第8話 肉体改造と訓練
遥か昔、まだ人がアフリカ大陸のみで暮らしていた時代。
それは、男は狩猟に出かけ、女性が子守をする完全分業の時代。
人類社会において、仕事と呼べるものが食べ物を取ってくることと外敵と戦うこと、子供を育てることくらいしかなかった時代。
まだ宗教がないため、パートナーも生涯たった一人に定める必要もない時代。
それは人類が生き延び、数を増やす上で確かに有効な方法だったのだろう。
それから幾万年。医学が進歩し、惑星間を自由に移動できる宇宙航行技術すらもつというのに、この世界はそこだけが進歩しなかったのだろうか。
余りの衝撃にしばらく呆けているとマグワイヤ大尉のほうから声をかけてきた。
「君の疑問は解けたかね? それなら次はこちらの要件を伝える。」
「………あ、……………はい。」
「実は、先ほど総司令部でナイアースから全民間人、つまり女性達をエイアースまで後送することが決まった。先の2度の襲撃で、ナイアースは壊滅的な被害を受けた。何より安全ではないと判断された。軍による安全が確保されるまで、一時的にエイアースに避難させることになった。」
これは仕方がない。町の様子を見れば一目瞭然。安全どころか住むことすら厳しい。
「そして、それを我々遊撃隊がエイアースまで護送することになった。幸い、君が乗るはずだったエイアースへの定期便は無事だった。ナイアースからも、襲撃を免れた船を上げる予定だ。そして優、君は変わった奴だが先の戦闘で勇気を示した。聞いたぞ、彼女達を救うべく駆け付け、何体ものGMを屠ったそうだな。その後の私の隊での反応も悪くなかった。先ほど言った、兵士としての遺伝子による基本的な肉体改造を受けていないとは思えないほどだ。正直、すぐにへたれてついてこれなくなると思っていたからな。」
いやあの、多分偶然と言うかアドレナリンのせいというか。とにかく必死で無我夢中でした。
「ここからが本題だ。単刀直入に言おう。スグル、正式に軍に入隊しないか? 元々の予定では、エイアースでちゃんとした治療を受けて回復してから。そう思っていたんだが、残念ながらその余裕が無くなった。今は一人でも戦力がほしい。幸い肉体改造は年を重ねていても可能だし、入隊したら国民表への登録も出来るだろう。それによって君は根無し草ではなくなる。それと入隊してくれたなら、かなりの特例になるが私の隊に入れるつもりだ。」
唾を飲み込む音が嫌に大きい。軍に自分が入る? 正規の軍人になってGMを始めとする化物や宇宙人達と戦争を? あの地獄に身を投じろと? 先ほど勇気があると言ってくれたけどそれは違う。本当にただ無我夢中だっただけだ。双子を助けたのも、体が勝手に動いていただけだ。大尉に付いていったのは離れるのが不安で仕方がなかったからだ。それは勇気とは言えない。
「…だめかね?」
男が軍人として兵役に就くのが当たり前の世界で、選択肢を示してくれること自体がとてつもない温情というのは理解できる。何より根無し草から脱却し、公的支援を受けられる立場になれるのは明らかに良いことだ。しかし、自分の中で踏ん切りが付かない。
「…一晩だけ……時間を下さい。必ず結論を出します。」
「そうか、良い返事を期待している。」
その日の夕食も、双子の彼女達が中心になり作ってくれたらしい。お昼よりおかずが増えて、少しだけ豪華になっている。
先の襲撃を生き残った女性達も集まり、夕食作りを手伝ってくれたと聞いた。女性が増えて食堂は少しだけ華やかになる。自然と兵士達にも笑みが見え始める。
しかし、優には味のない食事となった。
「志願します。私をこの国の、人類存続機構の国民にして下さい。」
「そうか! よく言ってくれた!! 早速手続きを開始する。準備しよう!」
一晩寝ずに考えて、優は決断した。
この国の人間になる。すなわちこの世界の人間として生きていく。そのことを決心した。
理由はいくつかあるが、決定的なのは一つ。元の世界に戻れる可能性が一つも見当たらないことだった。なぜ自分がこの世界に放り込まれたのか全く想像がつかない。神の悪戯なのか、実は元の世界でトラックに跳ねられていて死んでしまったか、体は病院で意識だけ飛んできた存在なのか、それすらわからない。シャトルに乗る前に感じた、戻れないという意識、感覚は強くなるばかりだった。
それならこの国の国籍を得るほうが踏ん切りがつくし得られるものも多い。…スマホとか。
「早速だが君の体を作り変えさせてもらう。なに、心配はいらない。痛いことは何もないし、むしろ今より頑丈で剛健な体になるぞ。」
朗らかな笑顔が逆に怖いんですが。
「遺伝子改造でどれくらい変わるんですか? 病気に強くなることは理解してますが、肉体的にもかなり変化があるので?」
優の中で遺伝子改造で強健な肉体と優秀な頭脳を得るといえば、機動戦士ガンダムS〇EDのコーディネーターを思い浮かべていた。正直、ボディービルダーみたいな筋肉ムキムキマッチョマンな外見はやや苦手だった。
「ふむ、そうだな。言うよりも見るがやすしだ。付いてきたまえ。」
そう言うと大尉は表に出た。
「あれ・・・?」
「どうした?」
「残骸が・・・ない?」
先日の戦闘時にあれほどあった破壊された車両や建物の残骸が綺麗に消えている。どかすための重機なんて見なかったはずだけど?
「すぐにわかる。」
大尉はそれだけ言ってズンズン進んでいく。しばらく行くと開けた場所に出た。そしてそこに。
「うわぁ……。」
そこには、町を埋め尽くしていたであろう残骸がうず高く積まれていた。ちょっとした山になっている。
「優、この残骸を持ちあげられるか。」
「へっ? いやいや無理ですよ。何キロどころか何トンあると思っているんです。」
大尉が指さしたのはバスの残骸だった。元の世界でいう路線バスだったのだろう。一部が焼け焦げて骨組みだけになってはいるが、概ね原型を留めていた。
「私からすれば君の反応こそが信じがたいんだがね。」
そう言うなり大尉はバスの残骸に手をかけ、
「ふんっ!!!」
「………んなぁ!!!!!??」
放り投げた。
握ったところがメキメキと音を立てて経こんだかと思うと気合一発! ブンッという音と共に残骸は空高く舞い上がり数十メートル先にガッシャーンという音と共に落ちた。
「…………( ゜д゜)ポカーン」
「言っておくがこれぐらい誰でもできるぞ。」
「そうなんですか!?」
「何をされておられるので大尉?」
振り返るとジェイドと呼ばれていた、エコー分隊のメンバーがこちらに歩いてくるのが見えた。しかし、
「両手に…軽自動車?」
ジェイドは、その両腕に軽自動車の残骸を持って現れたのだ。軽とはいえ数百キロは優にあるはずなのに、涼しい顔で運んでいる。
さらにその後ろには、軽トラを抱えたギルダーとダームの姿もあった。
「ジェイド、残骸の回収状況は?」
「こいつで最後です。他の隊の面々は先に帰らせました。」
「助かる。よくやってくれた。」
「それで彼は?」
「おお! 聞いてくれ。彼は提案を了承してくれた。数日後には我が隊のメンバーだ。先輩として色々教えてやってくれ。特に常識面。」
「ほぅ、それはそれは…。了解です。よろしくね。」
「………あっ、はい。よろしくお願いします。」
慌ててお辞儀をする。顔を上げると、2人は何故か若干驚いたような顔をしている。
「……? 何か?」
「…あっ、いや良いんだ。俺はジェイドという。改めてよろしく。」
「? よろしくお願いします。」
差し出された手を握り返す。
「これで肉体強化の恩威は伝わったかな。」
「はい、十分に。」
これは予想以上に凄い。これだけの力があれば、障害物の除去も素手で行える。重機を見かけなかったわけだ。
戦闘でも多いに役立つだろう。逆に言うと、これだけの力がないとあのGMに立ち向かえないということか。
「力と免疫強化だけでなく、感覚も鋭敏になる。さらに、傷ついた時の怪我の治りも早くなる。君が、病院で分隊中のCDAを使ったにも関わらず、生存確率が2割にも満たずに3日間も寝ている羽目になったのは、必要な改造手術を受けていなかったからだ。」
…CDA?
「Cell division activator、パブで話した細胞分裂活性剤のことだ。」
ああ、あの自分の命を救ってくれたやつ。
「CDAを使えば、どんな怪我からも即復帰可能なんですか?」
「いや、流石に四肢切断レベルまでいくと1,2週間の入院は避けられない。何せ生やさなきゃならないからな。あと脳の修復も出来ない。もちろん、即死したら何の効果も得られない。気をつけろ。」
腕足失って1,2週間で済む方がびっくりなんですが。
とにもかくにも凄まじいレベルの強化だ。ここまでくると、施されていないほうが確かにおかしいレベル。しかも今は戦争中。
「そろそろ準備が整っている頃だ。戻って改造手術を受けよう。」
改造手術と聞くと、悪の組織に拉致されてバッタの怪人にされ、それでも正義の心を失わなかったどこぞのヒーローを思い浮かべてしまう。
司令部に戻るとカプセルが用意されていた。カプセルの内側に色々なアームやら機材みたいなのが付いている。
「お待ちしておりました、大尉。後ろのその子ですね。準備は整っております。」
「急なお願いで済まないな。どれくらいかかりそうだ?」
「個人差がありますし、今回の対象者は年がかなり上ですのでしばらくかかるかと。それでも出発までには間に合わせます。」
「無茶を承知でなるべく早めに頼む。後の訓練に少しでも時間を割きたいんだ。」
「最善を尽くします。」
現れた女医が大尉に説明している。四角眼鏡が良く似合う、この人も超がつく美人だ。しかし、自分と年はあまり変わらないように見えるけど子供扱いですか?そうですか。
「訓練ですか?」
「当然だ。肉体的に最低限必要なものを得ただけで、兵士としてまともに戦えるわけがないだろう。きちんとした訓練を受けて、初めてスタート地点だ。」
ごもっとも。
「それではカプセルの中へ。」
「優、しばらくお別れだが心配はない。寝ているうちに全て終わるだろう。次に目覚めるときは立派なソルジャーの卵だ。君は良い兵士になると私は信じている。楽しみだよ。」
「はい、頑張ります!」
何を頑張るのかわからないが、とりあえず返事だけは威勢よくしておく。
「頑張るのは私ですけどね。」
女医が何だが不貞腐れている気がする。
服を脱いでカプセルに入ると、プシューという音と共に扉が閉まり呼吸器が付けられる。甘い匂いがしてきたけどこれは麻酔かな?
「マスクから麻酔を送っています。深く深呼吸して下さい。」
やっぱり。しかし注射ではないのか。この世界ではこっちのが主流なのかな?
そんなことを考えている内に眠くなってきた。
「あら、意外と立派なものをお持ちで♪」
それが、意識を失う前に聞いた最後の言葉になった。
目を覚ますとベットに寝かされていた。良かった、失敗して目を覚まさずジ・エンドとはならなかったようだ。
起き上がって自分の体を見る。
「………割れてる。」
まず目に入ってきたのは、綺麗に6つに割れた腹筋だった。さらに
「バッキバキだ。」
上腕二頭筋を曲げると立派なコブが出来上がった。太股も、ムッキムキに鍛え上げられている。
「顔は…変わりなし。」
近くの鏡を覗く。流石に首から上は見た目上の変化はない。
「あら、起きたのね。」
部屋の向こう側にいたのか、女医がひょっこり顔を出す。
「手術は成功したから安心してね。事前に聞いていたガンや糖尿病、高血圧の因子も消しておいたから、今後の人生においてこれに怯えることもなくなったわよ。」
それはありがたい!
「ありがとうございます。助かります。」
「大尉がお待ちかねよ。早く行ってあげなさい。」
「おお!待っていたぞ! どうだ、調子は。」
「おはようございます。悪くないです。」
食堂に行くと大尉達がいた。さらに、
「カブリエラ、優がいるぞ。」
「あ、本当だ。優さん、お疲れ様です! その様子だと無事に終わったみたいですね。良かったです。」
「よく見るとガチムチになっている。モヤシから卒業だな。」
双子の姉妹、カブリエラとミカエルも寄ってきてくれた。
「ありがとう。何か食べるものある? やたらお腹が空いてて…。」
「はいはい、少しお待ちくださいね~。」
「5日間も栄養剤だけなら当然だな。」
えっ? そんなに経っているの。
「5日も経っているんですか?」
「正確には5日しか経っていないんだ。なにせ、その年での基礎的遺伝子改造手術など前例がない。彼女は寝ずに施術してくれた。おかげで10日間は訓練に回せる。」
「ヒヒッ、ちったぁ使い物になってくれよ。」
ダームが声を掛けてくる。
「最善を尽くします。」
女医の言葉を借りよう。
「こいつの言うことは気にするなよ。」
「お待たせしました~。」
ジェイドがダームの頭をポコッと叩く。それと同時にガブリエラが食事を持ってきてくれた。
「食べ終わったら早速訓練を開始する。時間は余りない、スパルタで行くが覚悟してくれ。」
「了解です。」
「これが君の装備だ。」
食べ終わり、訓練施設に移動した優にドガッと一式揃った装備が並べられる。
フルフェイスのヘルメットに胴体部分のアーマー、下半身は腰から足先まで一体型のようだ。リュックの中には水とレーション、CDAに下着類がこれでもかと詰まっていた。
「装甲服の着脱方法を教えるぞ。これを覚えないと始まらんからな。」
「お願いいたします!」
これは意外と簡単に済んだ。直ぐに着脱可能なように設計されている。
「きちんと密閉されているか、酸素の供給に問題ないかはヘルメットのモニターに表示される。さらに念を押して、お互いで確認しあうんだ。」
このヘルメットのバイザー部分、モニターになっていたのか。今は理解できないけど色々情報が表示されている。それにしても、
「密閉に酸素供給って、まるで宇宙服みたいですね。」
「………………………………宇宙空間でも活動可能なように出来ている。」
「隊長、ほんとにコイツ大丈夫ですかい?」
ダームを始めとする、周りの隊員が呆れ顔になるのがわかる。
「あまり時間がない。過程をいくつか素っ飛ばして、障害走と射撃訓練を開始するぞ。基礎的な体力は上がっているはずだ。まずは障害走だ、行け!!」
「はいっ!」
匍匐前進に壁を乗り越え、ロープを伝って急坂を上り、障害物を潜り抜ける。背嚢を背負ったままひたすら行軍。昔、自衛隊の紹介番組で見た訓練内容を、まさか自分が行うことになるとは夢にも思っていなかった。体力も筋力も上がっているはずだが、気持ちがまだ肉体に付いていかない。ぜぇぜぇ息を切らし、大尉の罵声を浴びながら午前中はひたすら体力を限界まで追い込むことに終始した。
「スグル、君はさっきの装甲服の件にあるように常識が足りなさすぎる。午後は射撃訓練をしたかったが、一旦それを補っていくぞ。」
「お願いします。」
昼食を挟んで午後は座学となった。異世界の常識なんて知るわけない。が、ここで生きていくと決めた以上四の五の言ってはいられない。郷に入れば郷に従えだ。一刻も早くこの世界の常識とやらを身につけなくては。………馴染めるかどうかは別として。
「まず、我々が所属している人類存続機構軍。長いので皆単純に人類軍と言っているんだが、その総数を知っているか。」
「いいえ。」
だろうな、そんな顔を大尉はしている。
「約100億の隊員が、今この瞬間にも人類世界を守るべく奮闘している。」
「・・・・・・・・・パードゥン?」
「100億だ。あと言葉遣いに気を付けるように、次やったらはたくぞ。」
自分の知っている限り、人類の総人口は70億人台。宇宙に飛び出している以上それより多くて不思議はないが、それにしても軍だけで100億?
「あの、人類の総人口て?」
「約1000億人だ。」
「一千億人!?? そんなにいるんですか!?」
「何を言っているんだ? これでも最盛期の10分の1にも満たないんだぞ。」
それじゃ、最盛期の人口は1兆人を超えていたのか!!! 戦争でどんだけ亡くなってんだよ。
「軍は大きく3つに分けられる。防衛隊、遊撃隊、強襲隊だ。この中で一番人数が多いのが防衛隊。約90億人が所属している。防衛隊の役割はその名の通り、拠点の防衛が主な任務となる。ここナイアース守備隊のようにな。次に遊撃隊、我々が所属している隊だ。ここまではいいか。」
「はい、大丈夫です。」
「遊撃隊は、防衛隊から選抜されたメンバーで構成される。その名の通り、遊撃を主任務とする部隊だ。必要に応じて宇宙各地の戦線に赴き戦う。所属兵数は9億人ほどだ。」
防衛隊90億人から選抜された9億人。それって…、
「遊撃隊は…精鋭ってことですか?」
「そうだ。何せ10人に1人しかなれないからな。」
「あのそれ、自分が所属していいんですか?」
倍率10倍の狭き門子に、ずぶのド素人。新兵が入っていいのか?
「普通なら無理だ。15を数えた年に新兵キャンプで3年間訓練し、防衛隊に配属されて2年間は比較的安全な後方支援を行い、その後本格的に前線に投入されて2年間、優秀な戦績を収めた者のみが配属される。だが君は状況が違う。君自身が理解していると思うが相当に特殊なんでね。他の所に渡すつもりはない。どうなるかわかったもんじゃないからな。」
確かに。正直、大尉の所以外に配属と言われたら軍人にならなかったかもしれない。
「最後が強襲隊だ。これは拠点攻略と言った攻めを主任務とする部隊で、メンバーは遊撃隊からさらに選抜された正真正銘の精鋭中の精鋭だ。約9000万人がその任務に当たっている。」
一番危険な任務ゆえに、軍全体の1%程度しかなれないのか。何となくだがこの軍のことがわかってきた気がする。自衛隊で言うなら防衛隊は普通科所属、遊撃隊は第1空挺団、強襲隊が第1空挺団からさらに選抜された特殊作戦群のようなものか。
「一旦、今日はここまでにしよう。明日は全日射撃訓練に費やすぞ。成績が悪かったら転属も視野に入れなくてはならない。少なくともそうした声が出てくる可能性がある。気合を入れて行けよ。」
「ラジャー。」
「スグル、今君が持っている銃がなんであるか知っているか。」
「Noであります。大尉。」
翌日、射撃場には装甲服と装備一式を纏ったスグルと大尉の姿があった。
「正式名称は735式アサルトライフルと言う。愛称はドラグノフ。この銃を開発した人の名だ。それまであったハンドガン、アサルトライフル、ショットガン、そして狙撃銃を合体させた銃だ。」
「は、はぁ…じゃなくてラジャー!」
あんまり銃関係は得意じゃない。
「ラジャーの使い方がおかしい気がするがまぁいい。こいつはここのハンドガードと呼ばれる部分で射撃形態を変えられる。1番手前に設定すると単発、2番目が3連バースト、3番目でフルオート、4番目でショットガン形態、そして5番目で狙撃形態になる。スコープ倍率は最大100倍まで可能。ちなみに一つのマガジンで大体1000発の発射が可能だ。当然、フルオートやショットガンを多用すればその分減りは早くなる。新兵はまず3連バーストか単発がお勧めだな。フルオートにすると、引き金をずっと引き続けてあっという間にマガジンを空にしてしまう。」
グリップの前に、四角い電池みたいなものが付いてると思ったらこれ弾倉だったのか。1000発も打てるのは、ブラスターみたいなレーザー銃だからこそか。
「訓練を開始するぞ。的目掛けて撃ってみろ。」
その後はひたすら訓練訓練。扱いやすいのか最初こそ的にかすりもしなかったが、数時間も経つと静止目標はもちろん、動いている的にも大分命中するようになっていた。
「ふむ、なかなかいい筋をしているぞ。では野外の訓練に移行しよう。」
「ラジャー。」
「スグル、射撃には大きく3つの姿勢がある。うつ伏せと膝立ち、そしてスタンディング。つまり立った状態での構えだ。他にもあるが今はこの3つだけ覚えてくれればいい。」
「ラジャー。」
こちらは一筋縄ではいかなかった。移動して射撃、それだけなら簡単だが、状況に応じて最適な姿勢を選ばなくてはならない。地形、敵の位置、数、距離。それらを総合的かつ瞬時に判断し、最適な射撃姿勢をとりつつ撃つ。つい先日まで一般人だった優にはハードルが高かったのか、初日の成績は散々だった。
それから7日間はあっという間に過ぎた。朝から晩までひたすら訓練に明け暮れたおかげか1週間も経つとそれなりに様になってきたようだった。
「充分、とは言い難いが少なくとも最低限のラインはクリア出来た。よく頑張ったなスグル。」
「ありがとうございます。でも、あと1日あったのでは?」
そう、今日で9日目。予定では10日間は訓練に当てられると言っていたはず。
「政府は余程慌てているらしい。1日前倒しで輸送船を送ってきた。」
なるほど。次にいつ襲撃されるかわからない以上、急がない理由はない。
「それと、これを渡しておく。」
「これは?」
「国民表だ。この5634-0507-3550-3938-69が君の番号だ。覚えているのが一番だが、大抵の人は覚えていない。ただ、メモしておくといざと言う時便利だぞ。」
「ありがとうございます。」
元の世界で言う、マイナンバーみたいなものか。
「それとこれ」
「…っこれは!?」
「シーバーだ。基本1人1つ専用で持つ。他の人が弄れないよう生体認証によるロックがかかっている。」
おお!ついに!!
「スマホ…じゃなくてシーバーだぁ。」
手に取ってうっとりする。なでなでしてその感触を確かめる。なんと懐かしい。
「そんなに感動するほどか?」
1週間以上、あって当たり前のものが無くなった時の心理は、経験した人でなくてはわかるまい。
「ロックを解除できるか。」
大尉に促されて画面に触れると…。
「…指が触れただけで、解除された?」
「画面に触れた瞬間、君の遺伝子情報を読み取ってロックが解除される仕組みだ。別の人がさわるとその瞬間にロックされる。悪用する者などいないとは思うが、念のための処置だ。」
「………アイコン少ないですね。」
「電話と位置情報と政府広報。それにリアルタイム物流マップ以外に何かいるのか?」
アイコンはその4つしかなかった。
「リアルタイム物流マップ?」
他の3つはわかるが、それだけは聞きなれない。
「どこのお店に、どんな物をどれだけ売っているかがリアルタイムでわかるシステムだ。必要な物を購入する時に使う。これを使えばお店に行って目当ての物が売り切れ、もしくは見つからずに無駄足を踏む。そういったことが無くなる。」
それは便利。しかしそれだと腑に落ちない。貨幣経済がないのにこのシステムは必要なのか?
「お店はどこも無料で品物を持っていけるのに、このアプリは必要なんですか?」
思い切って聞いてみる。
「当たり前だろう。何のためにレジを通すと思っているんだ? 今、人々が何を必要としているのか。足りない物資はないか。特定の地域で極端に不足している物資がある。逆に特定の物資が過剰気味になっている。そうした情報を全て統合して、過不足なく人類社会全体に均等に物が行き渡るように必須のシステムだ。ちなみに需要に供給が追い付かなくなった物資に関しては、先ほどの国民表による入手制限が課せられる。一人、もしくは複数人で共謀して買い占めを行った場合は法律で罰せられることもある。」
ああ、なるほど。貨幣経済はなくとも物の流通は存在しているから、それを一元管理して一部の人が物資を独占することを防止しているのか。たしかに、これは貨幣経済がないからこそ必要なシステムだ。
「それと、急な話で済まないが午後に入隊式を行う。参加できる者のみで行う簡素な式になるが、そこで宣誓式をやってもらう。何でもいいから入隊してからの抱負を語ってくれ。」
高校野球の開会式で行う「正々堂々と戦い、全力でプレイすることを誓います」みたいなものかな? それだったら確か・・・。
「ラジャー。」
「それと、返事は了解です。とか了解、でよい。」
「? 了解です。」
同じ意味だろうに何か違うのか?
「今日、ここに新たな戦士が生まれる! 人類の未来を守るため、その身を賭して危機に立ち向かう勇敢なる戦士に喝采を!!」
司令部前の広場で宣誓式が始まった。てか司会役は大尉、あなたですか。いやそれよりも参加人数おかしくないですか? せいぜいエコー分隊のメンバーとミカエル、ガブリエラ姉妹だけだと思っていましたよ。なんで司令部の窓と言う窓から兵士達が覗いているんですか?
そう、広場にいるのはエコー分隊と姉妹と司会役の5名のみだったが、司令部の窓から大勢の隊員がこの時期の、たった1人の入隊式と言う珍しいイベントを見ようと覗いていた。
大尉の発言が終わるのと同時に拍手と喝采が飛ぶ。しかし………
「おう、頑張れよー!」
「せいぜい役に立てよー!」
「弾避けくらいにはなってくれよなー!」
「その年になるまでどこに隠れてたー!」
「何も知らない、意味不明のことを口走ると聞いたぞー!」
「大尉達の足を引っ張るんじゃないぞー!」
「見物人は静粛に!!」
散々な言われようである。てか俺結構有名人だったのね。しかも悪い方に。まあそれは仕方がない。信用や信頼は行動で示すより他ない。
「スグルさん、頑張ってー!」
「外野の声は無視していいぞー!」
ミカエル、カブリエラ。君達は天使や(;つД`)。世界が敵でもこの2人のためなら戦える。そんな気がする。
さて…それじゃやりますか。
右手を挙げて息を思いっきり吸う。
「私は、人類の平和と独立を守る人類軍の使命を自覚し、憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います!!」
昔、公民の授業で習った服務の誓い。それの自衛隊バージョンを少しアレンジしてみた。一から全部考えるのは面倒だし、時間もなかったのでとりあえずこれでいいだろう。
そんな軽い考えで採用したのだが周りはシンとなっている。これは・・・受けが悪かったかな?
右手を挙げたまま冷や汗をかいていると、突然割れんばかりの拍手が広場を覆った。
「キャー!スグルさん、カッコイイー!(*’▽’)」
「誹謗中傷に堪えてよく頑張った。感動した!(‘ω’)ノ」
二人の姉妹に続いて方々から賛同の声が聞こえてきた。
「なんて素晴らしい演説なんだ!感激した!」
「こんな宣誓聞いたことない!彼は何者だ!?」
「いや、さっきは悪かった!死ぬんじゃないぞー!」
「困ったことがあれば頼ってくれよー!」
「スグル!君が生まれてきたこと、生きていることに感謝を!そしてこれからも生き続けられることを願って!」
「うぉぉ!人類軍バンザーイ!!」
「人類軍万歳!人類万歳!人類存続機構よ永遠なれ!!」
宣誓がうまくいったのは良いいけど、なんだかとんでもない騒ぎになっているような。
「傍聴席は静粛に! 今ここに、新たな戦士が生まれた! 人類軍は君を歓迎する。共に未来を切り開くため、君の活躍に期待する!」
大尉の言葉で宣誓式は終わったようだが、司令部の興奮は収まらない。
終わると同時に大尉達に囲まれて、そのまま逃げるようにその場を後にした。
「スグル、一体いつあんな素晴らしい演説を考えたんだ? 感動してしばらく固まってしまったぞ。」
司令部を離れて小さな公園に移動したところで、大尉がやや興奮気味に話しかけてきた。
「適当に思いついたことを並べただけです。大したことじゃないですよ。」
本当のことを言うわけにもいかないので適当に誤魔化す。
「大したことだよ。何回か宣誓式に立ち会ったことがあるけど、あれほど興奮した宣誓は経験がない。大尉の訓練にも耐えて、一通り兵士として問題ないレベルにまできたみたいだし、見直したよ。」
ジェイドさん、満面の笑み。
「感動した。」
ギルダーさん、言葉は少ないけど目じりが下がって口角が少し上がっている。この人の笑顔を始めてみた。滅多に表情変えないんだよね、この人。
「ヒヒッ、あの宣誓が見掛け倒しにならないよう、せいぜい頑張ってくれよ。」
ダームさん、この人はいつも嫌味言ってくるな。1日に1回は嫌味言わないと死んじゃう病なんだろうか。
「感動しているのもいいが出発の時刻が迫っている。各自、準備を急ぐように。」
「「「「了解!」」」」
「おっと言い忘れていた。スグル、君のコールサインはエコー5(ファイブ)だ。作戦行動中はコールサインで呼び合うように。それと階級は少尉だ。」
「ええっ! こいつ、俺と同じですか!?」
「何か問題でもあるのか、ダーム。」
「い、いえ。…無いです。」
ダームさん、シュンとしてるけどこっちの階級低かったら何かさせる気だったな。
「エコー1が隊長。エコー2がギルダー中尉、副隊長だ。僕がエコー3。そしてダームがエコー4だ。」
ジェイドさんが教えてくれた。
「では急げ、あまり時間はないぞ。」
こうして一旦解散となった。いよいよ明日は宇宙に上がる。日本にいたころには想像もしていなかった戦争という災厄の中へ突入する。正直、生き残る自信があるかと問われたら「わからない」と答えるしかない。もしかしたら、明日にはあっさり死んで宇宙に屍をさらしているかもしれない。それでも男が一度決めた以上、下を向いたり愚直を言うつもりはない。
銅優改め、アカガネスグルは確かにこの世界で一歩を踏み出したんだ。そう信じて進むしかない。
心の中で元の世界、家族、友人に別れを告げながら、スグルは駆け出した。