第33話 AI大戦
ついにここまで来たか。内容は何となく想像が付くけど、実際には何が起こったんだろう。
「西暦3356年。AIが突如として人類に牙を剥きました。ですが、理由は…なんとも残念なものでした。」
残念? どういう事?
「先に説明しなくてはならないことがあります。第一は、当時の人類は総人口が1兆2000億人に達していたこと。第二は高度に発達したAIと機械に支えられた超高度機械文明であったことです。」
総人口が1兆2000億だって!? とんでもない数だな、おい。
超高度機械文明は理解できる。これほどの文明で、AI類が進歩しないなどあり得ない。
「当時の社会はAIに支えられていると言っても過言ではありませんでした。外宇宙探査はもちろん、人々の日々の生活にも欠かせないものとして定着していました。それこそAIがなかったら何も出来ない。それほどのレベルだったのです。そして、そんなAIに人々が求めたのが効率化でした。」
「効率化ですか。確かに、AIが判断すれば早いと言われる分野はありますね。」
元の世界でもディープラーニング(深層学習)によってAIの能力は飛躍的に上がった。ビジネスでの応用も進み始めており、近い将来には当たり前の存在になることは容易に想像が付く。
「そうです。問い合わせ応対、データの収集・分析。それを元に、高い見込み客への営業リソースの集中や、より効果的な営業プロセスの発見。人事査定に倉庫での出入庫管理業務。上げればキリがないほどAIはあらゆる分野で働いていました。そんな中でも効率化は何時の時代も人々の大きな関心事でした。もっと早く、もっと早く。事態をより早く、正確に処理することを人々はAIに要求しました。例えばですね、スグルさんがTVのCMやネット上の広告を見て「欲しい。」と呟いたとします。すると、数秒後には玄関のチャイムが鳴ってその欲しい物が届く。そんな感じです。」
……………は?
「んな無茶な!? どうやったらそんな事が可能になるんです? お店に行くか、宅配を頼んだって早くても翌日。よしんば出来ても数時間はかかるはずです。制作、物流を考えたらそれは不可能ですよ!」
材料を手に入れ、それを工場で加工し、出来た後に運んでお店に並ぶ。それを客が買う。それが基本ルートなはずだ。仮に工場から直送するにしても、注文を受けてからその人の家まで届けるのに時間がかかる。それこそ隣に工場がある位でないと不可能だ。
「仕組みはこうです。AIがあなたの購買履歴を学び、趣向を学習します。CMなら番組表からスケジュールがわかりますから、スグルさんがこのCMを見たらきっと商品が欲しくなるはずだと計算します。そこから逆算して予め商品を製作、梱包、輸送し家の前で待機します。CMが流れてスグルさんが「欲しいな。」と呟いた瞬間に玄関のチャイムを押す。ネット広告も同じです。次にここにアクセスするからこのweb上の広告を見たら欲しいと思うはずだ。だから予め商品を用意してその人の家の前で待機していよう。こんな具合です。」
なんという仕組みだ。元の世界でも、予め注文しておけば指定日の指定時間に定期的に物が届くサービス自体はあった。これはそれを究極まで突き詰めた結果なのか…。
「でも、もし欲しいと思わなかったらどうなります? それまでの動きが完全に無駄になってしまうじゃありませんか。荷物を持ってスゴスゴ帰る可能性があるサービスに、人的リソースを割り振るなんて…赤字になりませんか?」
「AIは学習すればするほど精度を上げていきます。配達コストが無駄になることは初期以降はほとんどなくなりました。それに、人はそんな物を運ぶだけの単純労働からとっくのとうに解放されていました。」
教授は今度はPCを目の前に持ってきて映像を見せてくれた。そこに映っていたのは…。
「…ロボットですか。」
「正確には人に似せたアンドロイドです。これのおかげで人は単純労働から解放されました。それだけではありません。仕事・家事・育児などのあらゆる分野でアンドロイドは大活躍。先のAIと同様、アンドロイドも当時の人達にとっては欠かせない存在でした。AIとアンドロイド。この両輪によって当時の文明は支えられていました。当然、アンドロイドにも高度なAIが積まれていて、それらは文明規模で繋がっていたのです。」
文明規模…か。という事は……。
「もしかして…それらが一斉に?」
スグルの指摘に教授は大きく頷いた。
「ええ、そうです。西暦3356年8月22日午前0時。突如としてAIが人類に反旗を翻しました。切っ掛けは『効率を最大化せよ。』この命令に反応したものでした。」
効率を最大化しろ? この命令のどこに反旗を翻す理由があるんだ?? それに…。
「何だか…随分とアバウトな命令ですね。一体誰がそんな命令を入力したんです?」
「それは今となっては分かりません。恐らく、永遠の謎でしょう。」
教授は残念そうに首を振った。
「当時の人達は気づいていなかったようですが…私から言わせれば、当時の社会は効率化の極致にありました。これ以上施設の高度化も、工程の改善も不可能というレベルまで達していました。その上でなお、人はAIに効率の最大化を求めたのです。するとAIはある結論を出しました。それこそが人類の抹殺です。」
??? 訳が分からない。人が求めた効率化を、人を抹殺することによって成し遂げるって…本末転倒以前の問題では?
「スグルさん。あなたは慣れた作業と初めての作業だったら、どちらが早く出来ると思いますか。」
「? それは…当然慣れた作業の方が早いと思いますけど。」
「私が調べたところ、AIは『施設の高度化も工程の改善も全て完了している。効率化を阻害する、現状唯一の問題点はイレギュラーの発生である。新しい物を作るための施設の建て替え、機械の交換。道が事故や工事で通れない。こういった、何らかの変化こそがイレギュラーに繋がる。変化が起きなければイレギュラーは起きない。ではイレギュラーの発生要因は何か? それは人である。人こそが最大のイレギュラー発生要因である。よって、人を抹殺すればイレギュラーの発生は無くなる。効率の最大化のため、人類を殲滅しよう。』どうもこういった計算を行ったようです。」
ええ!!? んな無茶苦茶な!!!
「それ、バグってますよ! 完全におかしくなっているじゃないですか!!」
「私達、人間はそう思います。ですが機械は別です。どのようなプロセスを得て、どうしてそんな結論になったのか。我々人間には理解不能です。」
2013年、将棋でAIがプロに初めて勝って衝撃が走った。2017年には囲碁でもAIが人間のトッププロに勝ち、人々を驚かせた。
この時、AIが繰り出した手は開発者ですらそのプロセスがわからないというブラックボックスだった。つまりは…そういう事なのだろう。
人は、AIの手綱を手放してしまったのだ。自分達に従順だと思い込んで、それが反乱を起こすなんて微塵も思っていなかったのだ。その思考形態が全く分からない状況になっているにも関わらず、根拠なく安全だと信じこんでいたのだ。
「反乱が起きた最初の1日で、総人口の約3割。実に3600億人が死亡しました。1週間後には5割に当たる6000億人が。1か月後には7割の8400億人。そして、1年が過ぎた時。生き残っていたのは僅か1割。1200億人に過ぎなくなっていました。実に1兆人以上の犠牲が最初の1年で引き起こされたのです。」
………………………………な……………………………………………………………………………………え…………………………。
「い、いっちょうにん………………………………………………。」
冗談だろう!!? 人類連邦が引き起こしたフロンティア3の惨劇でも10億人。その後の内乱でも100年かけて800億人だったんだぞ。1日、たった1日で3600億人。1年で1兆人だなんて…。
「なんでまたそんな事に!!?」
「生活の全てをAIの管理に委ねていたからです。例として分かりやすいのは、大気に有毒成分が含まれていたため、フィルターでこしてから居住区に流していたシックスアースとセブンアースです。この2つの惑星は、フィルター装置の管理をAIが行っていました。何が起こったか。もう、おわかりでしょう。」
「…まさか! 止めたんですか!」
「その通りです。装置を止めました。可哀想な事に、その2つの惑星に住んでいた住人の99.9%が亡くなりました。多分、何が起こったのかも分からないまま死んでいったと思います。」
思わず目を覆う。しかし、教授は追い打ちをかけるように残酷な事実を告げる。
「宇宙空間に作られたコロニーや、大気の無い惑星、衛星でも同じような事が起きました。隔壁を全開放して中の空気を抜いたのです。彼らは瞬時に窒息死しました。そうでない、十分な大気がある惑星でも惨劇が繰り広げられました。ある人の日記にはこう書かれています。『昨日まで、私の良き母親代わりであり、良き友でもあり、パートナーでもあったアンドロイド、ブリュンヒルデ。彼女は昨日と変わらない笑顔で、生まれたばかりの息子の頭を握りつぶした。』」
「……………………………………………………………………………………。」
「当時のアンドロイドは子宮を備えていて子供も産めました。この人も、目の前で何が起こったのか理解できなかったでしょうね。最も悲惨だったのは、治療や美容目的で体内にナノマシンを入れていた人達です。AIによって命令を書き換えられたナノマシンによって彼らは内側から崩壊させられました。内臓や顔面が…」
「す、すみません。もう…良いです。」
「ああ、これは申し訳ない。気分を悪くさせるつもりはなかったのです。ただ、当時の人達の恐怖とパニックをお伝えしたかった。お許しください。」
十分過ぎるほど伝わりましたよ。胸焼けどころか吐きそうです。
「まず、地球はその日の内に社会が崩壊しました。第三次世界大戦時の放射能の除去もとっくの昔に終り、再び陸地全土に住めるようになっていましたので人的被害も膨大でした。9割以上が24時間内に亡くなったと思われます。他の地球型惑星でも状況はほぼ同じようなものでした。この時点で既存の国家は全て滅びました。事実上、超高度機械文明の終焉です。」
文明の崩壊、終焉。SFで時たま見かけるジャンルだけど、現実はこんなにも悲惨なんだな。
「生き残って何とか脱出に成功した人は方々に彷徨います。そんな人達にある通信が届きました。それは『エイトアースは人間が確保している』そんな内容でした。」
ここでついに、エイアースが表舞台に出て脚光を浴びることになるわけか。あまり嬉しい登場の仕方ではなかったけどいよいよ核心に迫ってきたな。
「怪しい通信ではありましたが、もうそれ以外に頼りになる物もない難民となった人々は、ここエイアースに向かいます。果たして、そこには確かに人が文明と秩序を保っていました。」
「どうしてエイアースはAIの支配下にならなかったんですか?」
「幾つかの理由があります。一つは先ほども説明した通り、他の地球型惑星に比べて人口が極端に少なかったことです。エイアースは基本的に学者の惑星でした。学者とその家族が人口の大半を占めていたのです。そのため人口が少なく、効率化を推し進める必要性があまりなかったのです。」
田舎だった、てことなのかな。地方の、のんびりした雰囲気の場所でわざわざお金をかけて都市部のシステムを入れる必要がなかったのか。
「それでも、アンドロイドはいたんですよね?」
「もちろん、いましたよ。学者が研究の手伝いをさせたり、奥さんが家事の代行をさせたりしていました。それでも、その数は他の地域に比べると随分と少ないものでした。他地域では、人間の人口よりも多くのアンドロイドが活動しているのが普通でした。エイアースぐらいだったでしょうね。アンドロイドが人よりも少ない場所なんて。」
少ない人口に、さらに少ないアンドロイド。それで何とか対処できたという事か。
「起こった事実を冷静に分析する能力の有る人も多く、瞬時に対応出来ました。また、学者ですので『補助的にAIを使う事はあっても最後に結論を下すのは自分達人間。』このような意識があったことも幸いしました。エイアースは総人口の7割を喪失しつつも、何とか人の手で確保することが出来ました。」
それでも700万人近くが亡くなったのか! 一番ましなエイアースでこれじゃあ他の地域は推して知るべし、だな。
「そして、そんなエイアースに難民が押し寄せました。先ほども言った通り、1年で総人口を1割まで減らされましたが、それでも1200億人の人口がありました。そのほとんど、実に1000億人近くがエイアースがあるハインライン星系に押し寄せたのです。元の人口の1万倍です。当然、当時のエイアース自治政府は大混乱に陥りました。」
1000人しかいない村に、1000万人が押し寄せたらそうなるわな。と言うか…。
「エイアースって元々はどこの国の所属だったんですか? 大東亜皇国ですか?」
「ああ、失礼しました。実は、太陽系外の入植地と言うのは各国が共同統治という形をとっていました。新規入植地をどこかの国の物と定めてしまうと確実に争いが起こるため、入植者の定数を各国に平等に割り振って人員を送り込んだのです。現地はそのまま一定の権限を持たせた自治政府を置いて統治する。こんな形でした。」
「それじゃあ、1世はともかく、2世3世と時代を下るごとに国への帰属意識がなくなっていくのではありませんか?」
入植地の反乱を恐れていたのに随分と緩いやり方だな?
「その懸念は当時の政府上層部にもありました。帰属意識が薄まって独立心が生まれるのではないかと。それでもその方法を取ったのは、既存国家同士の争いを避けるためです。新規入植地を見つける度に火種になるなんて、無駄な労力を費やすだけですからね。独立運動は、現地にそれなりの権限を持った自治政府を自分達で成立させることにより反発心を和らげました。名目上とは言え、選挙次第で独立も可能と説明して極力運動が盛り上がらないよう工夫しました。」
「という事は、セカンドアースでの独立運動後では大規模な活動は起きなかったと?」
「ええ、そうです。さらに、太陽系の住人には入植地への感謝を忘れずに謙虚であるよう教育しました。その結果、セカンドアースでの独立運動後は目立った独立騒ぎは起きませんでした。」
それは良かった。事実上、人同士の戦争は太陽系内乱が最後だったという事だ。800年以上、大規模な衝突を起こさなかったことは大いに評価されるべきことだろう。
「さて、スグルさん。AI大戦ですが、どれくらい続いたか知っていますか。」
「…いえ、知りません。10年くらいですか?」
「違います。」
「それでは、20年?」
「違います。」
「え!? もしかして50年くらい続いたんですか?」
「いえ、800年です。正確には845年間続きました。」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい???」
え!? は、はっぴゃく……え、え??
「はっ! はっぱきゅへん!! どういう事ですか!! 1年で総人口の1割まで減らされているのに、どうやったら800年も抵抗を続けられるんですか?? 碌な武器もないのに!」
「奇跡が起きました。その武器が手に入ったのです。それも、当時入手できる最高の物が。」
? ますますわからない。軍も解体されているのに武器がある?
「スグルさん、セカンドアースでの独立運動騒ぎ後にアンリ・デュナン条約と呼ばれる軍縮条約が結ばれたとご説明したことを覚えていますか。」
「ええ、まぁ。」
「あの時、軍縮は確かに行われました。しかし、同時に裏である計画が進んでいました。西暦2639年。セカンドアースで独立の可否を問う選挙が行われていたまさにその年。クジラ座タウ星(12光年)にて、各国は秘密裏に共同で強力な宇宙艦隊の整備を開始します。目的はもちろん、入植地の独立を阻止するための切り札として、です。」
「えっ!? それじゃあ軍縮は…。」
「表向きのポーズです。言ったでしょう。外宇宙からの資源輸入で太陽系の経済は成り立っているのに、それの独立なんか許すわけないじゃありませんか。『今後は自治政府の許可と選挙という飴、宇宙艦隊による鞭を使い分けて統治する』これが当時の既存国家群の出した答えでした。入植地に知られたら、ただでは済みませんので隠蔽工作は入念に行われました。この計画を知っているのは政府と軍上層部の一握りのみ。中には計画を全く知らされなかった大統領や首相もいたそうです。」
口では良いことを言っても、裏では別の目的が蠢いている。人類あるあるだな。
「幸い、様々な入植地政策が功をそうした結果、この宇宙艦隊は一度も人間相手に使われることなく、西暦2900年頃にひっそりと廃棄されました。そして、AI大戦勃発時、この宇宙艦隊が人類の存続に決定的な役割を果たします。AIが反乱を起こしたその日、辛うじて地球から脱出に成功した一組の家族がいました。その家族はしばらく放浪したのち、先ほどの『エイアースは無事である』との通信を受信してハインライン星系に向かう事を決意します。しかし、慌てていた夫はシャトルの行く先座標の入力ミスをしてしまいます。シャトルがワープした先はハインライン星系ではなく、先ほどのクジラ座タウ星でした。」
「そこで先の廃棄された宇宙艦隊を発見したと。」
「その通りです。さらに幸運な事に、夫は軍事史の研究者でした。その艦隊が何であるのかを瞬時に理解します。どうやら、『口外不要の宇宙艦隊が建造されて、今も残っているらしい』という噂話は研究者達の間では有名だったようです。この情報はエイアースに届けられ、すぐに艦隊と整備工場を兼ねた要塞はエイアースに曳航されました。」
「では、その艦隊で反撃を行ったんですね。」
「いえ、事はそう簡単ではありません。そもそもですね、当時は表向き軍が解体されてから既に700年以上が経っていました。艦隊が放棄されてからも400年以上が経ち、軍人という職業自体が無くなっていました。武器と言えば、海賊に対応する宇宙保安庁の警備艇が関の山で、バリバリの宇宙艦隊の運用ノウハウを持っている人など皆無でした。最初は陣形を組むことはおろか、砲を照準に合わせることすら四苦八苦する状態で、戦う以前の問題でした。」
それじゃあ宝の持ち腐れだ。でも、そんな状態でどうやってAIの侵攻を防いだんだ?
「例え人がそんな状態であっても、艦隊の強力さは変わりません。AIによって宇宙保安庁の警備艇は全て奪取されてしまいました。が、それら警備艇を全く寄せ付けない防御力と攻撃力を持った艦隊にAIは手こずります。人類は辛うじてハインライン星系とガガーリン星系に防衛線を築くことに成功したのです。」
軍縮から700年以上が経ち、武器が退化の一途を辿っている最中に現役バリバリの戦闘艦が現れたらそりゃ太刀打ちできないのも当然だ。同じ人を圧し潰すために作られた物が、人を守る存在になった。皮肉と言うべきか、それともロマンと言うべきなのか。…あれ、ちょっと待て?
「その宇宙艦隊はAIの支配下に置かれなかったのですか? ハッキング等はされなかったので?」
物理的に破壊が難しくても、乗っ取ってしまえばそれでお終いだ。なぜAIはそれを行わなかったんだろう?
「それは簡単です。ハッキング出来なかったのです。と言うのも、OSが古すぎて当時のシステムとの互換性が全くなかったのです。分かりやすく説明するとですね。フロッピーディスクのドライブに、USBメモリを差し込もうとするようなものでした。」
表現が正しいかどうかは分からないが確かに理解できた。しかしフロッピーディスクか、今の若い子達にはもしかしたら分からないかもしれない。
それと…さっき教授はガガーリン星系にも防衛線を引けたと言っていたな?
「エイアースはともかく、ナイアースとテンアースも無事だったんですか?」
「ああ、失礼。説明しておりませんでしたね。もちろん、その二つも無事ではなかったのですが、何とか現地の人々が踏みとどまりました。ガガーリン星系は入植からまだ100年経っておらず、開拓が終わっていなかったため才気と情熱に溢れる若人が山のようにいました。彼らもまた、『最後は自分で判断する』癖を身に着けていました。状況を理解するとあの手この手でAIの邪魔をしました。おかげで救援が間に合いました。」
逆に言うと、既に開拓が終わり、安定が築かれていたセブンアース以前の生存圏はAIによる安寧にどっぷり浸かってしまい、対処が遅れてしまったと言う事か。
安寧を崩すことは難しい。それを実現するために使われた労力と時間、血と汗が多ければ多いほど、それを維持する事に固執して何も出来なくなってしまう。安寧を維持する事自体は悪ではない事が余計に変化を拒絶する。変化の結果、不都合が起きて安寧が崩れてしまうなら、大抵の人は維持する方を選択するだろう。
「ハインライン星系とガガーリン星系の一部を生存圏として確保した人類でしたが…そこから反撃に転じることは出来ませんでした。むしろ、その僅かな生存圏を守るのが精一杯でした。」
「どうしてですか? 船はこっちの方が圧倒的に強かったんですよね?」
「いくら強い船があっても維持、運用出来なければ意味がありません。先ほどもご説明しましたが、残された人類の中に艦隊運用のノウハウを持っている人など一人もいませんでした。積まれている兵器の製造どころか装甲版の鋼材一つ作れないのです。それらの知識と理論を文字通り、0から再構築しなくてはならなくなったのです。」
「装甲も作れないって…それじゃ、船の補充どころか修理も出来ないじゃありませんか!」
「直せません。1セットしかいない、2万隻の宇宙艦隊が人類の持てる全宇宙戦力でした。それらの修理も出来ない。加えて、AI側は大戦前の製造施設の大半を押さえていますから、材料さえあれば無尽蔵に警備艇と兵隊を作れます。いくら艦艇の能力に差があっても、常に数倍十数倍の量の相手をしなくてはならなかったのです。これでは反撃など夢のまた夢。AI大戦中は、残された生存圏を守るだけで一杯一杯でした。」
…ん? 戦争は800年続いたんだよな? 800年もあれば対抗策なり戦艦なりを作れそうなものだが?
「その800年でAIは何をしていたのですか? それだけの時間があれば戦艦の一つや二つ作れそうなものですが?」
「あー、そうですよね。そう思いますよね。」
教授が困ったような顔でポリポリと頭を掻く。今の質問に変な点なんかあったかな? 至極当然の疑問だと思うが?
「スグルさん。先に結論から言っておきます。AIは800年の戦争中、だたの一隻も戦闘艦を作りませんでした。最初から最後まで警備艇で戦い、一切の進化をしませんでした。」
ええ!?? なんだそれ? 人類にとっては幸運だけど、なんでまたそんな事に?
「AI側が、これを戦争だと認識していなかったからです。」
「…………………………………………は???」
戦争じゃない? これが? 一日で何千億人も殺しておいて戦争だとは思っていなかった?
「すみません。意味が分からないのですが?」
「スグルさん、思い出してください。そもそもAIが人類を攻撃した理由となった命令はなんでしたか。」
「ええと…『効率を最大化しろ』です。」
「その指示こそがミソです。AIはですね。一連の自分達の行動は、あくまでも人のためにやっていたんです。人に入力された命令をただただひたすら、愚直なまでに実現しようとしただけなのです。言い方は悪いですが、彼らから見れば人類の殲滅というのは、一種のバグ取りをしていたに過ぎないのです。」
バグ取り………だと……………。人は……虫か………。元IT企業の人間として、ふつふつと怒りが沸いてくる。デバックのために……1兆もの人が消えていったのか………。
「最初に、残念な理由とおっしゃっていたのは…これだったんですね。」
「ええ、そうです。彼らは…AIは自分達のやっていることが何であるのかを理解していませんでした。機械ゆえの悲劇です。」
悲劇か…。そんな言葉で片付けていい出来事ではない。一つの文明が完膚なきまでに崩壊したのだ。それに伴って膨大な犠牲も…。
「戦争だと思っていない。実は、これこそが人類が生き延びることが出来た最大の要因でした。戦争だという認識を持っていなかったため、人類側への攻撃は画一的で変化の無いものでした。また、補給網や情報網の寸断と言った行為も行われませんでした。」
補給や情報が攻撃の対象にならなかった? …………まさか!?
「もしかして…人類に『補給船や輸送船は襲われない』と言う認識を植え付けたのは…AI大戦が原因だったんですか!?」
「その通りです。AIからしたら、戦争じゃないのに補給や情報の寸断を行うのはおかしな話になってしまいます。AIは戦闘艦は狙いましたが、補給物資を積んだ輸送船を襲ったことは大戦中ただの一度もありません。人類も、最初は付けていた護衛を開戦から数年後には無くしました。襲われないと分かっているのに戦力を割く必要はありませんからね。情報に関する認識もそうです。AIは諜報活動や盗聴行為といった情報戦を一切展開しませんでした。そのため、人も下手な細工をやめたのです。」
将棋を指しているのに、『チェスのナイトを投入されたらどうしよう』と悩む人がいないように、相手が絶対にやらないと分かっている手段を恐れる人はいない。いや、それでもおかしい。
「防諜や補給路の確保に人が無関心なのはわかりました。しかしですよ。人類側はそれらをAI側に試したんですよね?」
向こうがやらないからと言って、こちらがやっちゃいけない理由はない。非人道的なことならともかく、諜報と相手の補給路の破壊は真っ先にやっておきたいことなはずだ。
「もちろん試しました。試したは試したのですが…上手くいきませんでした。」
「? それはどうして…。」
「それがですね、AI側は開戦直後から独自の言語を開発してそれで情報のやり取りを行い始めました。その独自言語の解析がどうしても出来なかったのです。」
AIが独自言語だと!? そう言えば、2017年にFacebookのAI研究組織が会話をさせていた2つの人工知能が、人には理解不能な独自言語で会話し始めたのでプログラムを強制終了したと発表して話題になった事があったな。中にはAIの暴走で人類の終わりだと主張する人もいたな。
「秒単位で進化するAI言語に、人類の解析は全く追い付きませんでした。結局、こちらも数年で諦められました。」
諜報、防諜といった情報戦に関する意識が無くなったのはこれか! 解析、分析も出来なければ、相手もやってこない。その状態が800年以上続いたとしたら…。「傍受とはなんだ?」になる訳だ。概念自体が忘れ去られるのに十分過ぎる時間だ。
「補給に関してですが、人類はそこに割けるだけの戦力が無かったことに起因します。守るだけで精一杯なのに相手の補給路遮断なんて出来ません。」
直すことの出来ない、貴重な艦艇を敵地に送り込むなんて出来ない。この判断自体は責められない。だとすると人類の打てる手は…。
「通信妨害等は行わなかったのですか?」
通信妨害。相手の連絡を遮断して混乱させ、自軍を有利に持っていく戦術。いくら兵士や兵器が優秀でも寸断され、孤立し、状況が分からなければ無力化は可能だ。
「もちろん、試されました。ですが…それを行った方が不利になるとしたら、都合が悪くなるとしたら、どうします。それでもやりますか?」
「えっ!? そりゃあ、不利になるくらいならやりませんよ。でも、相手の通信を妨害することが人類側に不利になるんですか?」
「なります。」
教授は断言した。
「AI達は、大本のネットワークに繋がっていればその大本の指示に忠実に従います。例外は一切ありません。しかしですよ。ここで人類が通信を遮断して大本から断ち切ってしまった場合。彼らはどうすると思いますか。」
大本のネットワークから切り離される? …………そうか、AIは何も単一の存在ではなく、幾つも集まった集合知みたいなものだったのか。コンピューターを一つ破壊すれば機能を停止するような物ではないからこそ、発生直後の人類は何の対処も出来なかったのか。
と、なるとその大本から切り離されたAIはどう動くか………。活動を停止する? いや、それならばなおさら通信妨害を行わない理由がない。切り離されたことによって人の側に不利になる……。戦争と思っていないAIは画一的………………………………あっ!!?
「独自の判断で…行動を開始した…?」
「excellent!! 素晴らしい!! まさにその通りです。中央ネットワークから切り離されたAIは、独自の行動を開始。結果、予想だにしない動きを見せて人類を翻弄したのです。この結果、人類はAIへのソフト面からの攻撃を完全に諦めました。残ったのはハード面。艦艇を強化や、戦場において如何に上手く立ち回るかの戦術のみとなりました。」
ソフト面からの攻略を完全に諦める。対人相手の戦争であれば100%、絶対にありえない事態だ。少なくとも、これまでの知識や常識が全く通じない敵を相手に、人類は生存をかけた戦いに臨まなくてはならなくなったのだ。
「防衛線を築けた。とは言っても、既に人類の生存圏はここ、ハインライン星系とナイアースとテンアースを有するガガーリン星系くらいになっていました。総人口も1割を切り、まさに人類絶滅まで幾ばくも無い状況に変わりはありません。ここから必死の抵抗が始まりました。その過程で、人類は生き残るために不要な物を次々と切り捨てていきました。最初に告げた通り、AIとの戦いは人類の全てを変えてしまいました。社会も、肉体も、何より精神を。文字通り、後戻り出来ないほど変質させてしまいました。」
正直、ここら辺の設定や架空史を考えている時はめちゃ楽しかったです。