冒険者
「畜生!何なんだよ、ここは!」
大盾を構えて重戦士のゲイルは悪態をつき、ゴブリンの攻撃に必死に耐えていた。
私は、そんな彼をフォローしようと必死に魔法を発動させようとするが何故か周囲のマナが希薄で発動出来ない。
「エイミー!早く攻撃してくれ!」
「わかってる!ちょっと待って、ゲイル!」
ゲイルの催促に私は慌ててもう一度、詠唱をする。
しかし、いくら詠唱をしても一向に魔法発動に必要な魔力が集まらない!
「ぐあっ」
「ゲイル!」
私がどうにか魔法を発動しようと手間取っている中、とうとうゲイルは両膝を着いて口から大量の血を吐き出した。
私が慌ててゲイルの肩を支えてると彼のお腹にポッカリと小さな穴が開いている。
頑丈な大盾と重鎧を装備しているのにも関わらず、ゴブリンの攻撃が貫通したというの!
その事実に驚愕するととともに少し離れた場所に居るゴブリンは先端から煙を出す妙な筒状の武器を持って嫌らしく笑っている。
「ゴホッ!ゴホッ!・・・エイミー、俺が時間を稼ぐ」
「ゲイル?」
「ハァ、ハァ、その間にお前だけでも」
「何、言ってるの!貴方も一緒に」
「エイミー!」
私が彼の提案を否定する言葉を最後まで言わせずに彼は立ち上がる。
「行け!行くんだ!俺達が全滅したら、誰がこの場所の事をギルドに報告する!」
「・・・ゲイル」
「逃げろ、振り向くな!行け!」
ゲイルの決死の覚悟に私は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んで彼に聞こえるくらいまでの小さな声でごめんなさいと呟く。
そして、後ろに振り向くと今出せる全力で走り出した。
「てめぇ等!クソ雑魚のくせに妙な武器持ちやがって!ウオオオオ!」
後ろで聞こえるゲイルの雄叫びに反応して連続した破裂音が鳴り響く。
私は彼の言うとおり、決して振り返らずに速度を落とさずに一生懸命、涙を流しながら走る。
何故、こんな事になったのか?
ここは一体どこなのか?
他の仲間はどこに居るのか?
纏まらない思考を無理矢理、纏めようとする。
もちろん、動かすべき足は止めずにだ。
そして、私は思い返す。
僅か、数時間前の事を私達がギルドからの依頼で新たに発見されたダンジョンの探索に来た時の事を、
「オッシャー!やっと着いたぜ!皆、準備は良いな!」
王都の外れ、森の奥深くにあるポッカリと開いた小さな洞窟の前で私達のパーティーリーダーで剣士のジャックは気合い十分に声を掛ける。
「おう!気張って行こうぜ!」
それに呼応する重戦士のゲイル。
「ちょっと、あんた達落ち着きなよ!ここまで来るのにも結構、掛かったんだからダンジョン攻略の前にそんなんじゃ、体力が無くなるじゃない!」
そんな二人の様子に弓使いのエリーは呆れたように諌める。
私は仲間たちのやり取りに私は皆、元気だなと苦笑する。
「もう!エイミーも笑って無いで、この男どもに何か言ってやりなよ!」
いつの間にかにエリーの矛先が私に向いてしまう。
「ごめん、ごめん!え〜と、それじゃ皆!頑張って行こう!」
「も〜!そうじゃない!」
「ブァ、ハハハハ!そうだ、そうだ!頑張って行こう!」
「ハハハハ!頑張ろうぜ!」
そうやって私達は賑やかに洞窟、ダンジョンに足を踏み入れる。
そして入った瞬間、先程までの雰囲気が嘘の様に私達は真剣なモードに切り替える。
「灯りをつけます。『ライト』」
皆の視界を確保する為に杖の先に小さな明かりを灯す。
「前に敵の気配は無いよ。でも待ち伏せとかしてるかもだから、注意してね」
弓使いのエリーが先の気配を読み皆に警告する。
「おう、任せろ。もし、奇襲されても俺が全部防いでやるぜ」
先頭で大盾を持つゲイルが絶えず、前を警戒しつつ歩く。
「良いか、前だけじゃ無く。いつもの以上に四角になってる脇道にも注意するんだ。何て言ったって、ここは新発見のダンジョンだからな」
私達のパーティーはギルドランクC。
ランクBに昇格するには、何らかの功績が必要だった。
そこでギルドへ昇格に値する依頼の斡旋をお願いしたら、たまたま3日前に発見されたダンジョンの調査があったので私達はその依頼を受けた。
「シッ、前から足音」
暗くジメジメした洞窟内を暫く進むとエリーが緊張した様子で声を掛けてきた。
「エリー。何か、わかるか?」
「種類まではわかんないけど、足音からして多分、3匹くらいね」
「わかった。ここで、迎え討つぞ。ゲイル、いつも通り、前は任せた。エリーは弓で掩護。エイミーは魔力を温存したいから、後方で待機だ。だが魔物が厄介なヤツだったら、直ぐにぶっ放せ」
ジャックの指示で盾役のゲイルを先頭にジャック、エリーそして、私の順で陣形を整える。
「来たぞ!ゴブリンだ!」
ゲイルが叫ぶと前から棍棒を手に持って粗末な布を腰に巻いたゴブリンが3体、近付いて来ていた。
「ギー!」
「ギャ!ギャ!」
「グギギャ!」
ゴブリンも私達に気付いたのか、舌舐めずりして棍棒を振り上げて一気に駆け出して来る。
「グー!」
一番前に居たゴブリンがゲイルに向けて棍棒を打ち下ろすと大盾に当たって周囲に鈍い金属音が鳴り響く。
「はん!そんな弱っちい攻撃が効くかよ!」
余裕な笑みを浮かべて、お返しだと大盾をゴブリンに突き出す。
重戦士特有の攻撃、シールドバッシュ。
ゴブリンはまともに衝撃をくらい悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
他のゴブリンはその様子に躊躇って少し動きが遅くなった。
その隙をゲイルの脇から、剣を抜いたジャックが躍り出て手前のゴブリンの心臓へと突きを繰り出す。
「ギギギー!」
最後に残ったゴブリンは慌てて踵を返すと脱兎の如く逃走をはかり出した。
「逃さないわよ」
ビュンと風を切って一本の矢が逃走中のゴブリンへと真っ直ぐに飛んで行き、正確にゴブリンの頭へと命中した。
「エイミー、取り残しが無いかを魔法で探ってくれ」
「任せて!」
ジャックの指示を受けて私は精神を集中して魔力を周辺に放出する。
これは魔力を放出する事で周囲の動くモノを正確に把握できるという魔法使いにとって初歩の技術だ。
ちなみに魔法使いの学会では詠唱も必要なくただ、魔法を出すだけのモノを魔法と言えるのかと問題提議されている。
そして、私達パーティー以外で動くモノが無いかを探る。
これはゴブリンを一匹でも逃せば、すぐに倍の仲間を率いて戻って来る。
だからこそ、ゴブリン討伐の後は生き残りが居ないか丹念に調べないといけない。
「居た!奥の岩の影で隠れてるよ!」
「あそこか!」
私の言葉にジャックが全速力で駆け出す。
「ギギ!」
ゴブリンも隠れていたのがバレたと気付いたのか岩から出て来ると何かをジャックに向けて構えたのが見えた。
何故か私は何か嫌な予感がした。
「ハアァッ!」
「グギャ!」
私の予感とは裏腹にジャックはゴブリンを横薙ぎに斬り裂いた。
ザシュッと言う肉を斬った嫌な音が響くと同時にパンッと何かが破裂した様な音が聞こえた気がした。
「ゴブリンは・・・うん、大丈夫。もう居ないよ!」
私はとりあえず、周囲を探る技術(?)いえ、もう魔法で良いかなを止める。
「お疲れさん、エイミー」
「ありがとう。でも、私は魔法の温存してたから実際、戦った皆の方がお疲れ様」
「皆、お疲れ様で良いじゃない!さあ、ダンジョン探索が続けるわよ!ジャック、いつまでそこに突っ立てんのよ!」
「···」
不思議な事にジャックは先程、切ったゴブリンの前で立ち止まったまま動かないでいる。
「ジャック?」
不審に思って私達がジャックに近づく。
「「「ジャック!?」」」
すると突然、剣を落として両膝を地面に着いた。
「おい!ジャックどうした?」
「嘘!何よ、この傷!」
ジャックに近づくと彼のお腹から、大量の血が流れている。
「ゴブッ!ゴホッ、ゴホッ!」
そして、咳と共に口からも血を吐き出した。
「嫌!しっかりしてよ、ジャック!何があったのよ!何でそんな傷を追ったのよ!」
「エイミー!回復魔法を!」
「わかりました!直ぐに掛けます!」
気が動転しつつも私は杖を強く握り、詠唱を始める。
『総てを統べる者よ』
本来、回復系の魔法は僧侶の専門。
私の様な魔法使いでも一応、初級くらいのは使えるけど、効果は応急処置程度しかない。
だけど、それでも彼の命を繋ぐ為に出来るだけの事をしないと!
『慈悲深く、哀れみを知る精霊よ。この者を助けたまえ、ヒール』
杖の先から淡い光が放たれ、ジャックを包む。
出血は少しづつ、抑えられている様に見えるがまだドクドクと血が溢れて来ている。
「やっぱり、ダメ!私のヒールじゃ、完全に治せない!」
「いや、これくらいで十分だ!出来るだけ掛け続けてくれ!あとは直ぐにダンジョンから脱出して街の治療院まで連れて行くぞ!」
「私、先行して安全を確保するわ!エイミー、ジャックをお願い!」
ゲイルがジャックを抱え、エリーは来た道でモンスターと遭遇しない様に弓を片手に走り出した。
私はゲイルに抱えられたジャックに必死にヒールを掛け続ける。
「どうなってんだ?ゴブリン程度のモンスターにここまでの傷をつける事になるなんて?」
「わかりません。でも、ジャックが攻撃した時に何かが弾ける音がした様な気がします。もしかしたら、その音のせいかも?」
「何にせよ。正体不明の攻撃は後回しだ!行こう!」
「はい!」
私とゲイルが足を一歩出した瞬間、それは起こった。
「うぉおお!今度は何だ!」
「きゃ!地震?」
突然、世界が激しく揺れだした。
揺れは私達が立っていられないほど大きく、本能的に恐怖を感じさせられる。
そして、地面に手を付いた時に私は眼を見開いた。
ああ、何てこと!
「ゲイル!ここから、はってでも早く逃げましょう!」
「くっ!はってでもって、そりゃ無理だぞ!これじゃ、動けん!」
「それでも!少しでもこの場所から離れなきゃ!地面を見て!」
私の言葉とおり、ゲイルは地面を見ると彼の顔はみるみる青くなる。
「くそ!踏んだり蹴ったりだな!くそ!」
地面には無数のヒビが入っていて、この場所がいつ崩落してもおかしくない状況にあったのだ。
私達は二人でジャックを引きずってヒビの入った場所から遠ざかろうと足掻いた。
「きゃあああ!」
「エイミー!うおおおおお!」
しかし、あと一歩の所で間に合わず私達の地面は崩れ落ち深い奈落へと落ちて行った。