第4話 死の星
宿舎とやらに着くと、優は一室に案内された。簡素な作りと最低限の設備、ビジネスホテルの一人部屋と言えば想像しやすいか。
「とりあえずここが君の部屋だ。日常生活で必要なものは一通り揃っているはずだ。足りない物、必要なものがあったら1階に売店があるからそこで揃えてくれ。そこにも無かったら外に出て探すこと。ただし、その場合は私に許可を取ってくれ。そして護衛が付くことを了承すること。わかったね。」
軍人が一方的に話を進める。優は部屋に着いても、ここが地球じゃないとわかって動揺したままであった。
ここが地球じゃないとすると、目の前の人物を含むこの世界の住人全てが地球人類ではない可能性がある。全くの平行世界にきてしまったか、別の惑星で地球人類に姿だけは酷似した知的生命体が進化したかのどっちかだ。それならお金の概念がなくても説明はつく。もしかしたらお金ではない別の手段、方法で支払うのかもしれない…。
「おい! 聞いているのか?」
「うわ! すみまえん!」
動揺したまま返事をしたので、声も上ずって言葉もかんだ。
「全く、何か考え事か? 心配なことがあるなら聞くだけ聞いてやろう。アドバイスできるかどうかは別だか。」
心配事だらけですよ!! と叫びたい気持ちを抑えて優はとりあえず1階にある売店とやらを覗いてみることにした。外にも出られるなら出てこの世界のことを知らなくてはならない。
「売店…が1階にあるんですよね? どんな物が売っているか見てみたいのですが。」
「売っている…の意味はわかならいが見るのは構わんぞ。」
売店…と自ら言っておきながら、売るの意味がわかならいとはどういう了見なのだろう? もしかしたらこの人だけが変で他の人はまともだったりして。
そんな優の淡い期待はあっさり裏切られることになる。
その売店とやらは日本のコンビニに酷似していた。品揃えも悪くない。さすがに商品のラインナップは違うが、パン類やお弁当、雑誌類に日常生活用品が並んでいる姿に変わりはない。しかし、最大の違いがあった。どの商品にも値札が付いていなかったのだ。それらしきものも見当たらない。
「あの、これどうやって買うんですか?」
「ん? そこにカゴがあるだろう。カゴに必要なものを入れて、あそこのレジに持っていけばいい。あとは店員がやってくれる。君は何もしなくていい。」
本当かよ…。半信半疑で新聞と幾つかの情報雑誌らしきものをカゴに入れてレジに持っていく。するとレジのお姉さんはバーコードはスキャンしたもののそれだけで何も要求せず、品物を袋に詰めて「ありがとうございました~」と言って優に渡してくれた。
「あの…、買えました(@_@;)」
「・・・そりゃ、買えるさ。むしろ何故そんな顔をしているのか。私にはそっちのほうが理解できない。」
スグルの困惑顔に、軍人も困惑しながら返答した。
「一応聞きたいんですが、お金ではなく別のもので。もしくは方法で今買った品物の代金を支払うとかはないんですか? 物やサービスを受けて、それに対して何も対価を払わないのですか?」
思っていた疑問をぶつけてみる。その答えは明白だった。
「病院でも説明したが、商品やサービスに対して何かを差し出す習慣はない。これは自分が商品やサービスを与える側であっても同じことだ。提供したからそれに対する別の何かを差し出せ…そんなことを言う人間見たことも聞いたこともない。どうやら君はよほど特殊な環境に生まれ育ったみたいだな?」
…そんな珍獣を見るみたいな目をしないでくださいよ…。
売店で買った?物を持って部屋に戻る際にある事に気が付いた。
「あれ?」
「どうした。」
「すみません。部屋の鍵をまだもらっていませんでした。それと、鍵穴はどこにあるんですか?」
そう、部屋のドアノブに鍵穴が見当たらなかったのだ。カードキーかもしれないが、それらしき装置も見当たらない。さっきも普通に入っていったし、これじゃ侵入し放題だ。プライバシーも防犯もへったくれもない。
そんな当然の質問にも軍人は首を傾げて困惑顔で言い放つ。
「カギ? なんだそれ?」
……………………………………………………………………………………ええ??!
「いやあの、…部屋に他の人が入ることを防止するための物ですよ。」
「部屋に入られたら困る事でもあるのか。」
「………。」
何言ってんだこの人? 普通困るでしょ。正直、この反応は予想外だ。「君にそれはつけられない。」そう言ってもらえるほうが余程理解できる。まさか鍵の概念がないなんて…。
「私自身の私物はほとんどないですけど、それでも他の人が部屋に侵入して物を持っていったり、勝手に入ってくることって嫌な気持ちになったりしませんか?」
「部屋に入って何を持っていくんだ? どれも購入可能なものじゃないか。部屋に入るときはノックぐらいする。それくらいの礼儀はするさ。心配するな。」
…もしかして、お金の概念がないから盗むという概念もないのか? 「どれも購入可能なもの。」という言葉は、わざわざそんなことをしなくても必要な物は全て手に入るという事を意味しているのではないだろうか。
………今ここで考えてても仕方がない。郷に入れば郷に従え、だ。大人しく従うとしよう。
「わかりました。」
「変わった奴だな…。」
悪うござんしたね。軍人の言葉を後ろに聞きながら鍵穴のないドアノブを捻ってあける。部屋に入って荷物を降ろすと軍人から嬉しい提案があった。
「それじゃ、宿舎を出てパブに行くか。酒は飲める年齢だろう? 食事も出来るし、病院での質問。君を襲った緑の化け物や戦争についても話が出来るだろう。」
…! 是非もない。
「とりあえず生二つ。かまわないな?」
おお!? 「とりあえず生。」元の世界の定型句が聞けるとは! 異世界だろうが未来だろうが、酒屋での最初の挨拶に変わりはないようだ。元の世界との共通点が見つかって少し安心する。
パブは宿舎を出て通りを挟んで目の前にあった。晩飯には少し早い時間帯だが、店の中は既に人がそこそこ入っていて盛況だった。あと1時間も経てば席は埋まってしまうだろう。
優と軍人は個室に案内してもらった。しばらくするとビールが運ばれてきて、同時に軍人はあれこれメニューの注文をする。聞いている限り、優の世界と大きな変りはないようだ。
「私一人だけだし、微妙な感情もあるだろうがとりあえず退院おめでとう。君が生まれてきたこと、生きていることに感謝を! そしてこれからも生き続けられることを願って…乾杯!」
「あ、ありがとうございます………。」
何だ…今の音頭は?? たかが退院のお祝いで随分と大げさなことを言うんだな。ビールの味は…うん!悪くない。炭酸が乾いた口の中を満たして潤す。その後、喉を潤し胃へ、そして胃から全身に炭酸が染み渡ってゆく…。この感覚!たまらない!!
「さて…、病院での質問に幾つか答えてあげよう。」
「…!!? お願いします!」
ビールの味に酔って呆けている顔と姿勢を正す。ようやくこの世界のことを知ることが出来る!
「まず君を襲ったあの緑の化け物だが我々はGMと呼んでいる。もうわかっていると思うが我々人類と戦争中だ。」
やっぱり、戦争中か。こりゃあとんでもない世界に来ちゃったぞ。
「戦況の方はどうなんですか?」
「一進一退と言ったところだな。ただまさかここ、ナイアースに奇襲を仕掛けてくるとは思わなかった。防衛隊は大損害を出して防衛線もズタズタ。エンダーブルグが被害を受けていないのが唯一の救いだな。一体どこから来たのやら。」
エンダーブルクにナイアース。少なくとも元の世界では聞いたことのない都市、国名だ。
「あの…この星はナイアースというんですよね? この星が人類の母星なんですか?」
この質問に軍人は眉を寄せて非常に驚いたといった顔をした。
「はぁ? そんな訳ないだろう。人類の母星はエイアースじゃないか。何を言っているんだ??」
そんな事を言われても知らないものは知らないし。軍人の呆れ顔を無視して質問をぶつける。
「そのエイアースと言う星はどこにあるのでしょうか?」
「ナイアースから「いて・りゅうこつ腕」方面に向かって約22光年ほどだ。定期便で7日ほどかかる。君、本当に教育を受けてないんだな。」
そりゃ、この世界の地理なんぞ今初めて知ったからね。
それにしても22光年を7日で行き来できるって相当だな。たしか、理科の授業で1光年は約9.5兆キロメートルと習った記憶がある。つまり209兆キロメートルを1週間で移動できるということだ。とんでもない技術力。
「それだけ恒星間移動技術が発達しているから、さきのGMにやられた傷でも治ったんですね。ほぼ致命傷だったはずですが?」
「ああ、分隊中の細胞分裂活性剤を使ったんだ。感謝しろよ。」
「細胞分裂活性剤?」
「それも知らんのか? 重傷を負った時の緊急治療用キットのことだ。これを血液中に入れておけば傷を負っても驚異的な速さで傷口を塞いでくれる。傷口付近の体細胞組織の細胞分裂を劇的に高めてね。小さな傷なら数分大人しくしているだけで治る。重傷クラスなら傷口に直接ぶっかける。君の場合は分隊中の活性剤を使ったがそれでも賭けに近かった。血を失いすぎていたからな。医者は生存確率は2割に満たないとか言ってたな。」
げっ!!? 結構危うかったのか俺。
ただ戦争中ゆえに医療技術も比較にならないほど進んでいる。少なくとも細胞分裂活性剤はかなりの優れものだ。FPSでよくある、ダメージを受けたら建物や岩陰に隠れてしばらくしたら体力が自動回復するあの現象がリアルに実現しているということだ。
そして、目の前の人はとにもかくにも命の恩人であるらしい。ここは素直に礼を言っておこう。
「ありがとうございました。あなたと分隊?の皆さんのおかげで命拾いしました。薄っすらとですが自分が陣地に走っている時も援護射撃してくれたことを覚えてます。」
頭を下げる優に軍人は頭をかきながらやや照れ気味に
「別に礼を言われるようなことはしていないさ。いきなり非武装の人間が戦場に現れたから驚いたけどな。とにかく助かって良かったよ。」
…おっさんのデレかぁ。出来れば可愛い子にしてほしいなぁ。いやいや命の恩人なんだからそんなことを思ってはいけない。
「可哀想な奴ではあるけどな。」
………ん?
「可哀想? 俺が?」
「そりゃ地球、ファーストアース出身なんて言われちゃあな。とっくの昔に崩壊して死の惑星になった星で育ちました。だなんてどう考えても…ねぇ。」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ!?」