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死んではじまる物語  作者: 幸本勇作
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死ねたはずなのに

明るいところから、暗いところは見えない。

けれど、暗いところから明るいところはよく見える。

夜に、部屋の電気をつけると外が見えなくなるけれど、外から部屋は丸見えになる。

そんな感じ。

それが、僕が死ぬ理由。


今こうして、真っ逆さまに地面へと落ちている理由。

段々近づいてくる、地面、死。

もうすぐ、終わる。僕。たったと言われる17年の人生に幕を下ろす。

もうすぐ終わる。いや、やっと終われる。

そのはずなのに、だれかが僕を呼んでいる。


「まかせた」

 その一言だけが、最後に残った。

 




重い、体が動かない。


本当に僕は体を動かそうとしているのか?

そう疑問を持ってしまいそうなほど体が微動だにしない。もしや誰かが押さえつけているんではなかろうか。


唯一動かせそうな瞼に、集中する。

重い重い瞼がゆっくりと開く。明るい、眩しい。せっかく開いた瞼をもう閉めたいと思ってしまう。

それでも、なんとか僕は目を開けた。


初めはなにも見えず、真っ白い目の前だったが、だんだんと目が慣れてくる。


ようやっと、ピントも合ってきた。

どうやら僕はまた、死ねなかったらしい。

天井が見える。


まぁ、もし天国に天井があるなら別かもしれないが、あ、僕が行くのであれば地獄か。


さて、ここは一体どこなんだろうか。


天井が見えたからここが室内なのはわかる。だが、どうやらここは病院じゃないようだ。

なんとかして情報を得ようと周りの様子を窺う。眼球、首とだんだん動かせる箇所が増えてきた。しばらく寝てたであろう体が徐々にほぐれてきているみたいだ。


マジで、ここは病院じゃないぞ。


明らかに僕の知る病院の雰囲気ではない。布団の雰囲気も部屋の作りも。

それどころか、日本の建物の作りですらない。窓も見たこともない、いや見たことはある。そう、絵本なんかで読んだことのあるような中世ヨーロッパ風な窓。


やっとの思いで、上体を起こす。天井と窓以外の情報が入ってきた。


部屋は長方形、僕が寝ているベッドが中心となっている部屋。

壁は白く、他の感想としては高そうな家って感じ、カーペット、机やいす、花瓶、小物がいかにも高そうな雰囲気をかもし出している。


中でも一番気になるのは、壁の一面、ベッドの向かい側の壁に貼られている絵?地図?

おそらく地図なのだろうか。海があって陸があるような形だ。


けれど、それは僕が知る地図とは全く違った。決して世界地図に詳しいわけでも、様々な国の形を熟知しているわけではないけれど、明らかに僕が見ているこの地図は、ふつうではない。

まるで、まったく別の世界の地図のように・・・

トントン


部屋に唯一あるいかにも重厚そうな扉がノックされる。

扉がゆっくり開けられる。


「ごはんですよ~と、って言ってもわかりはしませんか・・・」


 入ってきたメイド姿の女の人。飲み物らしきものをワゴンに乗せてやってきた。上機嫌な感じでだが、やはりメイド服はギャルっぽい女の子に着てほしい。これじゃ痛いコスプレだ。


 メイド服を着た女の人は、僕を見るや否や表情が一変した。

 驚きのまなざし、一見小さいであろう目が、これでもかってほど大きくなった。

 「お嬢様!お嬢様―!」


 血相を変えて、部屋を飛び出していった。


 お嬢様か、やはりここは金持ちのお家って感じなのだろう。

開けっ放しのドアの先を見て、驚く。


思っていたよりこの家はお金持ちなのかもしれない。少し見えただけでとんでもない長さの廊下を確認することができた。

もしかしたら、ここは家というより、城に近いのかもしれない。


どたどたどた

足音が二つ、近づいてくる。


扉から女の子が現れる。鼻筋が通り、印象的な青い目、品の中にも幼さがある。

白と水色の服がここまで似合う人は今後出会うことはないであろうと思える子が、部屋に入ってきた。


そして、近づいてくる。僕に歩み寄ってくる。

「トリス、やっと起きてくれたのね・・・」


 ん?

 明らかに外国人の名前を呼んでいる。よく見れば確かにこの子も決して日本人って雰囲気ではないが、

 え?僕のことを呼んでいる?


 もちろん、僕は生粋の日本人。名前だって全く違う。


「本当に、よかった」

 僕の疑問などお構いなしで歩み寄ってくる。目に涙を浮かべているように見える。


 そして、抱きしめられる。


 良いにおい、花のような石鹸のような、シャンプーの香りなのか?女の子の匂い、女の子ってどうしてこんなにもいい匂いがするんだろう。

 ってそんな場合じゃない、

 女の子がこんな近くに、いやましてやハグなんてない。

 パニックだ!!


 もちろん、うれしいんだけど、

 いや、もううれしすぎてこのまま死んでもいい。

 元々死にたかったんだからちょうどいいんだけど、叶うのなら、女の子に絞め殺されたいと心から思ってしまう。


「ん・・・あ・・・」


 声が出ない。わかっていないことを聞こうと試みたいが、できない。


 まるで、長い間しゃべっていなかったせいで、のどが絞まってしまっているような感じ。

 残念なことに、良いにおいの女の子が少し離れる。まだ肩に手が乗っているだけでもまぁ良しとしよう。このまま、ハグが続いていたら、心臓がドキドキしすぎて死んでいたかもしれない。


「まだ、声は出せないよね。あなた、半年も眠っていたんだから」

 半年、僕はそんなに長い間寝ていたのか。

 そんなことより、彼女は僕を知っているみたいな口ぶりにようやく気が回った。


 僕は、この子を知らない。絶対に知らない。こんな美少女を忘れるなんてありえない。男なら絶対に忘れるわけがない。忘れる人がいたら、僕の前に出してほしい。マンションの屋上から突き落としてやる。


「あ、、ん、、ああ」

 なんとか、しゃべろうとする。

「ん!うあ、う、う」

 のどが痛い、イガイガする。それでも、今わからないことを聞きたい気持ちでいっぱい。

「サリリマさん、お水を」

 彼女はそうメイド服の女の人に言った。

「はい、お嬢様」

 コップに水を注ぎ、手渡す。


 お嬢様と呼ばれるこの子は、僕の背中に手を添え、僕の口にコップを近づけてくれる。

 夢に見たあーんではないが、水を飲ませてくれるシチュエーション。

 ありがとう。神様、僕の自殺をさんざん邪魔してくれたのは許さざることだけど、このためだったんだね。感謝します。


 ゆっくりと水を飲む。


 久々の飲み物、のどが驚いているのを感じながらも、確実にしゃべるための力がチャージされているのがわかる。

 コップ一杯を飲み切ることができた。

 先ほどののどの痛み、イガイガはずいぶん収まった。


「あ、あなたは、」


 やっと、声が出た。

「あなた・・・はだ、だれ・・・ですか?」


 声が出たという喜びで少しほころんだであろう僕の表情とは裏腹に、女の子の表情、サリリマと呼ばれたメイドの女性の表情が明らかに変わった。驚きの表情。


 沈黙が流れる。


 僕の言葉が通じなかったのか?いや、女の子やサリリンが話していた言葉を僕は理解することができた。ということは、僕の言葉で通じるっていうことだろう。言葉は合っている。通じているはず。


「えっと、こ、ここはどこ・・・なんでしょうが?」

女の子とサリリンが顔を見合わせる。

女の子は、もう一度僕の顔を見る。何か言いたそうにしてから、下唇を噛み少し悲しそうな表情になった。一息吐いてから女の子は口を開けた。

「本気で・・・言っているのよね?トリス」


 まただ。完全に僕に向かってトリスと言っている。訳が分からない。僕はトリスなんていう名前なわけがないし、この子に見覚えもこの場所にも見覚えはない。


僕は無言を続けた。


少し驚きがあるような表情をする彼女だが、ある程度覚悟をしていたようだった。再び一息吐いた。

「自分の名前はわかる?」

「ぼ、ぼくの名前は、黒田秀介」

 今までよりも驚きが明らかに大きくなる。予想外の回答だったらしい。


「うそ、でしょ?どういうこと?」

 そう言ったのは、彼女ではなく、サリリンというメイド服の女。


 女の子の方は、僕の肩に乗せていた手に力がこもっていた。


 そのまなざしは、驚きの中に悲しみが、そして徐々にその表情は何か覚悟を決めたように変わった。


「クロダ、あなたはトリスよ」


 いやいやいや、かわいい顔してなんてことを言いだすの?


 クロダって呼んでくれたのはうれしいが、僕はトリスだって、さすがに意味が分からなすぎる理屈でしょ。

「いや、僕は黒田ですって、トリスっていう人ではないですし、あなたのことも知りません」

 ようやく、舌が本調子になってきた。スッと思っていることが言えるようになってきた。


「・・・、サリリンさん、少し席を外してもらえるかしら」

「え、あ、はい」

 サリリンは変わらず動揺していたが、言われた通り僕の方を何度か振り返りながら、部屋を出ようと扉に近づいて行った。

「とりあえず、今ここで聞いたことは胸に秘めておいてください」

扉が閉められる前に女の子はサリリンに向かってそう言った。サリリンは一度お辞儀をしてから部屋を出た。


扉が閉まる。


僕の肩から手を離し、女の子は立ち上がった。

「本当に本当に、自分はクロダだと言うのね?」

 どうしても僕をトリスいうやらにしたいらしい。が、残念僕は僕、黒田なのだ。どこでどうやって間違えられているのかはさっぱりだが。

「はい」

「わかったわ。」

 そういうとしばらく沈黙した。


「私の名前は、デイル。この城の主をやっているわ」

 彼女は、すべてを覚悟をきめたような目に代わり、ベッド脇のテーブルの椅子に腰を掛けてそう言った。


 おお、デイルっていうのか、一生忘れないでいようと心に誓う。

「あなたの現状をもう一度確認させて、あなたはトリスではなくて、クロダっていうことでいいのよね?」

 僕はうなずく。

「わかったわ。あなたはクロダね。そこをわかった上で言うわ。あなたはトリスよ」


 ん?


「ちょっと、意味がわからないんですけど・・・」

 僕は顔の筋肉にうまく力が入らない中、おそらく苦笑いをしているであろう表情をした。


「あなたはおそらく記憶喪失、いえ、記憶が上書きされているのよ」


 衝撃的な発言。

 僕の記憶が上書きされたもの?ありえない。いやあるわけがない。記憶喪失ならまだしも、記憶が上書きされることなんて聞いたこともない。

そもそも、僕には僕の記憶がはっきりあるのだ。子供のころから17歳になるまでの記憶が、これらがすべて嘘だっていうんだから信じられるわけがない。

「ちょっと待ってください、そもそも、なんで僕がトリスってことが確定してるんですか?もしかしたら似てるかもしれないですけど、僕は絶対にトリスっていう人ではないんですよ。記憶もはっきりあります。僕は黒田です。」


 デイルの眼差しはなにも変わらず僕をまっすぐに見つめていた。

 そして、テーブルの引き出しにそっと手を伸ばし中にある物を取り出した。


「まずは、これを見てみて」


 そういってデイルは引き出しから取り出したものを僕の方に向けた。

 鏡だ。


 映し出される。僕・・・

 

のはずだった人物は、たしかに一瞬僕に見えなくもないかもしれないが、明らかに違っていた。

僕が僕じゃない?


わけがわからない。鏡に自分じゃない自分が映りだされている。


こんな経験したこともないので、混乱する。動揺する。

僕のこれまでは、偽物だったのか?トリスという人物に上書きされたただの記憶?

死んだ記憶が夢?ありえない、僕の記憶は絶対に正しい。僕は黒田なんだ・

思考が巡る。さまよう。


そして、たった一つの答えに導かれた。


決してありえないと思えるその答えこそ、今の状況にぴったりの解答になっている。


その答えが正しいか確かめるために僕は窓の方を目指す。


重い体をなんとか動かして窓の方を目指す。

その行動の意図をくみ取って、デイルが窓の方に向かい、窓を開けた。


僕は理解した。


窓からの景色一つでその答えが正しいということを理解することができた。



そう、僕は転生したのだ。


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