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1 プロローグ

『元競走馬のサラよ。私はこの世界の神である』


先ほどまで死ぬほどお腹が痛かったはずなのに、いつの間にか身体が楽になっている。それに、思考も今までにないほど明瞭だ。


周りを見回してみたが、何もない。芝も空も厩舎も牧柵も。自分の実体すら感じることができない。


『―サラ、話を聞いているか?慈悲深い神である私が、お前を私が作り上げた乙女ゲーム風の世界に転生させてやると言っているのだ』


サラ、というのは、人間たちが私を呼ぶときに使っていた言葉だ。これまでずっと、その言葉が何なのか分からなかったが、これが「名前」というものなのだろう。


今まで理解できていなかったことが今ではすんなりと分かる。


だが、「乙女ゲーム」が何なのかは全く分からない。


「神様…?私は、どうなってしまったのですか?」


神様という概念を知ったのは今日が初めてだ。サラブレッドであった私たちには神様なんていない。


しいて言うならば、人間たちが私たちにとっての神なのだろう。


『かわいそうなサラ。お前は腸捻転(ちょうねんてん)で死んだのだ』


腸捻転。サラブレッドとしては特に珍しくもない死因だ。


って…私、死んだの?


『お前は人間思いの馬だったからな。慈悲深い私は、お前を人間として転生させてやることにしたのだよ』


「転生?私は今、人間なのですか?」


どうりで思考が明瞭になっているわけだ。私は人間の脳を手に入れたらしい。


『そうだ。お前はこれから、乙女ゲーム風の世界でヒロインとして生活することになる。超有名種牡馬たちを攻略対象として用意しているから、好きな男を選びなさい』


乙女ゲームなんて全く知らなかったけれど、なぜだか今はぼんやりと理解できる。神様のパワーだろうか。


「つまり私は、強い遺伝子を持つ男の中から自分に合った相手を見つけて交配し、強い子孫を残すゲームの世界に転生したということですね?」


『大体合ってる』


良かった。合っているようだ。


『前世のお前はけなげで人間孝行の馬だったので、早逝したことを哀れに思ってみんなに愛される乙女ゲームのヒロインに転生させてやったのだ…というのは建前で、ただ単に私がダビサイをしたいだけ……はっ、今のは聞かなかったことにしてくれ』


ダビサイ、というのは人間たちの間で流行していた競馬ゲーム「ダービー・サイアー」の略だ。


繁殖牝馬と呼ばれるめす馬を購入し、種牡馬…つまり強い遺伝子を持つおす馬を交配させて仔馬を生産し、その仔馬を育成して競馬レースで勝つことを目的としたゲームである。


ただ単に強い馬同士を交配させればいいわけではない。相性のいい組み合わせとそうでない組み合わせがあり、良い成績を残せなかった馬から最強馬が生まれることもある。


現実の競馬と同じだ。競馬はブラッドスポーツでありながら、そこに絶対はない。


『ダビサイがマイブームなのにも関わらず、乙女ゲームの転生担当に異動になってしまったのでな。考えた末に、期待の繁殖牝馬を乙女ゲーム風の世界に転生させて有名種牡馬との交配を楽しむことにした』


神様という概念を今日知ったばかりなのでよく分からないが、異動というものがあるらしい。神様も大変だ。


『サラよ。今回私が選んだ四人の男たちは、どれも皆魅力的だぞ。血統的にも問題なく、いわゆる”危険な配合”の相手もいないので安心して選ぶとよい』


“危険な配合”というのはダビサイ用語の一つで、近親交配の際に表示される警告だ。


現実の世界において近親交配には奇形児が生まれるリスクがあるし、ゲームの世界では体質が非常に弱い馬が生まれる可能性が高い。


この神様は、ご丁寧に血統面まで考慮して攻略対象を用意してくれたらしい。


「きっと素晴らしい子供を産むことができる相手を選んでみせます!」


サラがそう言うと、まばゆい光が降り注ぎ、視界が完全に奪われていく。


『サラ、私を楽しませてくれ』


その言葉を最後に、意識が途切れた。


…何か、大切なことを忘れているような気がする。



中編くらいの長さで予定しています。

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