発見、救出、保護。
「ツイてねぇぜ」
シャットダウンから覚醒めた第一声は奇しくも今の状況にふさわしいモノだった。
戦場で、しかも敵地のど真ん中で孤立してしまった。
私は直ぐに状態を起こして索敵センサーで周囲を警戒しつつ、自己診断プログラムを掛けてみる。
すると、ヘリから投げ出されたと言うのにかすり傷一つないと診断された。
どうやら、落下中に木の枝を巻き込み一緒に地面に衝突した事でクッションの役割をして衝撃が大幅に減退したらい。
瞬時に確率を計算してみると驚嘆すべき低確率で私は損傷を受けなかった。
「まだ、ツキはあるみたいだ」
一言呟き、即座に行動を起こす。
まずマップデータを開き、ヘリから振り落とされた時の角度と速度を元に自分の現在位置を測定する。
降着地点から南方に5キロか、我ながらよく飛んだ。
次に装備を担ぎ直し、身をかがめて近くの茂みへと身を隠す。
そして、自分の分隊に通信を入れてみる。
『775より、D分隊』
応答なし。
一応、1秒間に100回は試すも全て空振りに終わる。
ヘリ等の中継機が無ければヒューマノイドに搭載された無線システムでは電波の送受信はたかが知れているからな。
あえて分隊の全滅という確率を無視して単に分隊が受信可能距離には居ないだけだと判断して次の行動に移る。
すなわち、当初の降着地点に向かう事にする。
そうと決まれば早速、偵察兵としての自分のシステムを起動する。
聴覚器官の有効範囲を上げ、音を拾う。
しかし、あちらこちらから猛烈な砲声が唸りを上げており周辺の物音を拾うのは骨が折れそうだ。
次は右眼をサーモグラフィに切り替える。
すると、私達よりも前に墜落したヘリが前方200mで燻っているいるのを確認する。
もしかしたら、まだ使える物資があるかもしれない。
最後に嗅覚の感度を高め、辺りを漂う臭気を分析する。
硝煙と敵の血の臭いしかしない。
お世辞にも良い香りとは言えない、その臭いは人類の言葉のセンスで言えばドブの臭いの方がマシだ。
とりあえず、敵の兆候は無しと判断する。
私は音もなく、注意深くそして、慎重に茂みから出る。
すると、小さくカサッと落ち葉を踏む小さな物音を拾う。
私は舌打ちをしてサッと身を屈めると最小限の音で近くの茂みに飛び込んだ。
そして身を隠すと、すぐに奴らは姿を現した。
「ギ?ギギィ」
「ギギギ!」
森に溶け込む緑の肌色に私の腰程にしか無い身長で醜い容姿に汚らしい粗末な布を腰に巻いた姿で生意気にも私の仲間から奪い取った小銃を肩に掛けて私の前に現れた。
変異体『ゴブリン』
元は猿だったと記録されるそいつ等は宇宙からのウィルスで突然変異を起こして恐るべき繁殖力でたちまち世界中に害悪を撒き散らす奴らの主力戦力。
奴らは私に気づくことなく無防備に私の隠れる茂みに近づく。
やり過ごすか?
それとも殺すか?
私は隠れている茂みから、奴らの一匹に照準を合わせる。
頭部に合わせた照準。
焦る事無く、機械として冷徹に引き金に力を加える。
あと少し、数mmの力を加えれば引き金が引かれてゴブリンの頭に汚い花火を咲かせる事が出来るところで私は指を離した。
何故か?
それはあのゴブリン達の行動が不信に見えたからだ。
私は敵に気付かれない様に観察を続ける事にする。
奴らはギギやギャギャなど、およそ言語とは言えない様な言葉で会話している。
一応、奴らとの永い付き合いの中で総司令部が、その言語の解析を試みた事はあったが完全な解析には至ってない。
しかし、断片的な単語ならばある程度解析は出来ている。
聴力の感度を上げてゴブリンの会話を盗み聞きする。
「ギ、ギャギャギギ!」
解析不明。
「ギヤギャ、ガギ」
解析不明。
「ギャギャギギカ!」
一部解析、『肉』。
その他、解析不明。
「グゥガギャ、ギャギャ!」
『旨い』『血』『肉』『捜索』
敵を共食いさせて戦力を削る為、この戦域の餌になりそうな野生動物は徹底的に爆撃や毒ガスで排除されている。
奴らは血走った眼に涎を口から溢れさせている。
明らかに飢えているのに何故、共食いしない?
不意にゴブリンの一体が私の潜む茂みに眼を向けた。
バレたか?
「ギー!!」
ゴブリンは雄叫びを上げて駆け出した。
銃の握把を握り直し、改めてゴブリンの頭部に狙いを定める。
解析完了、『人間』
「何?」
人間という単語に一瞬、私の動作が固まる。
そうした間にゴブリンは私の潜む茂みを飛び越える。
私が見付かった訳では無かったのか?
どういう事だと思考する間もなく。
もう一体のゴブリンも私の後方へと駆けて行く。
「キャー!いや、来ないで!」
「!?」
実に999年13時間40秒以来、久しぶりに録音ではなく生の声が私の聴覚センサーに届く。
「マジか!」
私は直ぐに茂みから立ち上がり、小銃を構える。
スコープ越しに二体のゴブリンが向かう先を確認する。
居た!
大きな木を背に裾が足首まであるコートに身を包み、せめてもの抵抗の為に長めの杖を突き出した『人間』の少女。
蒼い眼に大粒の涙を溜めて誰か助けてと懇願する感情が届く。
タン、タン、タン、タンと連続して4発単発で引き金を引く。
その瞬間に少女に迫っていた二体のゴブリンの頭部から血を吹き出して慣性の法則のまま少女の両脇を素通りして地面に激突した。
「えっ?えっ?」
少女の服はゴブリンの返り血を浴びて真っ赤に染まる。
そして、何がおきたのか理解が追い付かない様ですが仕切りに周辺を見渡していた。
そんな少女に接触する為、私は茂みを掻き分けて前に出る。
「・・・ハロ〜、お嬢さん」
無表情の顔に笑顔を張り付かせて私は紳士いや、淑女らしく彼女に挨拶をする。
「君、何処から来たの?名前は?この後、暇?お茶でもしない?」
簡単な情報収集の質問にストレスを軽減するボケ(昔、人類が使っていたコミュニケーションの一部と記憶)を織り交ぜて話し掛ける。
「聞いてる?」
「・・・」
「あっ」
フレンドリーに近づく私だったが、少女はパタリと気を失う。
おそらく極度のストレス状態から突然、開放された為に緊張の糸が切れたからだろう。
「これは参ったな」
気を失った少女を抱えると誰とも無く呟く。
とにかく少女を発見した事で私の任務全てが少女の保護と後送が優先されることになる。
まずは直ちに安全地域に連れて行かなければならない。
しかし、ここは敵地のど真ん中で私は孤立している。
安全地域に少女を連れて行くには不安定要素ばかり、どうしたものか?
一番は散り散りなった友軍と合流して少女を護る為の戦力を上げることだが、気を失った人間を抱えながら、戦場をフラフラと散歩するのは敵に狙って下さいと宣伝する様なモノだ。
では、どうするか?
AIがオーバーヒートするくらい思考する。
「まっ、何とかするしかないな」
そう口にして少しでも敵に気付かれない場所を求めて歩き出す。
とりあえず、この少女が目を覚まさなければ話ははじまらない。