魔法少女っ娘 かとう
小学生だった頃のあの日。
ボクは死にかけた。
家族で車に乗って、遊びに行こうとしていたその日。
急いでいたんだと思う、法廷速度を30㎞は超えた速度でカーブを曲がった大きなトラックと。
普段より大きく曲がって大きくふくらんだ荷台部分に、ボク達が乗る車がぶつかった。
その後はもう、ぼんやりした記憶。
車の中がぐちゃぐちゃになって、家族もみんな真っ赤になって変なポーズになって……。
なんだかぼんやり具合がひどくなって来ていて、もしかして、死んじゃうのかな?
そんな感じがしてきた時に、不思議に黒いなにかが見えて、声も聞こえてきた。
[キミはもうすぐ死んでしまうラビ。
でもキミは、せっかくの魔法少女になれる素質をもつ子ラビ。
キミが魔法少女になれば、魔法を使えば、家族も一緒に助かるかも知れないラビ]
耳じゃなく、心にひびいてきた。
たすかるの?
なんて、もう動いているか分からない口で言ってみたけど、多分声になっていなかったと思う。 それでも。
[強く願えば、叶うラビ。 助けてって強く願えば、ラビと契約が済んでキミは魔法少女ラビ]
影がゆっくり揺れていた。 まるで世間話をしているみたいに。
だからボクは。
しにたくない! みんなたすけて……っ!!
強く、強く願ったんだ。
~~~~~~
「で」
「ラビ?」
ふと思い出した事があって、そこからつながって思う事があって、つい言葉が出てしまった。
「魔法少女になったボクに、何かやる事ってあるの?」
小学生の頃に契約した、ウサギのぬいぐるみをもっと女の子が好きそうに可愛くした様な姿をもつ、ラビと名乗ったウサギ。
そのウサギと放課後に待ち合わせをして、こうして喫茶店でお茶をしている。
毎週月曜日に。
月曜日が休みの日は、午前から。
やることはその週その週で違うけど、魔法少女に変身してボクの服を買いに行ったり、こうしてお茶したり、ただただ散歩したり、どこかへラビの車で出かけたり。
大人のお姉さんの姿に好んで変身しているみたいだから、ラビ“さん”と呼ぼうとしたら、お姉ちゃん呼びか呼び捨てが良いと言われたから呼び捨てにしたり。
だったらボクの名前も下の名前で呼び捨てにってお願いしても、いつも「河東 円夏」を変なイントネーションで呼び続けるし。
ボクが俺って言い出したら泣かれて、私かウチかワッチかミドモかボクかにしてくれって強くお願いされて、まだマシだったボク呼びで続いていたり。
そんなのをずっとしていたけど、気付いたら高校生になっていた。
小学生の頃にはお母さんから「将来は格好いい子に育つわね!」なんて言われていたけど、最近は「まるで女の子みたいに可愛い息子も良いわね!」なんて言われている身長や体格や見た目になった。
これについてはラビから説明があって、ラビと契約した時から、可愛いと呼ばれやすくなる成長になったそうだ。
それはまあ、命を助けてもらった代償として受け入れた。
……クラスで最小の身長で、女の子に見られてしまう不満は、どうしても感じてしまうけど。
同じ男子からも、なんだか怖い視線を感じる時もあってイヤになるけど。
「無いラビ?」
「無いの!?」
「ラビ。 強いて言えば、身の回りで困っている人を魔法でこっそり助けてあげる位ラビ」
魔法少女じゃないヒトには「ラビ」と聞き取れない魔法を器用に使い、大人のお姉さんに変身する魔法を使い、いつもちょっとイヤらしい笑顔をしているのがラビの基本形の表情。
ラビの部分が聞き取れないと言うか、無難な言葉に変換されるらしいし、他人に聞かれたらマズい言葉なんかも同様に自動的に変換されるとか。
「じゃあなんでこうやって、週一で会うって決まり事が有るんだよ!」
家族もまとめて命が助かったボクは、男なのに魔法少女になった。
魔法少女になると魔法が使えるようになるから、それはそれで嬉しく思ったりする。 魔法はロマンだし。
でも使えるようになった魔法は、困った人を助ける魔法ばかりで、悪者と戦うのに使う魔法は全然と言って良いほど使えない。
それと女の子になるのは変身中だけだから、それほど問題にならない。
しかも変身したとしてもアニメみたいにフリフリで可愛いアイドルっぽくも見える衣装にならなくて、でも女の子として可愛いお出かけ衣装になってしまう。
でも着替えも出来る。
こんなだから、ボクが魔法少女になった意味を訊いてみたけど、ラビは生クリームを乗せたキャラメルマキ……なんだっけ。
それをストローで少し飲んでから、さらっと言った。
「そんなの、ラビが可愛い女の子になった可愛い男の子を侍らせたいからに決まっているラビ!」
「………………」
そんな理由で……。
いや、ちょっと違うか。
「それをやって、ラビにどんな得があるの?」
そんな理由だからこそ、なにか特別な事情が隠されているかも知れない。
さっきちょっとだけ感情的に大声を出してしまった事を、恥ずかしく思う。
ボクの分のアメリカンチーズケーキを少しだけフォークで崩して、口へ放り込む。 これでラビから何を言われても、多分平気。
ボクの質問にたっぷり10秒かな? をかけてからラビが答える。
「ラビが昔、魔法の国のネットゲームで遊んでいた頃ラビ。 サークルの王子みたいな格好よくて可愛いモテモテな男の子プレイヤーに貢いだラビ。 ラビがその男の子のハートを射止めてやるラビって。 でもその子は実は、リアルでは女の子だったラビ」
「……ん?」
なんだか急に話の意味が分からない事になったけど、ラビを信じて続きを聞く。
「それで騙された!とショックだったラビ。 それで思ったラビ。 今度はラビが逆に男の子を女の子にして、ラビがサークルの姫みたくモテモテな可愛いハーレムを作ってやるラビと」
「……そう」
意味が分からなかった。 全く、全然、本当に。
取り敢えずラビに言われて選んだ、ハートマークのラテアートが浮いたコーヒーをストローですすって聞き流す。
「その為に地球へ行ける資格を得る勉強を一生懸命して、ラビの可愛いハーレムに見合う可愛い男の子を探して回ったラビ!」
「へえ」
チーズケーキも美味しいけど、スコーンのザクザク食感が今は欲しかったかも知れない。 失敗したなぁ。
「それで選んだ7人の魔法少女と、曜日を決めて日替わりデートの毎日ラビ! 幸せラビッ!」
「そうなんだー」
握りこぶしを作って語るラビには悪いけど、真意が分かった以上ボクには気負いは無い。
だってラビが言っているのはつまり、ボクの命を助けたお礼に、ラビが飽きるまで月曜日が実質パパ活の日だと強制してきただけだったのだから。
「毎日サイコーラビ! 日替わりで可愛い女の子とこうしておデート三昧は、心の栄養に必須ラビ!!」
「分かる分かるー」
「ラビっ! カトウマドカをずっと放さないラビ!!」
急に席を立って、ボクを抱き締めてくるラビにリアクションとして、うれしいなーと返しておく。
するとなんだか頬がベトベトして甘い匂いもしてくる気がするけど、気にしない。
実際ボクがラビと行動する日のお金は全部ラビ持ちで、ボクがお金を出そうとしてもその前にカードやキャッシュレスで決済が済んでいる。
騙されて貢いだとか言っていたのに、結局貢いでいるラビの財布を心配しながら、ボクは健全な範囲でラビにされるがままその日を過ごした。
なんだこれ。
血が出そうな魔法少女展開かと思わせて、懐かしい平和な方向の魔女っ娘だった落差を見せるだけだったのに。
なんだこれ。
~~~~~~
蛇足
カトウマドカ
男。
ラビとか言う謎生物に助けられた感謝はしてる。
してるが今回知った真実の所為で、ラビをスケベオバさんだと完全に認識した。
なので、もう遠慮とかはしない方針に転換。
結果として、Sっ気持ちの子としてラビに認識され、なんだか背筋をゾクゾクさせて喜ばれているとか。
ラビに買ってもらった女物のアイテムは、魔法少女変身時の魔法で不思議空間へ仕舞っていて、必要な時に魔法で取り出したり着替えたりする。
日常で誰かが困っている事を、魔法少女になって魔法でこっそり解決するのが何だかんだで好きな、お人好し。
ただ魔法で人助けする際に、相手が男だった場合は助けてくれたのを口実にしてナンパしてきたりするから、そこはイヤだと感じている。
なお未変身時で成人しても可愛い身長低めの男の娘状態で、40歳半ばを過ぎてようやく細かいシワが出てくる(かも?な)魔法をラビにかけられているので、将来が大変である。
ちなみに魔法少女に変身時は、どれだけ年齢が上がっても少女としてピッチピチ(死語)な肌や体型を魔法で維持するので、女性にそれを知られると本気で恨まれるから注意。
マドカの家族
事故の怪我はラビによって治療され、生還。
事故った記憶はあるけど、怪我した記憶は無い。
みんな奇跡的に無事だったと思い込まされていて、そこに悲しい記憶は無い。
いつまでも仲良し家族でい続けている模様。
ラビ
本文中で語った通り、ネットゲームで性癖が歪んだ悲しき謎の魔法生物。
どんな思考をしていればネットゲームからのショックでTS魔法少女を侍らせるのが幸せにつながるのか、書いた本人も正直全く分からない。
だが当人は、厳選した可愛い男の子であり女の子でもある好みの魔法少女達を、日替わりでとっかえひっかえ連れ回せる幸せを噛みしめて生きている。
それでヨシとしようじゃないか(目そらし)
どうやって日本に住んでいるのかは、その魔法の国と日本で密約を交わしている事で提供されている。
密約の内容
魔法による人助けノルマ又は定期的に高額な税金の納税。
それが達成されている上で法的に大きな問題を起こさなければ、日本国籍と日本各地のアパートマンション含む公営住宅と特別な銀行口座と通信手段の提供。
人助けノルマ達成時には活動費の提供も追加。
なお大抵の謎の魔法生物達は、来日直後にもらえる当座の生活資金で投資一択。
儲かるよう魔法を使って、それで億どころか兆を稼ぐ輩も出てくる。
これで生活費や納税分を確保する。
公営住宅の補足
謎の魔法生物が来日報告を日本へしたら“ひとつだけ”活動拠点にする為に貸し出す。
どの辺で活動するかは、謎の魔法生物しだい。
契約した魔法少女が訳ありな場合、その借りた物件に住まわせる事もままある。
が、ほとんどは魔法少女達の秘密基地として利用される事になる。
公営住宅と言ってもそんな連中用に確保していたり、たまたま余っているアパートの部屋だったり。
全国各地に絶対に有るわけでもないので、公営住宅が確保出来ていない地域では、月極めアパートの一室を借り上げたりして対処する。
なお双方向で周辺への音漏れや騒音問題が懸念されるが、謎の魔法生物や魔法少女が魔法で遮音するので、全く問題ない。
政府
国内の治安を極端に悪くする訳でなし、むしろ些細な治安維持もしてくれる。
さらに高額納税をしてくれるってんなら、戸籍位用意して居ついてくれる手助けをしようじゃないか。
魔法の国関係で信頼してからは、そんな感じで受け入れている。
魔法によるトラブルも時折報告されるが、科学的に証明できない犯罪は立証できないので、どうにもならない。
しかもやらかした奴が罪悪感からか魔法でなんとかしてくれる場合も多数で、半放置状態。
放置がマズそうなら、一応国から見舞金とか助成金とか言って補てんをしたりで支援する。
でも誤魔化せない大きな事案は一度も起きてないし、今のところ対策は……一応考えてはいるが、実行される機会は無いだろうと楽観視している。
魔法
恐ろしく便利なメルヘン系。
直接人を害するのは苦手なタイプの魔法。
魔法少女が人助けをした数も、前述の人助けノルマの計算対象。
魔法少女
むしろ魔法少女がアニメで活躍する前の、魔女っ娘と言われる分類の方が正しい。
が、時代の流れ的に魔女っ娘では響きが古いので、魔法少女と言い張っている。
タイトルで“っ娘”が漏れ出ていて、それ位しか察せる要素は無い。
なお娘ではなく子では? と言った指摘や質問は受けません。
商標の関係で。 大人の事情で。
契約
謎の魔法生物ごとに内容が違う。
ラビは、指定する日にラビと一緒に時間を過ごす。 それだけ。
完全にパパ活(過言)
魔法少女の敵
基本的に存在しない。
心の闇を凝縮したようなのもいないし、闇の一族とか言うのも(中二マインドの人以外に)いないし、魔法少女を使ったデスゲームをしかけるヤベーのもいないし、敵対する魔法少女組織とかも無い。
最後のは謎の魔法生物が複数集まって、おふざけで(健全に)競い合わせようってのだったり、人助けの数で争わせるのは企画したりする場合もあるが。
強いて言えば、魔法少女をナンパしてどうこうしようとするクズ野郎や、善意につけこんで悪用を企む外道連中位しか敵はいない。