修行開始
集会は講堂で行われた。
数百人を収容できるであろう広い講堂。
体育館で行われる全校集会が思い出させる。体育館だったなら壇上の位置にデイルが大きな椅子に座っている。デイルの向かいには数百人の騎士がきれいに整列していた。
僕は舞台袖で待機している。隣にはさきほどの衣装とは違い、いかにも騎士というような鎧を着たヤマトが隣に立っている。
「皆さん、本日も無事会えてよかった。最近は情勢も安定しており、あなたたち騎士団もじっくり鍛錬に時間をさけてもらえていることだろう。本日はいつもとは違い私の挨拶はこのくらいにして伝えたい本題がある。」
親しみある美人のデイルとは違い、集会で話すデイルは威厳がありその口調もまさに国を背負う王という感じだ。僕と大して歳は変わらないはずなのに感服してしまう。
「トリスが半年のケガから回復した」
一言で、講堂内がさわがしくなった。
先ほどまで物音ひとつたっていなかったのにもかかわらず。
それほどまでにトリスの復活というのは、騎士団内ではビッグニュースなのだろう。
「じゃあ、僕先出ますね」
軽く右手を出し、ヤマトを舞台袖から送り出す。
「半年間、騎士団長代理を務めましたが、それも、この時のためです。われらの王はデイル・アース様である。われらの長はトムン・トリスのみである!」
講堂内の熱気がさらに上がる。
「トリス団長、お願いします」
盛り上がる講堂、呼ばれる僕。
盛り上げに盛り上げた登場。
最悪だ。
それでなくても人前に出るのは得意ではないのに。
最骨頂に盛り上がった会場への入場。しかも皆が僕を見ている。
いや、僕を見るために待っている。僕の入場を待ち望んでいるのだ。
デイルがこちらをちらりと向く、目が合う。お願いねという期待の眼差しだ。
「ふぅー」
僕は大きく深呼吸を一度してから、人という字を掌に書いて、口を掌で覆ってから僕は一歩を踏み出した。
一歩、また一歩と踏み出して壇上の真ん中へ向けて歩いていく。
そのたびに歓声が大きくなっている気がした。
デイルが座る王座の前、壇上の真ん中まで到着した。
眼前に広がるのは、騎士たちの姿。大勢の凛々しい騎士たちが喜び、安堵、涙を浮かべながら僕を見ている。
トリスだったら何を言うか、僕は考えた。
トリスになりきるためのお約束第二条を思い出す。
「静かにしろよ。俺の復活なんて当たり前だろ?、遅くなったのは悪かった。だがもう安心しろ。多少なまってはいるが、十選の騎士、アース騎士団団長、トムン・トリス、無事帰ってきた」
「・・・おおおおおお!!!」
大歓声が上がる。講堂全体が震えている。
トリスになりきるためのお約束、第二条。
自信たっぷり、とにかく俺様。ナルシスト!
大成功らしい。
デイルのトリスへの印象は正確で、さらに教え方も完璧だ。
まぁそれを演じられる僕にも称賛を挙げても罰はあたらないだろう。
「さきほど、訓練場でも見事な復活ぶりを見せていただきました。団長の帰り、誠にうれしく思います。今後ともよろしくお願いします」
ヤマトが片膝をついて僕に向かって頭を下げて言った。それに呼応してか、騎士団員達も続いて、揃って、よろしくお願いしますという大きな声と共に頭を下げた。
僕はやや困りながらもデイルに目をやった。デイルは嬉しそうに笑っていた。
「やるじゃない」
城に戻り、遊楽スペースのソファで緊張が解けてゆっくりしているところにデイルがやってきて嬉しそうに言った。
「まぁ、デイルに教わった通りにやっただけだよ」
「それでも、あそこまで演技着るなんてすごいわ!ヤマトとの訓練でもうまくできたみたいだし、一安心よ」
シンプルに褒められるのは普通に照れる。
真正面からデイルに褒められるなんてもうホントに死んでもいいくらい嬉しい。
「訓練場では危なかったよ。口調とか態度ならうまくできるだろうけど、やっぱり僕に騎士なんて無理だと思う・・・」
「大丈夫。ヤマトから聞いた限りあなたになんの疑問も持っていなかったから」
「あれはたまたま、ヤマトが手を抜いたって勘違いしてくれただけで、僕普通に一発食らって気絶したからね?」
「うーん、トリスの体だしなんとかなるだろうと思うけど、まぁ安心して!手は考えてあるから」
デイルが笑った。
不気味に。
騎士としてうまくやるためのアイデア、、、
想像もつかないが僕にとって良いアイデアな気がしない。
馬車に乗るなんて初めてだ。
道路が整備されていないからしかたないが、道のりはがたがたですごく揺れる。
酔いやすいはずの僕だが、酔う気配はどうやらない。
肉体が、トリスのものなのが原因なのだろうか。トリスは三半規管も強靭だと思われる。
「そろそろ、教えてくれない?どこに向かっているのか」
馬車の中で向かいに座り、本を優雅に読んでいる。
これまた三半規管が強靭なデイルに僕は聞いた。
「一言で言うなら特訓ってところかしら、一通りの騎士としての戦い方を教えてくれる人のところに行くのよ」
やっぱりと言うべきか。良いアイデアじゃない。
完全に僕が苦労する未来しかない。
肉体は強靭なトリスでも、メンタル・心は弱い僕なのだぞ。
特訓なんて乗り切れる気がしない。
「というか、僕の正体をばらさずに特訓してくれる人って?ちゃんと初心者の僕を面倒見てくれるの?」
「ふふ、大丈夫よ」
デイルが悪だくみをしているような笑顔になる。
嫌な予感しかしない。
これ以上聞いても、今の段階では教えてくれないだろう。
デイルはこう見えてサプライズ好きの性格で、子供っぽいところがあるのだ。
そこもまたかわいいじゃないか。
なんとなく、馬車の窓から外の様子を眺める。
森林の中の一応開かれた道を走っている。
とにかく揺れがひどいが、だんだん揺れにも慣れてきて、心地よいリズムに感じてきた。
この世界は一体何なのだろう。
今更の疑問だが、言葉は日本語、文字は違うが限りなく僕の生活に近い文化。
詳しい事情はドロドロで戦いがある乱暴な世界なのだが、とりあえず不思議な世界だ。なんのために僕は転生をしたのだろうか。
目的も意味もわかりはしない。
元々、生きることにも存在するものにも、人生にも意味なんて目的なんてありはしないのだが。
それでもどうしてもそう考えてしまう。
とんでもない魔法を僕が使えるわけじゃないし、なんなら魔法の「ま」の字も教わっていない僕がこの世界になんの意味を持って呼ばれたのか。
神とやらがなにかの意図をもってやっているのだろうか。
「意味なんてないさ、世界はいつだって意味・目的を求めるけど、そんなものない。
そんなの当たり前だろ?そんなものはない。生まれた意味も目的も、生きていく意味も必要も。世界が向かうべき方向も、なにもない。
ただ生きて死ぬ。人間一人ができることなんてない。なら楽しくいきていかなきゃ損でしょ?」
顔がわからない誰かが僕に言う。これは記憶だったかな?
「起きて、着いたわよ」
肩を揺すられて起こされた。
いつの間にか僕は眠っていたのか。
景色を見ているうちに眠ってしまっていた。結構の揺れだったのに眠ってしまうなんて、僕も随分図太くなったものだ。
景色はさきほどと大して変わらない、一面森。
着いたとはどういうことなのだろうか。僕が、馬車を降りてもきょろきょろしていると、デイルに呼ばれた。
「こっちよ」
馬車の運転手、警備の騎士二人を馬車に残してデイルの後についていく。
しばらく森の中を歩いていく。
馬車も見えなくなり、デイルと僕完全な二人っきり。
何をしてもばれない・・・ばれない!・・・
と行動に移したいところだが、僕にそんな度胸はない。
おとなしく、後ろからデイルの姿を嘗め回すように見る程度にしておこう。
木々が開かれてきた。
木の本数が減っていく先に家のような、小屋のような木造の建物が、見えてきた。
デイルはその建物にまっすぐ向かっているところを見ると、どうやらあの家に目的の人物はいるようだ。
「センバさん、センバさん」
目的の人物とはセンバという人らしい。
全開のままになっている玄関に向かって、デイルが呼び掛けた。
こんな森の中の家なら泥棒の心配はなさそうだ。
「ほいほい、ちょっと待ってくださいな」
家の奥から歩く音とそう答える声が聞こえてきた。
「いるみたいでよかったわ」
「一体こんな山奥になんの用ですかな?」
小さい。十人に聞いたら十人がそう第一印象を答えるであろう老人が出てきた。
「センバさん、お久しぶりです。デイルです」
「おーー、王女様、また大きくなったんじゃないかい?久しぶりだのぉ」
「はい、二年ぶりといったところでしょうか」
「そうか、そうかい、んで、今日は一体なんの用かいのぉ」
デイルに向かって、ため口をきく人を初めて見た。
トリスがため口というのは聞いていたが、それ以外の人物がため口をきく人はこれまでいなかったのだ。さすが王女だ。
でもその王女に向かってため口なんてこのじいさんは何者なのだろう。
「騎士として鍛えなおしてほしい人がいるのです。」
「それはそやつかい? いったい何者じゃ」
じいさんが僕の方を見て言った。
「トリスですよ。元あなたの弟子の」
僕は一応頭を下げてみた。
トリスとこのセンバというおじいさんは師弟関係にあるらしい。なるほど、騎士を学ぶにはちょうどいいわけだ。
「トリス? 王女様よ、うそを言っちゃいかんよ。トリスは確かにわしが育てた騎士の一人じゃ。だがのぉ、やつはもうわしが教えられることはない。わしのところに鍛えなおしてほしいなんて言うはずがない。なにかわけありか?」
鋭い。
老人だからって甘くみちゃいけないと思った。
冷静な分析と洞察力がある。
真実を言わずにこのセンバをやり組めるのはおそらく不可能だろう。
デイルもそう決心したように一呼吸考えてから話し始めた。
「さすがです。センバさん。たしかにトリスは十選の騎士に選ばれるほどの騎士に成長し、教えを乞うなんてしない人間になりました。でも、今ここにいるのもたしかにトリスなのです。
そして、鍛えなおしてほしいというのもこのトリス本人なのです。センバさんも聞いているとは思いますが、トリスは先の戦い、契約者ナンバー4との闘いで大きなけがを負いました。
その結果、半年間目を覚まさず、つい先週目を覚ましたのですが、記憶を失ってしまっていたのです。」
契約者、ナンバー4? 聞いたことのない単語が出てきた。
「ほぉ~~、どれ?」
センバは、デイルの話を聞くと、僕の方をじっと見てきた。
ぐるりと一周見まわしてもう一度正面に立ちなおした。
「確かに、肉体はトリスそのものじゃ。にわかには信じられんが、記憶喪失っていうのも本当らしいのぉ。」
肉体がトリスというのは見てわかるとしても、なぜ記憶喪失が本当ということまでわかるんだ。
単にデイルの話に合わせて言っただけか?
「今、アースではトリスを失うわけにはいきません。否、トリスという強い存在を失うわけにはいきません。センバさん、このことは秘密に、ここにいるトリスを騎士として戦えるまでに鍛えなおしていただけないでしょうか?」
わお、もうこれは、僕の意見を挟む余地がない。
ある程度、想定はしていたけど完全に修行パートに突入しそうだぞ。最悪だ。
「わるいがのぉ。それはできんぞ王女様」
「え?」
僕とデイルは同時に、センバの言葉へ返した。
二人で同じ言葉だが、そこに込められた思いは全く違うモノだろう。
デイルは信じられない気持ち。
僕はうれしさから来た気持ち。
「できないってどういうことですか。あなたほどの人なら鍛えなおすなんて造作もないことでしょう」
「たしかに、どんなぼんくらもわしが見てやれば、一端の騎士にすることは可能じゃ。でものぉ、記憶喪失とはいえこやつは完成しとるんじゃよ」
「完成している?」
「肉体的になまっている部分もあるだろうが、鍛えようがない肉体、鍛えなおすもなにもこやつはそんなもの必要とせんよ」
衝撃な言葉、デイルにとっても、僕にとっても。
確かに、肉体はトリスのもの。
強靭なトリスの肉体に僕という存在が転生した。
それが現状。ということは、肉体自体の強さはそのままだということ。
「あの、でも、僕まったく強さを感じないんですけど、さっきも副騎士団長に一本取られたところですし・・・」
修行しなくて済みそうなところ口出ししようか迷ったが、今後騎士としてなにもせずに戦場に出されるのだけは嫌なので、口をはさむ。
「トリスが・・・わしに敬語じゃと・・・?ははは!本当に記憶喪失じゃな!」
僕の言葉に答える前にそこに興味がいくなんて、トリスってのはどんだけ横柄なやつだったんだ?少しの敬語でも言われるってよっぽどだ。
「鍛えなおすことはできん。だけどのぉ、思い出させることならできる。それが答えじゃよ」
結局、修行するんかい!
というツッコミは置いといて、思い出させる?ちょっと待て。
「思い出させるって、記憶をですか?」
「それが、できるんなら、わしのところになんて来ない。そうじゃろ?王女様」
は?
お前が今思い出させるって言ったんだろが。
意味わからん老人を見ているとイライラするのは、元の世界もこの世界もおんなじらしい。
「肉体に動きを思い出させて、自覚させる。それがわしにできることじゃよ」
ますます、わからん。
デイルはわかっているのか、様子を窺う。
けど、それは意味がないことだとすぐに察した。デイルは王女様、戦いのこと肉体のことなど知るはずもない。わかろうとする気配を微塵ももっていなかった。
「わかっていない。という顔じゃな。やってみる方が早いか」
さっそく修行が始まるのか。と僕は意志を固めようとした瞬間。
センバが僕に向かって来ていた。その目は獲物を狩るような目。殺気というやつを初めて感じた。
構える。
構える?
センバの言っている意味がようやくわかった。
そのときにはもう、腹に重たい一発を食らって、僕の膝は地面についていた。
痛いをこえて、息ができない。視界が真っ赤になる。痛い以外の考えが巡らない。
「あぁ、・・・あ・・・」
息を吐こうとしているのだが、声にならない声が出て終わる。
腹を抑えながら額を地面につく。
土下座になれた僕だが、痛さのあまりの土下座は初めてだ。
完全な急所を的確に突かれた。
痛みが治まるまで、しばらく時間がかかった。
なんとか、正常に息ができるようになり、上体も起こすことができるようになった。
「少しはわかったかいのぉ?」
「う・・・う・・・、はぁ・・・」
まだ痛みが残っていて、しゃべるのにも一苦労だ。なんとか呼吸を整えながら僕は言葉を続けた。
「つ、つまり、体の動かし方は体が覚えているってことか?」
「そう、それで正解じゃ。あとは、呼吸の仕方、軽い動き、立ち振る舞いをわしが教えればひとまず大丈夫じゃろお。それでいいかの?王女様」
わりと教えるやんと思いながら僕は、まだ少し痛むみぞおちをさすった。
「はい、お願いします。どのくらいかかりそうですかね?」
「とりあえず、記憶喪失になったこやつがどれほどのセンスを残しているかにもよるが、一か月もくれればよいぞ」
一か月もこの暴力じじいに教えを請わなきゃいけないのか。
今までの一週間はデイルという美少女がいたから頑張れていたのに、無理だ。長すぎる。逃げよう。
「わかりました。じゃあ、センバさんよろしくお願いします。なにかあったら、伝報をつかって報せてください」
僕の意見なんて、はさむ余地もない。
この爺さんとの共同生活&修行生活は決定事項らしい。
すきを見て逃げるしかない。
ここまでよくやった自分を褒めよう。デイルには悪いが、ごめん、僕は逃げます。許さなくていいので、探さないでください。
「トリス、いえ、クロダ・・・」
逃げ先を考えている中、デイルが僕の横に来て小声で言う。
「大変だろうけど、頑張って。立派な騎士になって戻ってきてくれることを楽しみにしているわ」
笑顔。応援。声援。期待。萌え。
僕の考えを察してなのか?
それとも無意識?
僕のツボを押さえたデイルの行動に僕は思惑通り心を掴まれた。
「うん、一か月後、楽しみに待ってて」
はぁ、デイルの笑顔に弱すぎる僕。
なによりこの子の背景に同情してしまっている僕に逃げ道なんてなかった。
なんとか一か月、ない根性を振り絞って頑張るしかない。
「じゃあ、私は行くわ」
僕はなんとか口角を上げ笑って見せた。
センバは鍛えなおすことに喜びを持っているように笑っていた。
「トリス、久々にたっぷりしごいてやるから覚悟せぇよ」
やってやる。
あわよくば、この爺さんにさっき殴られたお返しをしてやる