第十六話 とある親子の物語
――新暦171年、リトルリヴェール ――緑豊かな小さな集落。
とある親子がそこで暮らしていた。
「はーい、ごはんできましたよー!」
「おいしそー! いただきまーす!」
一人、お人形遊びをしている少女。彼女の名は“式神ノア”。年は5歳。
「おーいノアー、明日も幼稚園あるんだからそろそろ寝なさーい」
ノアに呼びかける男。彼の名は“式神吾郎”。ノアの父親である。3年前に妻を亡くし、今は娘のノアを男手一人で育てている。
「えー、だってノア幼稚園行きたくないもん!」
「まったく……、そんな困ったさんな子はこうだ! こちょこちょこちょ……」
「あはははっ……!! 分かった、寝る!……あははっ……もう寝るからっ!」
「はい! じゃあ、お片付けして!」
「……やーだよー!」
走って逃げるノア。
「あ、このっ! 待て!」
追いかける吾郎。やがて捕まってしまったノア。
「はい、捕まえた!」
「……」
捕まった途端大人しくなるノア。
「……ねぇお父さん、ノア、お姉ちゃんがほしい」
「お姉ちゃん?……アヤちゃんの事か?」
「うん……」
吾郎の言うアヤとは、ノアの友達リオの姉である。年はノアより4つ上で面倒見がよく、正義感が強い性格の子だ。
ノアの幼稚園は小学部と一環型の為、小学生との繋がりも珍しくない。その為、ノアがアヤと遊ぶ事もよくある。
ノアが幼稚園に行きたくない理由も吾郎は知っていた。ノアは母親がいない事で度々嫌な思いをしている。それをおもしろがってクラスの男の子たちがノアをからかう事が原因だ。
ある日の事、ノアが公園でリオと二人で遊んでいると、その男の子たちが現れノアを罵り始めた。
それをかばったリオも男の子たちに泣かされてしまう。だが、そこに後から現れたアヤが救済に入り、男の子たちを追い払った。
そんな事もあって、ノアは姉という存在に憧れているのだ。
「……そうだなぁ。アヤちゃんがノアのお姉ちゃんになるのは難しいかもしれないけど、ノアがいい子にしてたらノアにもお姉ちゃんができるかもしれないぞ~!」
「え? ホント? じゃあノアいい子にする!」
「じゃあ、お母さんにおやすみなさいしておいで」
「うん!」
そう言うと窓際まで走っていき、夜空に向かって話しかけるノア。
ノアは母親の顏を知らない。その理由は母親の残した遺言にある。
この世界で遺言は死者が生前に指定した人物の夢に残す“ソーンメサージュ”という手法が一般的だ。
ノアの母親は仕事中の事故で亡くなったのだが、生前、吾郎に宛ててメサージュを残している。
彼女の遺言の内容はこうだ。
――お願いが一つだけあります。……私の顔が分かるもの、データや写真は全て処分してほしい。……ノアは、まだ一歳だった。私の顔なんて覚えていないはず。だから、このまま知らないままでいてほしい。そうすれば、思い出して寂しがったりはしないはずだから……――
それではあまりに妻が報われない……、しかしそれが妻の最後の頼み……、悩んだ末、吾郎は今日まで妻に関するものをノアには一切見せていない。
しかし母という存在は確かにいたと知っていてほしい。そう思った吾郎は、
“お母さんは星になっていつも見守ってくれている”
とノアに伝えた。
それ以来、ノアは寝る前に母親に話しかけるのが日課になっている。
「お母さん! お父さんがね、ノアがいい子にしてたらお姉ちゃんができるかもだって! だからノア、いい子にする! 今日はもう寝るね。夜更かしは悪い子だもん。じゃあね、おやすみ!」
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