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第6話 襲撃

 人類存続機構、Human(ヒューマン) survive(サバイヴ) Organization(オーガナイゼーション)。何だか不思議な名前だ。共和国とか連邦とかではなく、NATO(北大西洋条約機構)のような機構というのはどういった理由なのだろう?


「聞きたいことは以上かね。ならこちらの用事を伝える。昨日、3日後と話したエイアースへの定期便が明日午前の出港に早まった。明日の8時から定期便へのシャトルが出始めるから7時には荷物をまとめて宿舎の玄関にいるように。まあ荷物なんてほぼ無いとは思うがね。以上。」


 まーた勝手に話を進めてる。とは言えここで自分が出来ることはあまりなさそうだ。素直に安全な後方に行った方がよいのだろう。


「定期便に乗るシャトルまでは付き合ってやるから安心しろ。それとエイアースに着いてからの行動だが君の様子を見るに行く当てもないだろうからある人物への紹介状を書いた。その人の所に行けば落ち着けるだろうし話も色々聞けるだろう。諸々の疑問はそこで解決してくれ。」


 口が良いとは言えないかもしれないが、基本的には親切な人なんだな。ありがたく受け取ろう。


「何から何までありがとうございます。今は何も出来ませんがこの御礼はいつか必ず返します。」

「ふむ、期待しないで待っておこう。」




 翌日、7時前に玄関に行くと既に軍人が先に待っていた。


「遅いぞ、君が正規の軍人だったら叱りつけているところだ。」

「はぁ、すみません。」


 今6時55分。10分前にしたほうが良かったかな?


「まぁいい、行こう。早くしないと席が無くなる。連絡シャトルの立ち乗りは意外ときついんだ。」


 再び空飛ぶ車に乗って移動する。今回は軍人自らが運転している。スキンヘッドの人は非番かな?

 しばらく飛ぶと目の前に空港が見えてきた。


「うぉぉぉ!?すごい!!」


 その空港は優が知っている空港とは様子が全く違っていた。

 まず目に飛び込んできたのは巨大なマスドライバー。それがいくつもいくつも並び、地上と空には大小合わせると数え切れないくらい大量の船が並んでいた。

 今まさに打ち出されようとしている船、マスドライバーに続くレールの上を運ばれてる船。着陸の順番待ちなのか整然と並ぶ空中の船。

 人々が想像したような未来の宇宙港の姿がそこにはあった。

 圧巻の光景に優はしばし、口を開けたままその光景に見とれていた。


「空港すら見るのは初めてか? ナイアース出身なら誰でも一度は見ているはずだが?」


 ナイアース出身ではないのでね。


「乗る予定の船はどれです?」

「この空港にはいないぞ、宇宙で待っている。言っただろう、連絡シャトルで定期船へと移ると。」

「その連絡シャトルはわかりますか?」

「えーと、多分あれだな。見えるか? 手前から3番目のマスドライバーに同じ型のシャトルが列を作っている。あれのどれかだ。」


 見ると確かに同じ型のシャトルが並んでいる、その姿はスペースシャトルを何倍にも大きくしたようにしか見えない。全長だけでも200Mくらいある。


「定期船に乗る人間は多い。そのためシャトルは1回の輸送で1人でも多く運ぶために定員以上に乗せるから立ち乗りが出るんだ。一応安全ではあるが手すりに捕まってしっかり踏ん張ってGに耐えないといけない。気を抜くと怪我しかねん。君の貧弱な体では踏ん張れそうもないから絶対に席を確保するぞ。席は早い者勝ちだ。ただし、子供と女性が近くにいたら譲れ。それくらいの常識は弁えているだろう?」

「は、はい。わかりました。」


 貧弱で悪うございましたね。てか、朝の通勤電車感覚で宇宙へのシャトルを飛ばすのかよ。東京の某沿線は各駅に接骨院があるとかないとか。嘘か真か、そんなことを思い出す。

 

 駐車場に着いて車を降り、空港内に入るとそのままシャトルの搭乗ホームに着いた。


「あの、切符は?」

「…なんだそれ?」

「いえ、何でもないです。」

「見ろ、既に結構な人が列を作ってる。今搭乗中のシャトルは無理そうだな。次のシャトルにしよう。私が付いていけるのは搭乗までだ。その先は君自身だけで行動しなくてはならない。昨日伝えたように紹介状を書いた。受け取れ。」


 軍人から1通の封筒が差し出される。


「中に地図も入っている。エイアースの空港からそう遠くはない。歩いていこうと思えば行ける。が、タクシーが一番だろう。地図を見せれば問題ないはずだ。」

「何から何まで…、ありがとうございます。」


 何だか急に不安になる。この世界に来て初めての単独行動。今までは軍の宿舎とパブの限られた安全な場所、しかも軍人の庇護下にあった。監視の意味はもちろんあっただろうが優にとってそれは間違いなく安全を保障してくれているものだった。

 列に並んでいる間に家族や友人のことを思い出す。この世界が異世界なのか未来なのかはまだ不明だが間違いなくもう元の世界には戻れない。その思いは確信めいたものとして優の中に根付きつつあった。知り合いはおらず、自身の歴史も全くない正真正銘の根無し草の孤児としてこの先を生きていかねばならない。それを考えると心が重くなる。

 異世界転生物は元の世界で好んでよく読んだ。その主人公たちは転生した際に例外なく特別な力を授けられていた。しかるに今のところ優には何の力も感じられない。これから何か覚醒してくれれば良いがそもそも異世界転生の大半は剣と魔法のファンタジー物。この世界は明らかにSFだ。神の恩恵も超魔力も特殊スキルも授かれるとは思えない。それはつまり、ただの一般人として人類が存亡をかけて異種族たちと戦う世界を生き抜いていかねばならないのだ。

 ス〇ーム1やマス〇ーチーフの姿が脳裏にちらつく。

 やがてシャトルの搭乗口に着いた。遂に着た。ここから先は自分一人。


「ここまでだ。短い間だったが楽しかった…とは言わんぞ。楽しいエピソードなぞなかったと思うしな。さて、ここから先は君次第だ。助言というほどでもないが一応伝えておこう。運命に押しつぶされるか切り開くかは当事者自身に委ねられている。君がエイアースに着いた先、どうなるかはわからん。しかし、どう運命が転ぼうがその結果は結局自身で受け止めなくてはならない。どこでどう生きようと死のうとだ。君はここナイアースで一度死んだ。正確に言うとほぼ死んでいた。運よく第2の人生を授かったと思って思い切って生きてみろ。ややこしいことは余り考えるな。」

 

 おもむろに軍人が口を開く。その言葉は不思議と優を勇気づけた。

 そうだ、この人の言うとおりだ。生きているということ以上に大事な事なんてない。世界がどこでどうあろうと、生きている以上は顔を上げて前を見て踏み出さなくてはならない。拾った命、救ってもらった命を粗末にしたらそれこそ罰が当たるというものだ。


「ありがとうございます。着いたら必ず連絡します。何から何までお世話になりました!」


 軍人にほぼ直角90度の礼をして頭を上げる。


「縁があればまた会うこともあるだろう。その時は朝まで語り明かそう。ついでに、常識も身に着けて来るんだぞ。君が生まれてきたこと、生きていることに感謝を! そしてこれからも生き続けられることを願って!」


 そう言って軍人は笑って敬礼をした。見事な、惚れ惚れするような敬礼だった。余り軍事に詳しくはないが歴戦の兵の貫禄が滲み出ていた。多くの生と死を見てきた男の顔だった。

 優も思わず敬礼を返す。ぎこちない、脇を思いっきり上げた不格好な礼。

 そしてシャトルの中に入っていった。




 シャトルの中は新幹線や航空機のとほぼ変わらなかった。通路を挟んで3列~5列の座席がいくつも並んでいる。

 不安視していた席の確保はあっさりと上手くいった。そもそも列を作って前から順番に座っていくので、後から乗らない限り立ち乗りはないようだ。優はちょうど窓側になった。女性と子供には席を譲れとあったが周りは男ばかりだった。世間話をしている人もいるが、多くの人は疲れた顔で席に静かに座っている。中には明らかに傷痍軍人と思わしき人もいた。

 席はどんどん埋まり、やがて通路にも人が溢れるようになった。確かに通路の所に吊皮がつるしてある。マスドライバーで打ち出すシャトルに吊皮。何ともシュール。

 シートベルトをして待っているとアナウンスがありいよいよ出発となった。飛行機に乗ったことはあるが宇宙に出るシャトルは当然初めて。緊張で座席を握りしめて足にも力が入る。周りもおしゃべりがピタリと止まり、シャトル全体が一種の異様な雰囲気に包まれるのを感じた。

 シャトルが定位置に着いたのか動きが止まる。一瞬の静寂のち、ゴッという音と共に一気に加速! 航空機のようにふわっと浮くのではなくマスドライバーのカタパルトに沿って上向きになったと思ったら突如として地面が無くなる感覚に襲われた。マスドライバーを離れて空中に飛び出したのだ。エンジンがゴォォォォォ!と唸り、フル回転して全開になる音と振動が響く。シャトルはグングン加速しあっという間に宇宙の暗い空が近づいてくる。当然、加速した瞬間から体は座席に押し付けられ、身動きなど不可能になる。


 こ、これがシャトルの打ち上げか!? すごい加速とそれに伴うGだ! こりゃ初めてで立ち乗りは危なかったな。女性と子供に席を譲るのも道理だ。

 窓の外を見るとエンダーブルクの町が遥か眼下に見えた。軍人の顔とコンビニのあの美人二人の姿が目に浮かぶ。短い期間だったが中身は濃い。名残惜しさを感じながら小さくなってゆくエンダーブルクの町を見ているとそのエンダーブルクの町でチカチカ光が光っている。

 なんだ?と思った次の瞬間、その内の一つが急に大きくなり、優の目の前で突如爆発した。


ドッガァァァァァン!!!!!


 凄まじい音と衝撃がシャトルを襲う。同時に、明らかに異常事態を知らせるアラームとエマージェンシーコールが大音響でシャトル内に響き渡った。


「ぎゃああああああああああ!」

「ひぃいいいいいいいいい!たぁすけてーーーーー!!!!」

「やめろー!やめろーー!!。死にたくない!!!死にたくなーーーい!!!!」

「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!!!!」


 当然、車内は大パニックに陥った。機体はガタガタ震え、推進力は急速に失われていくのがわかる。エンジンがキュウウウウーーーンという情けない音を出して止まった。

 優は椅子にしがみついているだけで精一杯だった。腰かけ部分を強く握り全身を固くして目を瞑って歯を食いしばる。

 機体が下を向いて急降下する。周りの喧騒もさらに激しくなるが、意味のある言葉をしゃべる者は皆無。皆ただの悲鳴と嗚咽を大音量で発するのみ。

 しばらくすると機体がやや水平に戻ってきた。どうやら螺旋状に回転しながら落ちているようだ。機首が下がってスピードが上がったことにより揚力が生まれたらしい。

 優や乗客は知る由もないが、この時のシャトルのパイロット達の技量と奮戦は見事なもので、この状況下でわずかではあるがコントロールを取り戻していた。それでも空港には戻れずどこかに不時着する以外の選択肢はなかったが。

 そしてその不時着場所は残念ながら安全な開けた場所ではなく、町のど真ん中であった。

パイロットは最後の努力として道路に無理やり降ろした。代償としてコックピットから突っ込むことになる。


どぐわしゃあーーーーーん!!!!!!


 凄まじい衝撃と共に機体は地面に叩きつけられ、客室は阿鼻叫喚の様子を呈した。墜落の衝撃でショック死する者や機外に飛び出てビルや道路に叩きつけられる者もいたが、先ほどのパイロットの献身によりこのレベルの事故としては驚くほど犠牲者が少なかった。機体は、コックピット部分はともかく客室部分は原型を保ったのだ。


「うぅ…。」


 時間にして数十秒だったが永遠にも感じられたそれを優は生き残った。気絶していた時間の方がはるかに長いだろう。

 体を確かめると、あちこち傷はあるが大出血や骨が折れているといったことはないようだ。すぐ横の窓は割れ機体に亀裂が入っていた。シートベルトを外してそこから外に出る。

 頭がボーとして何も考えられない。大破したシャトルを突っ立って呆然と眺めること数分。


「おーい、助けてくれー。」

「っ!? す、すぐ行きます!」


 窓から助けを求める人の影が見えてようやく我に返る。あちこち火が燻っている機体に戻り、意識のある人から外へ出す。優と同じように怪我の度合いが低い人が手伝ってくれたがそうした人は数名しかおらず、大半の人は自力で動くこともままならない重傷者ばかりだった。当然、席に座ったまま亡くなっている人もいるが努めて目に入れないようにする。

 機体の外に怪我人を避難させている時。ふと、機体のすぐ近くにうつ伏せで倒れている銃を握りしめたままの兵士らしき人が目に入った。駆け寄って仰向けにする。


「だ、大丈夫ですか………!!!?」


 すぐに後悔した。顔が潰れてグチャグチャになっていた。


「うぅ…おげぇぇえぇぇぇーーーー!」


 初めて見る明確な人の死。それも決して綺麗とは言えない遺体。その場で胃の中の物を全て吐き出す。

まさにその時だった。


「グォゴゴゴゴ。」


 体の動きが一瞬で止まる。忘れもしない、この世界に来た時に真っ先に聞いた特徴的な唸り声。顔を上げると数十メートル先にあのGM(グリーンモンスター)がいた。手持ちの銃は既に優に向けられていた。後ろの方で悲鳴が上がる。

 嘘だろ…。ここで終わり? 新しい生活、人生が始まると思ったら終わり? 俺は死神にでも憑かれたのか?

 あの時の痛みがフラッシュバックして体が震え始める…。


 しかし、弾は一向に発射されなかった。それどころかGMは銃をゴンゴン叩き始める。どうやら故障したらしい。

 しかし、安心したのも束の間。


「グォゴゴゴゴゴゴゴーーーー!!!」


 故障した銃を放り投げるとGMは背中から斧を取り出してそれを大きく振りかぶりながらこっちに迫ってきたのだ!

 まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!このままじゃ死ぬ!確実にあの斧で頭を勝ち割られる!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!どうすればいい!


 ふと、死んだ兵士の銃が目に入る。考えている暇などない。無意識のうちにそれを兵士の手からもぎ取り、自分に迫ってくるGMに向けた。


「うぅうおぉぉぉぉぉぉぉあああああああ!!!!!」


 意味のない叫びと共に引き金を引く。幸い、セーフティロックはかかっていなかった。


 シュビビビビビビビビビン!!!という音と共に光の帯が何十発も発射される。それは目の前に迫っていたGMに全て当たり、体中を穴だらけにした。


「グ!? グォゴ…ゴ。」


 内臓と体液をまき散らしながらその場で崩れ落ち、それは息絶えた。


「あ、ああ。ぁぁあぁぁあああぁ。」


 全身がガタガタ震えだす。歯の根が合わずにガチガチと音とたてる。止めようと思っても止められない。


 時間にして十数秒ほど経った時、


「キャーーー!!」

「ガブリエラ!! うぉぉぉぉぉぉ!!こっちに来るあぁぁぁぁ!!!」


 放心している優の耳に、聞いたことのある声が届いた。思わずそちらを向くと。


「ここ、宿舎じゃないか!?」


 そう、たった今まで気づかなかったが、墜落した個所は優が今日まで過ごした宿舎のすぐ近くだったのだ。

 しかし、宿舎をみた優は絶望のあまり気を失いそうになる。


「………嘘……………だろ。」


 宿舎は見るも無残な姿になっていた。半分崩れ落ち、数日過ごした部屋は潰れていた。所々で火災も発生している。


「イヤァァァァァァーーー!!」

「クルナクルナクルナァァァァァァーーー!!!」


「っ! まずい!!」


 声は宿舎内から聞こえてくる。その様子から一刻の猶予もない。状況は何となく察することが出来る。GMが宿舎内に侵入したのだ。銃を握る腕に自然と力が入る。

 慌てて火の燻る宿舎内に入り全速力で駆ける。声の方向からコンビニのある方だ。

 はたして、コンビニ前の通路に何体かのGMがいた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 走りながら銃を発射、標準もヘッタクレもない。ただ目の前の敵に向かって乱射する。距離が近く、一方通行の狭い通路だったからこそ通用した奇跡。GM達は何が起きたのかわからないまま肉片になっていった。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁ…………。」


 荒い息のままコンビニを覗くと、バックヤードから1体のGMが出てきた。両手にはあの姉妹が握られている。優があと数秒遅かったら彼女達は頭を握りつぶされるか首をへし折られるかして嬲り殺しにされていただろう。


「グォゴゴゴゴガガガガガ!!?」

「うわわわわ!!???」


 仲間の様子を見て激高したのか、GMは姉妹を乱暴に放り投げると優に飛び掛かってきた!

 横っ飛びしてすんでのところで避けると再び銃をぶっ放す!


「……ぐぉごご…………ががが…………」

「……うぉ!?? ぺっぺっ」


 すぐ目の前の敵を撃ったのだ。巨体を沈めるGMの返り血をもろに被る。口の中に入り、人の血とは全然違うドロリとして腐った卵みたいな匂いと、生ゴミみたいな味に思わずむせる。ついでに再び吐く。


「うぅ…ゲェゲェ……ゲェゲェゲェ……………………!!???」


 突如として背中をさすられる。驚いて顔を上げると、


「あ、あの大丈夫ですか? 今、お水持ってきますからね。」


 ガブリエラと呼ばれていた少女の顔が目の前にあった。


「その必要性はない。今持ってきた。これで口をゆすぐといい。」


 ミカエルと呼ばれていた子も来ている、手にはペットボトルの水。考えるよりも先に手が出る。一刻も早く不快感から逃れたかった。近くのトイレに駆け込み水を口に含んでうがいを何回もする。ついでに残った水を頭からかけてGMの体液をいくらか落とす。全部は無理でもいくらかマシになった。


「た、助かったよ。ありがとう。」

「礼を言うのはこちらの方だ! 君があと少し遅かったら……」

「そ、そうですよ! 本当にありがとうございました!」


 水の礼に頭を下げる優に二人は両手を振りながらお礼の言葉を述べる。


「二人共怪我は?」

「それも大丈夫だ。放り投げられた時の打撲以外は問題ない。」


 見たところ、本当に大きな怪我はしていないようだ。少々服が擦り切れているくらいで済んでいる。


「一体何が起きたんだ?」

「それが…私達にもわかりません。突如として町中にGMが現れて襲撃が始まったみたいです。宿舎にいた兵士の皆さんはすぐ出撃しましたが直後に爆発が起きて…。私達はお店のバックヤードに隠れていたんですけど…。」

「奴らに見つかってしまった。君が来なければ今頃私達は死体だよ。」


 彼女達にも何が起きているのかはわからないらしい。どうしたらいいのか、と頭を悩ませていると。


ボン!!!

「「「!!!????」」」


轟音と共に通路奥の天井が崩れ落ちた。忘れていた、この宿舎は半分既に崩れ落ちていたんだった。


「は、早く外に!!!」

「「は、はい!!」」


 三人で慌てて駆け出し宿舎の外に出る。


「おお! 出てきたぞ!? 無事かぁ!」

「本当だ!? 大丈夫かぁ!」

「…?」


 出てきた三人を迎えてくれたのは先ほど優がシャトル内から助けた後、自身も怪我の程度が低かったため他の人の救助に当たってくれた人達だった。


「崩れている建物に入っていくから何事かと。よくぞ無事で…。そちらのお嬢さん方は?」

「宿舎内の売店で働いていた子達です。GMが宿舎内にまで侵入していて…。彼女達を襲っていたので倒しました。」

「本当か!!? いや、よくぞ無事だったもんだ。お二人共、大きな怪我はなさそうだが大丈夫か?」

「え…? あ…!は、はい。大丈夫です。」

「う…うむ、問題……ない。」


 2人はどうやら外の惨状に目を奪われていたようだ。無理もない。町のあちこちで火の手が上がり、煙が屑ぶり、遠くで爆発音と共に銃撃音も聞こえる。


「救出活動のほうはどうですか?」

「そちらは問題ない。生きている人の救出はほぼ終わった。亡くなった人の搬出も進めたいが…この状況じゃ無理だ。それよりも重症者の救助が先だ、病院に搬送しないと。だが、ここからだと徒歩では遠いから車両が必要なんだが…。」


 周りを見渡すが破壊された車ばかり。その破壊された車が道を塞いでいて、とても車両で移動できるような交通状況ではない。


「仮に移動できても病院もこの状況でやっているかどうか…。襲撃されていて治療不可となっていてもおかしくない。」

「信じられないよ。GMがこんな大規模な襲撃を計画するなんて。あいつら力と頑強なのと数が多いだけが取り柄じゃなかったのか?」

「今そんなこと言ってもどうしようもないだろう! 怪我人の治療が先だ。」


 町の被害は甚大なようだ。町の至る所が戦場になり、被害を受けている。


「あの…、司令部に行ってみては?」

「そうだな、司令部には大規模な医療施設があるし、あそこが陥落しているはと流石に考えづらい。ここからそう遠くないし行ってみる価値はある。」


カブリエラと呼ばれる女の子が唐突に提案し、ミカエルが賛同する。


「そ、そうか! あそこなら確かに!」

「逆にもし陥落していたら…、いや考えないようにしよう。」

「重傷者はどこに? 手伝います。」


 ガブリエラとミカエルの提案にのって動ける人達で簡易のタンカを作りそこに特に重傷な者を乗せて移動を開始する。動けず、かといって緊急ではないそれ以外の者はその場で待機してもらうことに。不安だがどうすることも出来ない。襲撃がないことを祈るしかない。

 唯一武器を持っている優が少し前方を移動しながら周囲を警戒する。幸い敵に合うことなく司令部まで移動することが出来た。

 二人の言っていたとおり、司令部は宿舎から100Mほど離れたところにあった。外から見る限り、襲撃を受けた感じはあるが陥落しているようには見えない。そしてそこに。


「…!? 軍人さーーーん!!」

「!!??? 君か!!」


 ほんの1,2時間しか離れていないはずなのに懐かしいと感じる、軍人の姿があった。今までの軽装とは違う、頭から足の爪先まで装甲服に身を包み完全武装の出で立ち。病院でみた部下達も一緒だった。


「後ろの人達は?」

「一緒のシャトルに乗っていた人たちで、突然爆発して墜落して、それでも生き残ったんですけど動けない人達が多くて、重傷者だけ動ける人達と運んできて、彼女達は宿舎の売店の子で……。」

「その子たちは知っている。だが、なるほどわかった。よくやった。ちょうど今から墜落現場に人を向かわせようとしていたところだ。怪我人は既に機外にいるんだな?」

「はい、救出作業自体は終わっています。皆動けないからあいつらに襲撃されたら…、不安な気持ちで待っています!」

「了解だ、聞いたな。アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタはシャトル墜落現場に行き、負傷者の搬送と護衛だ。エコー以下フォックスロット、ゴルフ、ホテル、インディア、ジュリエットは引き続き町のGMの排除を優先する。」

「「「「「「「「「「了解!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


 軍人の指示で多くの兵士が即座に行動を開始する。もしかして結構偉い人?


「墜落現場までは、我々が案内します!」

「それじゃ私達は怪我人の手当てを手伝います。行こう、ミカエル。」

「うむ、まかせろ。」

「助かる。頼むぞ。」


 それぞれが自分のするべきことを瞬時に理解して行動を開始する。ええと…俺はどうするべきか?


「あ、あの…!」

「ん? どうした。」

「お、俺も連れて行ってください!」

「…なに?」


 なぜそんなことを言い出したのか? 普通に考えればシャトルの怪我人の輸送を手伝うほうが安全で出来ることも多いはずだ。軍人に付いていって戦闘を行うなど一般人である優が行っていい行為ではなく、推奨もされないだろう。


「お前は軍人ではない。怪我人の搬送を手伝った方がいい。」

「へっ? そいつ、男なのに軍人じゃないんですかい?」

「事情があってな。というかこいつの事はお前も知っているはずだぞ、ダーム。」


 病院から宿舎まで移動する際に車を運転していたスキンヘッドの人物が声を上げる。

 ……はて? 今、結構重要なことを聞いた気がする。


「そ、それでも。一緒に行きたいんです!」

「なぜだ? 救助作業に比べ危険性は遥かに上だぞ。」

「もう…、何人も……殺してますから………。」

「…。」


 はっきり言って理由になっていない。この時の気持ちは後で考えてもよくわからない。ただ一つはっきり言えることは、この状況下でこれ以上軍人と離れたくなかったのだ。これに尽きる。


「…相手は人ではない。問答無用でこちらを殺戮する化物だ。罪悪感を覚える必要はない。」


 そう言いながら軍人は自分が被っていたヘルメットを優に被せて、


「私の命令に従え。言うことを一つでも聞かなかったら放り出す。」

「っ!? ありがとうございます!」

「隊長! 本気ですか!?」


 長身でイケメンの、見るからに健やか青年が異議を唱える。


「ジェイド、人手と銃口は一つでも多いほうがいい。これ以上押し問答をしている時間もない。ギルダー、済まんが援護を頼む。」

「了解です。隊長。」


 軍人と同じくらいガタイのよい、口がへの字に曲がっている角刈りの男が返事をする。


「では、エコー分隊。行くぞ!」


 そう言うなり軍人が駆け出し、隊員もそれに続く。優も慌てて続く。

 軍人、ダーム、ジェイド、ギルダー。この四名がエコー分隊所属ということらしい。




 その後のことに特筆すべきことはない。優は軍人の命令に従って銃を放っていればよかった。軍人の戦術眼は見事なもので、大半の場面でGM達の後ろをとって一方的に攻撃することが出来た。正面からの撃ち合いになった場合も直ぐに増援が挟撃を仕掛けてくれた。むしろ挟撃させるためにあえて自分たちが正面に立っているようだった。

 一般人である優が正規の軍人たちに付いていくのはかなりの困難だったが、アドレナリンが出まくってハイになっているのか息を切らしながらも最後まで付いていった。

 残党の始末が終わり、再び司令部に戻ってきた時には真夜中をゆうに過ぎていた。


「ガブリエラ、あいつが戻ってきたぞ。」

「あ、本当だ。おーい! 皆さん、お疲れ様でした!」


 優とエコー分隊のメンバーをあの二人が迎えてくれた。どうやら救助作業が終わった後も寝ずに待っていてくれたようだ。


「皆さん、よくぞご無事で。簡単ですがシチューを用意しました。よかったら是非。」

「見たところ大きな怪我をした人がいない。流石遊撃隊。」

「食事があるのか、それはありがたい。」

「朝から何も食べてませんからね。お言葉に甘えていただきましょう。」


 温かい食べ物があると聞いてエコー分隊の面々の顔が明るくなる。軍人とジェイドが二人に礼を言って司令部と呼ばれる建物に入っていく。


「心配していたんですよ。あなたも無事で良かったです!」

「怪我もなさそう、良きかな。」

「…ありがとう。……シチュー………いただき…………ます…………。」


優も分隊のメンバーに続いて建物に入る。


「ほーう、モテモテじゃあねえか。お前さん。」

「………………………………はい。」


 ダームと呼ばれた、スキンヘッドのおっさんが肘で小突いてくるが、優はそれどころではない。疲れきっていて足を引きずり、口を開くことすら辛い。


「ダーム、そいつは疲れている。あまり虐めてやるな。」

「わかってますよ隊長。ちょっとしたスキンシップじゃないですか。」


 ………………スキンシップのつもりだったのか、今の? 嬉しくないぞ。


「疲れただろう。シチューを食べたらもうシャワー浴びて寝るといい。最も、宿舎のようなベッドは用意できない。雑魚寝になる。」


 優は黙って頷く。

 食堂に着くと直ぐに良い匂いが漂ってきた。自然と腹が鳴り、唾液が口一杯に溢れ出てくる。


「ガブリエラ、運んで。」

「はいはい、ただいま。」


 二人がテキパキと席に着くエコー分隊の面々のシチューを用意する。

 優は目の前に運ばれた瞬間いただきますも言わずにがっついた。自分でもはしたないと思うが戦闘の緊張と空腹が重なって限界だった。


「…! うまい!!」


 一口食べただけで思わず叫んでいた。

 柔らかく煮込まれた玉ねぎと人参を噛み砕くと、野菜本来の甘みが口の中に一気に広がった。それはミルクと混じって更に甘みが増し、そこに肉の肉汁が絡まり舌の上で踊りだした。口の中で唐突にカーニバルが始まったみたいだった。

 柔らかく煮込まれたじゃがいもは、口の中で直ぐに溶けて喉を通り胃に到達。既にドロドロに溶けているので胃液での消化も速い。溶かされたそれは瞬時に小腸へと送られ、小腸は待ちくたびれたとばかりに貪欲に栄養を吸収し、枯渇寸前のエネルギーを血液に乗せて全身に送り出す。餓死寸前の細胞達が届けられたエネルギーを使って再び己の役目を果たさんと働き始める。

 それは直ぐに熱と言う形で反映された。冷え切っていた体に赤みが増し、死んだ魚のようになっていた目に光が再び宿った。


 これまで、シチューをこんな感覚で食べたことなど一度もなかった。25年の人生の中で数え切れないほど食べてきたけど、こんなに美味しいシチューは初めてだった。

 ありあわせの材料で作られたシチューは具材は少なく、ミルクは薄く、とろみもスープに近いものだったが、それでも今の優には何よりも代えがたいご馳走だった。

 温かい食事というものがこんなにも美味しくてありがたいものだなんて………知らなかった………。一口食べるたびにGM達との戦闘による緊張がほどけていく。咀嚼するごとに、飲み込むごとに、胃が腸が心臓が動いているごとに生きていると、確かに今自分は生きてるのだと実感できる。


 人目も気にせず夢中でかきこみ全てを食べつくした時、優は泣いていた。シャトルの墜落からGMとの戦闘、その緊張から解き放たれ空腹が満たされ、自分は生きているのだと実感して泣いた。

 正直周りを見ている余裕などなかった。いや、あえて見ないようにうつむいていた。今の自分はとんでもなく滑稽な存在だ。シチュー食べて大泣きするなんて、端から見れば何事かと思うだろう。それくらいは頭でわかっていた。それでも今日一日のことを振り返ると溢れ出る涙を止めることは出来なかった。感情がそのまま溢れ出ていた。


「そうか…うまいか。」

「……! はい!!」


 唐突に軍人が声をかけてきた。


「顔を上げろ、スグル。」

「……無理です。」

「最初は皆そうだ。お前はよくやった。初陣でここまでやれるやつは中々いない。」

「っ! ありがとう………ございます。」


 初めて軍人に褒められた気がする。


「シャワーを浴びてもう寝ろ。大丈夫、ここは安全だ。朝までしっかり休め。」

「はい!」




 シャワーを浴びて替えの服に着替え、寝場所と指定されたところに行くと既に多くの兵士が休んでいた。


「タオルを敷いただけ……か。まぁ贅沢は言えないわな。」


 部屋の隅に机と椅子を寄せて、そこにタオルを申し訳程度に敷いただけの簡易な休憩所。それでも兵士達はぐっすり眠っている。中には凄いいびきをかいている人もいる。

 寝られるか? という心配は無用だった。体を横たえた瞬間、睡魔が襲ってきて、ものの数秒で夢の世界にご案内された。

 そしてそのまま翌日の昼まで起きることはなかった。


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