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第3話 前世の私

「全く…前世でも浮気が原因で離婚しているのに、何で生まれ変わっても結婚相手が堂々と浮気しているのよ。ほんと、私って生まれ変わっても男運が悪いのね」


キュッキュッと窓拭きをしながらブツブツ愚痴を言う。けれど、不思議と悔しいと思う気持ちは湧かなかった。前世の記憶を思い出す前は、あれほど2人の仲を嫉妬して周囲の視線もはばかること無く、泣いたり暴れたりしていたのに…。今では何とも感じない。まるで憑き物が落ちたようだ。何しろ私と夫は夫婦生活の営みすらなかったのだから。


「きっと神様が私を哀れんで前世の記憶を取り戻してくれたのかもね…あ、ここまだ汚れてるわ」


ハ〜ッと息を吹きかけて、再び窓掃除を続ける私。


さて…何故私が前世の記憶を取り戻すと同時に夫への愛?嫉妬?が綺麗サッパリ無くなったのかと言うと理由は一目瞭然。


「結婚相手が前世の自分の我が子と同じ年齢なんてありえないじゃないの…」


そう、前世の私は日本人で25歳の息子がいる母親だったのだ―。



****


 前世では若気の至り?で僅か20歳で結婚し、21歳で私は男の子を出産した。親子3人、幸せな生活を送っていたはずなのに…それも束の間。夫の浮気が発覚して結婚生活は僅か2年で破綻。その後、狭い団地で女手1人でシングルマザーとして寝る間も惜しんで必死に働き、子育てを頑張った。

 そんな頑張る私の背中を見て育った息子は期待通りの良い子に成長してくれた。

国立の一流大学に合格。卒業後は大手商社に就職し…息子は25歳で結婚した。


 親孝行の息子は私と同居することを強く望んだけれども、そこは丁寧に断った。何しろ結婚相手は息子の就職先の会社の部長の娘だったのだ。若い二人の為に新居のマンションを購入したのも先方の父親。そんな環境で私が一緒に暮らせるはずはなかった。

息子が結婚後は1人築40年の団地に残り、相も変わらず必死で働き続けた。何故なら私には夢が有ったから。いつかパン屋を開業させるという夢が…。そしてついにその夢が叶った。私は念願のパン屋を開業させることが出来たのだ。


まさに順風満帆、人生これからという時に…。



****


「恐らく、あのままきっと私は死んでしまったのね…」


窓拭きをしながらポツリと呟く。でも息子が結婚後で本当に良かった。それだけが救いだ。


「よしっ!こんなものかな?」


部屋を見渡せば、窓はどこも曇りがない。絨毯の上にはゴミが落ちていないし、床はピカピカに磨き上げられている。


「フフフ…見たか、元清掃員のこの腕前を」


いつもの習慣で早起きをしてしまい、する事がなかったので掃除に力が入ってしまったけど、やはりキレイな部屋は美しい。


その時…。


ぐぅ〜…。


お腹の虫がなった。


「朝から動いたからお腹が空いたわね…。今何時かな?」


壁の時計を見たら、時刻は午前7時になろうとしている。


「もうそろそろ朝食の時間ね…」


そして私はダイニングルームへと向かった―。




****



「ごちそうさまでした」


すっかり冷めてしまった料理を全て完食し、テーブルナフキンで口元を拭いていると給仕のジャンが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「あの、奥様。その…『ごちそうさまでした』っていうのはどういう意味なのでしょうか?」


そう言えば、こっちの世界では『ごちそうさま』って言う言葉は存在しなかった。


「いいわ、それじゃ教えてあげる。『ごちそうさま』と言うのはね、食事の用意をするために駆け回った人達に深い感謝を込めたお礼の言葉なのよ」


「そうだったのですか?でも…何だか良い響きですね。少し幸せを感じますよ」


ジェフが感心したように言う。


「あ、それなら逆に『いただきます』という言葉もあるのよ」


「そう言えば、お食事をお召し上がりになる時に『頂く事にする』と仰っていましたね。それはどういう意味なのですか?」


「これはね、食事を始める時の挨拶なのよ。『いただきます』『ごちそうさまでした』は食事の始めと終わりの言葉なのよ」


「なる程…挨拶の言葉ですか。いいですね。これから私も食事の度に使ってみようと思います」


「それはいいかもね」


うん、出来ればこの言葉…是非浸透させていきたいものだ。


「さて、と。食事も済んだことだし…これからちょっと顔を出してくるわ」


ガタンと席を立った。


「え?奥様、どちらへ行かれるのですか?」


ダイニングルームを出ていこうとする私にジェフが声を掛けてきた。


「決まってるじゃない。旦那様に朝の挨拶をしに行くのよ」


「え?そ、そ、それは…!」


途端にジェフの顔が青ざめる。


「いやね〜…さっきも言ったじゃない。私は今日から生まれ変わったって。それじゃ行ってくるわね」


そして私はジェフに背を向けると、夫の部屋へと向かった。


恐らくアネットもそこにいるはずだから―。





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