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死んではじまる物語  作者: 幸本勇作
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初戦と油断


 馬車がないのにどうやって急いで街に向かうのかと思ったら、まさか走って向かうとは。


 トリスの肉体だからこその利点、体力に関しては僕とは関係なく鍛え抜かれている。

 ようやくこの強い体になれてきた。

 だから街までの長い距離を走るのも決してそこまで大変なことでもない。けど、まさかセンバのじいさんまでついてくるとは思わなかった。

 道案内は確かに欲しいところだったけれど、かなり全力で僕は走っているつもりなのだが、センバは余裕でついてくる。

「次、右じゃ」

「わかった。それよりじいさん、かなり早く走ってるけど大丈夫か」


 すっかり、センバにはため口でも問題なくなってきた。

 なによりこの三週間僕をボカボカ殴っていたセンバに敬語なんて使う気がない。

 僕は頭を左に傾けた。

 その横を鞘にしまったままの剣がかすった。


「ちっ、ずいぶん慣れてきよって。わしを馬鹿にするなっ。現役引退しているとはいえ、騎士もままならないお前に後れを取るわけないだろう」

 心配して損した。

 今もこうして剣後ろから振り下ろすようなじじいに、同情なんて必要ない。

 今や木刀ではなく真剣を振りぬいてくるようになった。

 鞘に入っているから死にはせん。っていうけど、前に一度食らってわかった。普通に頭に食らったら死ぬ。


 真剣になってから、反射をより一層意識できるようになった。

 そして、殺気のようなものを感じるようになったのだ。今までなかった感覚なので、トリスの肉体だからこそ持つ感覚なのだろう。


「じいさん、緊急で呼ばれて城に帰ろうとしてるわけだけどさ、帰ってなにかできるのかな? 修行だって一週間早かったわけだろ?」

「はぁ、その顔で弱音を吐くんじゃない、気持ちの悪い。姫さんには姫さんの考えがあるんじゃろ。お前さんを緊急で呼んだってのはかなり切羽詰まってはおるじゃろうが、すぐ戦闘になることはない。一週間早いとはいえ、おぬしは十分肉体の勘を取り戻して居る。まだまだ全盛期には遠く及ばないし、わしにも遠く及ばないが、まぁ普通の騎士くらいには動けるじゃろ」

 初めて褒められた。

 ん、褒められたのか? ・・・褒められたって認識しよう。

 普通にうれしい。顔がほころんでしまう。

 まさかこんなじいさんに褒められただけでもうれしいなんて。

 この三週間が報われた気がした。痛かったけど、頑張ったかいがあったななんて思ってしまう。

 そんなことを考えて走っていたら、急に頭の後ろから鈍痛がした。

「いっっっって!!なにすんだ」

「油断するなといつも言っているだろう?」

 センバに殴られた。

 はるかにいつもより弱い力だったが。いつもより弱い力だったから気づかなかったのか。

 頭をさする。血は出てない。一安心。

「あと、前見ろ」

 頭をさすって、リアクションに忙しかった僕は、遅れてセンバが指さす方向を見た。


 ぱっと見でわかる。山賊がそこにはいた。


「へへへ~、じじいとガキ、ちょうどいい獲物だなぁ」

「痛い目見たくないだろ?命のかわりに金を置いていけ」

 いかにも山賊の格好をしたやつらが、いかにも山賊が言いそうなことを言う。

 実に普通。

 これを普通と感じてしまうほど僕も随分この世界になれてしまったんだな。

 急いでいるし、テキトーにあしらって逃げようか。

 金なんてそもそも持っていないし、正直に言って逃がしてもらおうか。僕がそう考えていると。じいさんが耳元で言った。

「倒せ」

 え?

「このくらいのやから倒せんで、城に戻ったところで役にたたんじゃろ?」

 僕の気持ちを察したのだろう。センバが僕が戦うべき理由を説明を付け加えた。


 いやいや、この三週間、センバの攻撃をよける。魚を素手で捕まえる。木刀を振る。以外にやっていないんだぞ? 

 戦い方なんてもちろん教わっていない。

「倒せって、そんな場合じゃないだろ?相手五人はいるし、じいさんも手伝ってくれるのか?」

 センバは黙って、持っていた剣を僕に押し付けた。


「わしの孫が相手じゃ。ごろつき。お前らごときわしの孫にかかればいちころじゃ。命を置いていくのはお前らの方じゃ」

 明らかな挑発。僕に向けてじゃなく山賊たちに向けた挑発。


 こんな明らかな挑発に乗っかるほど馬鹿じゃないだろうな~なんて思ったが、山賊たちの方を見ると、

「上等じゃねぇか」

「死ぬ覚悟はできてるな?」

 皆武器を持ち、立ち上がる。

 近づいてくる。

 その目は本気、マジ。完全に頭にきているらしい。

 単純すぎだろう。ってかじじい何やってんだ。

 これじゃ逃げ道なんてないじゃないか。

 この剣で戦えってか? 真剣なんて握ったこともない。なにより戦い方もわかりはしないのにどうすればいいんだ。


 もう一度、センバの方をにらみつけると、センバはすでに他人事のように木に寄りかかりながら耳をほじっている。

 一応目が合ったが、早くと急かすような目をするだけ。

 いつか絶対殴ってやる。

 

 鞘に入れたままの剣を構える。山賊は笑っているが関係ない。

 馬鹿にされようとなにも斬ったことのない僕がいきなり真剣での斬り合いなんてできるわけがない。けどこれまで振っていた木刀に近いこの形なら、まだ何とかなりそうなのだ。


 山賊の一人が向かってくる。武器は木の棒、かなり太い。

 でも、勢いだけって感じ、殺気を感じるまでもなく動きは読みやすい。

 体をひねって華麗にかわす。センバの剣に比べれば遅すぎるし、怖くなさすぎる。

 隙だらけの背中に僕は剣を振り下ろした。

 勢いよく山賊の一人は地面にたたきつけられた。

 そこまで力を入れてないはずだが、やはりトリスの肉体さすがとしか言えない。


 たじろぎながらも、残りの山賊も僕に向かってくる。


 あっという間に山賊全員を倒すことができた。

 向かってくるのを避けて、剣を振る。

 この三週間やってきたことをやるだけで倒せてしまうなんて。

 自分の成長に驚いた。

 本来のトリスには遠く及ばないだろうが、というか元々のトリスの肉体のおかげなのだが、こんなにも強いなんて、優越感に浸ってしまう。


 センバの方を見る。

 どうだ?僕を馬鹿にしてきたけど、もうその立場も危ういんじゃない?

 このくらいできて当然だって顔をしているセンバが最後の記憶。


 突然目の前が赤くなる。


 頭から激痛が走る。

 完全に油断した。

 

 山賊の一人にまだ意識が残っていて、殴られてしまったのか。

 

 注意してれば殺気にも気づいただろうに。

「油断しよって」

 

 そうセンバは言ったような気がした。


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