第一話 出会い
名もなき草原……、男が一人眠っている。
傍らには女の姿がある。
男が起きる。
「ん……、ぬぁぁぁー……。ふぅ、寝た寝たぁっと。さてっと……んっ?」
男が女の存在に気付く。
「んげ!? お、女?」
女も起きる。
「ん……、ふぁぁぁー……。あ、ご主人、おはようございます」
「あの……誰? ご主人とか言ってたけど、俺?」
困惑する男。
「はい。昨日私はあなたに買って頂きました。ですので、あなたが私のご主人です」
「え? 昨日買ったって……。俺が買ったのは、こんな小さな女の子……」
――
それは、昨日の出来事……
この男、自分が何者で何処から来たのかも分かっていない。いわゆる記憶喪失である。
男は、何気なくある町を訪れていた。その町で男は、衝撃的な光景を目の当たりにする。
それは、少女を売る売人の姿だ。
「さあ、安いよ安いよー!この可愛いヒューマライズが今なら現品限りで、なんと驚きの5万Rだよー!」
男は驚き駆け寄った。
「おい、おっさん! あんた正気かよ! 子供売って金儲けなんてふざけんなよ!」
言いがかりをつけられた売人も言い返す。
「にーちゃん、何よ? 人の商売にケチつける気ならあっちへ行きな!」
しかし、男は咄嗟に閃いた。
自分がこの子を買って逃がしてやればいいんだと。
「おっさん、怒鳴って悪かった。俺、その子買うよ」
「なんだ? 気が変わったのか、にーちゃん? お客様なら大歓迎よぉ!」
男は、有り金を叩いて少女を買った。
それから暫く歩き、そして……
「さて、お前もう大丈夫だぞ。家、あるんだろ? 帰りな。もう捕まったりするなよ。じゃあな」
そう言い残すと男は、立ち去った。
――
「って帰れって言ったのに!……いやいや、そうじゃなくて俺が買った子はこんな小さな女の子で……。(でも似てる!? あの子、あと10年経ったらきっとこんな感じだ……。いや、バカ言え……いくらなんでも成長早すぎるだろ!)」
不思議そうな顔で女の顔を見る男に女が答える。
「私には、見た目年齢を自由にコントロールする機能が備わっていますので」
「“備わっています”ってそんな製造品みたいな言い方……。お前、人間だろ。(成長の仕方はおかしいけど……)」
「私は、人間ではありません。ヒューマライズです」
「ヒューマライズ?(なんか昨日のおっさんも言ってたような……)」
“ヒューマライズ”記憶喪失のこの男にとって聞き覚えのない言葉だ。
しかし、思い返せばこの娘を買ったその時にも聞いた言葉でもあった。
男は、言葉の意味を女に尋ねた。
「なあ、その“ヒューマライズ”ってのは、何者なんだ?」
女は、男の質問に淡々とした口調で答える。
「ヒューマライズとは、人間によって作られた“ヒト型擬似生命体”です。」
意味が分からず難しそうな顔をする男。自分なりに納得しようと確認する。
「擬似って事は偽者って事か? つまり、ヒトの形はしてるけど、ヒトではないってとこか?」
「はい、その通りです。バイオ技術の発展の末生み出された擬似的な人工生命体をヒトの形を成すようプログラムされた“HL遺伝子”と組み合わせる事で生まれたのが、私たちです。その目的は、人間がするには危険とされる過酷な環境での仕事、または人権の侵害に相当する仕事など、主に人間がするには荷が重いとされる仕事を行うために開発されました」
女は、ヒューマライズについて簡単に説明した。
男は、女が人間ではない事がまだ信じられない様子だが、その説明は一旦納得した。
「まだ信じられないけど、一日で成長したお前がいるのも事実だし、お前がその“ヒューマライズ”だって事は分かった。だけど、人間が苦しいと思う仕事なんて、お前たちだって苦しいじゃないか。お前たちの気持ちは無視かよ」
女は、不思議そうに答える。
「ヒューマライズに感情などありません。このように会話やある程度の表情を作れるのは、“状況に応じた行動”が取れるようプログラムされているからです。そもそも私たちは、“生命”としては扱われていません。言わば、“道具”とお考えください」
「……いや、道具とか言われても人間にしか見えないよ。それがお前の望みでも急には無理だ」
「……あの、先ほどからの質問もそうですが、ご主人には幼い子供にするような説明をしなくてはいけないようですが、お見受けしたところ、ご主人は十代後半くらいかと思うのですが……」
「お、お前……感情が無いわりには、ちょっと人をバカにしてないか? それもプログラムされた反応……?」
「お気に触ったのでしたらすみません……。このくらいは、冗談の範疇かと……」
「(うっ!傷口に塩塗るタイプ……)……ま、まあ想像通り年は17だよ……。気づいたらこの草原に倒れてて、それ以前の記憶は自分の名前と年くらいしか覚えてなくてさ」
男は、一瞬ふてくされながらも自分が記憶喪失であることを女に告げた。
「記憶喪失ということですか……。それなら、私は尚更ご主人のお役に立てると思いますが」
その言葉で男は本題を思い出す。
「そうだ。本題に戻ると、何故付いてきた?」
女は相変わらず淡々と答える。
「ヒューマライズは、購入者を主人と認識し命令に従います。ご主人には昨日、『家に帰れ』と命令されましたが、私に家などありません。暫く考えましたが、ご主人の居る場所がそれにあたると判断し、探しました。その結果、今ここに居ます。それと、『付いてくるな』などの命令は、一時的な命令でない限り、契約違反ですので聞き入れないようにプログラムされています。二度と付いて来なくする為には、私の機能を停止させ“破棄”するしかありません。必要なければ私を破棄してください」
その言葉に唖然とする男。
「分かった! 分かったよ、付いてきていいよ! “破棄”なんてできるわけないだろ。当たり前のように言うけど、俺にはとんでもない事に聞こえるよ。それと……付いてくるなら“ご主人”てのやめてくれ。俺の名前は“ロキ”だ」
男は名乗った。
「分かりました。では、ロキ様ですね?」
「“様”はいいよ。呼び捨てで」
「はい。では、宜しくお願いします。ロキ」
「ああ、よろしく……、えっと……」
ロキは、女の名前をまだ聞いていない事に気づく。
「そうだ。お前の名前、聞いてなかった」
「私には、まだ名前はありません。ヒューマライズは、主に名前を付けてもらうことが多いのです。なのでロキの好きなように呼んで下さい」
困った顔のロキ。
「いきなり名付けて下さいって言われても……、うーーん……」
暫く考えてロキは、ちょっと恥ずかしそうに口を開いた。
「……“レン”」
「はい。それでは私はこの先“レン”と名乗ります」
少し微笑んだ表情で、気に入った様子にも見えるレンの顔。
「よし! それじゃあ、行こうか!」
「行くって何処へです?」
「まあ、記憶が無い以上行く当ては無いけど、この世界を知る為の旅をしようと思う。旅の途中で思い出す事もあるかもしれない。まずは、……そうだな、東へ進もう!」
「了解です。あと、そっちは東ではありません。こっちです」
「うっ……!」
こうして、二人の旅は始まった。
時は西暦2511年、……ここはサテラビュア、第二の地球である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし少しでも、面白い! 続きが読みたい! と思っていただけましたら、
ブックマーク、評価をお願できましたら幸いです。
とても励みになります。