で唯一ともいえる友に出会った。名を“アステナ”という。人懐っこい奴でな。この人嫌いのわしにさえお構いなしに絡んできおった。そんなもんじゃからな、最初は苦手じゃった」
「……」
「ある日の事じゃ、あやつがわしに弁当を作って持って来たんじゃ。食になど興味の無かったわしは、それまで毎日昼飯は栄養剤を一錠飲むだけじゃった。あやつは、それを見ていて気にしておったようじゃ。でな、『まあ、くれる物は貰っておくか』くらいの気持ちでその弁当を食った。そしたらそれが美味いのなんのって。わしは、それを貪り食った。……ふふっ、それを見て大笑いしていたあやつの顔、今でも覚えておる。それからじゃ。あやつと仲ようなったのは。……ふん、あやつの旦那になる男はどれほど幸せだろうと想像して羨んだもんじゃ。……じゃが、結局互いにそんな縁など無く年を取ったがな。……だがある日、捨て子を拾った。育てる。などと言い出したから驚いた。そうじゃな、その時は今日と同じくらい驚いたな。なんせその時わしらは50を過ぎておったからな。じゃが一度決めた事は曲げない奴でもあった。その言葉のとおり、立派に育てたよ。……それが、式神吾郎というわけじゃ」
「っな!!」
「アステナのフルネームは、“アステナ・ラン・ミルシェ”。エトワールの末裔じゃ。……継ぐ者として、繋いだんじゃ。あやつは」
「……なるほど。育成師とミルシェは繋がる……」
「わしの昔話は以上じゃ」
「聞けて良かったよ」
「ふん。少しは素直になってきたみたいじゃな」
「あんたこそ、そんな優しい表情もできるだな」
「ふん、ガキがたわけた事を。……ところでお主。800年も過去に遡るのは未来では簡単な事なのか?」
「技術的な事は俺には分からん。……この時代には存在しない技術やエネルギーが使われている事は間違いないが、恐らく未来の技術だろうと簡単な事では無いはずだ」
「……じゃろうな」
「何が言いたい?」
「……わしが本気を出しても人体丸ごと一人分を過去に戻せるのは精々三日が精一杯……という事じゃ」
「なっ!! お前……」
「戻してやるさ。三日前、……カルマが死ぬ前のジュヴェルビークにな」
「できるのか? そんな事が」
「やるんだよ。それがわしの……いや、いい」
「……分かった。頼む」
ロキに両手をかざし、目を瞑り意識を集中するレイチェル。すると、ロキの体が光の球体に包まれた。
そして――
「おい、お主。ロキは消えたと言ったな。……だが、万が一また話せる瞬間があったら伝えておけ」
レイチェルの体がどんどん年を取っていく……。
「おい……ばあさん……お前……」
「……出来損ないで生意気な弟子だったが、お前の飯はアステナの飯くらい美味かったとな」
レイチェルの体にヒビが入り……所々崩れ始める。
「よせっ!! 死ぬぞ!」
「教えてくれたんじゃよ。アステナが。……わしが126年もの長い間生きていたのは、この日の為じゃったとな。今日お前が現れた事で、それが分かった」
「……いいのか」
「ああ、わしはもう十分世界を見てきた。……アステナの想いを繋ぐ。これがわしの最後の務め。……あとはお主に託したぞ。……クソガキ」
そう言って笑うレイチェル。その体は灰になり、風と共に消えた……――。
人を好まず、一人隠れ住んでいたその人物の名は、後世広くは語られる事は無いであろう……。だが、人類……そしてヒューマライズの未来を繋いだのは、悲しいほどに強く生きた……そんな人嫌いの人物だった――。
レイチェル・フィルエーテル
――享年126歳
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