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第31話 前史

 AI大戦。この言葉を聞いた瞬間、頭の中でデデンデンデデンと言うBGMと共に、アーノルド・シュワルツェネッガーの顔が思い浮かんだのはスグルだけではあるまい。

 同時に、この単語だけでこの世界の人々が機械化やロボットをあれほど忌避する理由も理解できた気がする。本当にターミネーターのような世界が来たとしたら。AIが、機械が人類に反旗を翻したとしたなら、その後の人々がそれらに極度の恐怖を抱くのは当然だと言える。むしろ、そうならなかったら嘘だろう。


「AI大戦はどうして起こったんですか?」

「それを知るために、そこに至るまでの歴史をおさらいしておきましょう。これをどうぞ。」


 教授はスグルにあるものを手渡した。それは年表だった。年と出来事が記載されている。


1914-1918 第一次世界大戦。死者行方不明者約1767万人、連合勝利。

1939-1945 第二次世界大戦。死者行方不明者約6200万人、連合国勝利


 ここまではスグルも知っている歴史だった。しかし、次の記載に驚愕した。


1983-1991 第三次世界大戦(通称核大戦)。死者行方不明者約2億1700万人 勝者無し、米ソ両超大国は崩壊。


「だ、第三次世界大戦!!?」


 なんだこれは!? 少なくとも、スグルの生きてきた世界でこんな大戦は起こっていない。死者数もさることながら、アメリカとソ連が崩壊した!?? どうなってんだ??


「おや、ご存じないのですか?」

「ご存じないと言うか…、起きていないんです。ソ連は確かに崩壊しました。ですが、それは直接の原因はクーデターで。間接的には共産体制が限界を迎えてのことだったはずです。」


 スグルの言葉に教授は「うーん。」と考え込んでから。


「という事は…スグルさんは純粋な過去の人間とは言えないようですね。これほど大きな出来事が起こっていない。となると、パラレルワールドからやってきたという事になりますかね?」


 パラレルワールド…か。確かに、この世界に来た時に真っ先に思い浮かんだことだ。それにしても…まさか異世界の未来に紛れ込むとは!! 何と言うか…ほっとした。そうか、ここは純粋な未来じゃなかったのか。


「その後の歴史で違うところはありますか?」

「すみません。私は西暦2020年の時にこっちにきたんです。それ以降の歴史に関しては全くわかりません。」


 世界史レベルで知っている事と言えば、中国初の新型コロナウイルスが世界的流行をしたことと、東京オリンピックが翌年に持ち越されたことぐらいしか知らない。2021年以降は完全に門外漢だ。コロナが何時収まったのかも、オリンピックが無事に開催されたかどうかもわからない。


「そうでしたか。それでは、それ以降は私が解説いたしましょう。まず、大きな出来事は2073年に始まった第四次世界大戦です。人類が初めて、一つの政体に統合された歴史的事件でした。」


 年表に目を落とすと確かにその出来事が載っていた。


2073-2083 第四次世界大戦。死者行方不明者約7億5950万人、人類統一機関設立。


 ………なんだこの死者数は? 核戦争よりも死者行方不明者が多いって何があった?


「あの…、死者行方不明者数がおかしくないですか? 核戦争の3倍以上も犠牲者が出ていますが?」

「おかしくありませんよ。何せ国対国の戦争ではなく個人単位の戦争でしたから。」


 個人単位? どういう事だ?


「西暦2050年頃より、過去の大戦を反省して人類は一つになるべきだという思想が生まれました。地球(人類)統一主義と言います。これがあらゆる国の人々の間で支持されるようになりました。その思想は既存の国家主義と当然のように衝突しました。その結果、史上初にして唯一の。国家対国家ではなく、個人単位の戦争になったのです。地球上のあらゆる都市、町、集落、コミュニティで統一主義者と国家主義者が衝突する事態となりました。家族内ですら衝突があったと聞いています。」


 嘘だろ…。まさか…その影響で家族制度が?


「戦争は統一主義者達が勝利しました。ですが地球全土が焦土と化し、人の住めない居住不可能地域が全陸地面積の3分の1を超える悲惨な結果となりました。もともと第三次世界大戦の放射能の影響で、大戦参加国の主要メンバーがいた北半球は陸地の半分が人の住めない土地になっていました。戦後に除染が行われましたが、当時の除染技術では3分の1が恒久的に住めない汚染地域となってしまっていました。そのため、さらに影響が大きかったんです。その数字は嘘ではないです。」


 思わず目を覆う。この世界の人間は馬鹿じゃなかろうか。いや、元の世界も一歩間違えればこの世界と同じことになっていたかもしれない。決して他人ごとではない。


「人類統一機関を経て西暦2100年。人類史上初の全人類統一政体、人類連邦が発足しました。体制は民主共和制で、あらゆる差別を禁止した平等主義を国是とし、暦も統一歴に変更されました。この人類連邦の元で人類は大きな飛躍を遂げることになります。年表をご覧ください。」


統一歴5年(西暦2104年)月面に人類初の本格的な宇宙植民都市、アルテミス市が完成。

統一歴26年(西暦2125年)人類の総人口が100億人を突破。人口問題解決のため火星への入植を開始

統一歴49年(西暦2148年)小惑星帯メインベルトに進出。小惑星の資源回収のため宇宙コロニーの建造開始

統一歴90年(西暦2189年)木星以降の外惑星系開発のため、完全自立型宇宙コロニー、フロンティア1が完成。以後、同じようなコロニーが幾つも作られて200年近くに渡り太陽系の開発が進む


 促されて年表を追って見ると、確かに凄い。人類連邦が出来て僅か5年後に月に入植し、さらに21年後には火星まで手を伸ばしている。その後も順調に開拓しているようだ。まさに黄金時代と言っても差し支えないだろう。


「順風満帆だった人類連邦も成立から300年近くが経つと淀み始めます。この頃、総人口は1000億人を突破していましたが、太陽系の開発がほぼ終了して不景気の兆しが見え始めます。当時、まだ外宇宙へ進出する術を持っていなかった人類は、太陽系内のみが活動範囲でした。この時に、もしもワープ技術が開発されていたなら、今でも人類連邦は続いていたでしょう。」

「そうおっしゃるという事は、連邦は崩壊したんですね。」

「その通りです。それも不景気の兆しが見え始めた後、僅か10年余りで滅亡しました。」


 10年!? 早すぎないか? そもそも不景気になったからと言って、必ずしも国が崩壊するとは限らない。何があった?


「問題だったのは不景気以上に政治家達でした。その頃、世襲政治家達の専横が余りにも酷かったのです。」

「世襲政治家? 人類連邦は民主主義で平等主義ではなかったんですか?」

「政体は間違いなくそうでした。ですが、どんな政体でも抜け穴はあります。スグルさん、人類連邦が成立した時、政治家達の出身地はどこだと思いますか。」

「? えっと…地球?」

「その通りです。連邦成立当時の政治家たちは皆、地球出身でした。これは当然ですね。」


 そりゃそうだ。まだ宇宙に一つの移住もしていないのに宇宙を地盤とした政治家なんているわけが…………………………………………!?


「まさか! 地盤が問題だったんですか!?」

「素晴らしい! まさにその通り、地盤が問題でした。」


 教授は嬉しそうに手を叩き、ホワイトボードを持ってきてそこに図を書きながら説明してくれた。


「月や火星、そして宇宙空間に浮かぶコロニーが出来た時、そこを地盤とする政治家も現れました。初期は才能があって理想と情熱に燃えた、若き政治家達が雨後(うご)(たけのこ)のように現れて大いに活気づきました。しかし、そんな彼らに立ちはだかったのが、地球を地盤とした政治家達でした。」

「元々巨大な人口を抱える地球。そこを地盤とした政治家達の、祖先から受け継いできた後援組織の強固さと、知名度。なにより資金力で大きく不利だったんですね。」

「全くもってその通りです! 連邦成立初期はまだ良かったのです。筋や道理を弁えた地球出身の政治家がいました。しかし、そうした人達が亡くなり、太陽系の開発が進んでもそこで生み出される利益のほとんどを地球に吸われてしまう構造になっていくと、彼らは特権意識を隠しもせずに宇宙出身の政治家達を押さえつけました。不景気なってもこれまで通りのノルマを課す地球に反発した各植民地では独立運動が活発になりました。至極当然の流れです。」


 当たり前だ。凶作なのに豊作時と同じ年貢を納めろと言われたら誰だって反発する。


「統一歴291年。フロンティア1で大規模な独立要求デモ発生しました。連邦政府はこれを徹底的に弾圧しました。それに対して他の外惑星系宇宙コロニーも反発、独立運動が激化します。」

「弾圧!? 民主共和制の国で弾圧ですか?」

「地球を地盤とした政治家達にとって、受け継いできたこれまでの利権構造が崩れることは絶対に容認できなかったのです。当時、軍は連邦成立と同時に解体されていました。「敵がいないのに軍を維持する意味があるのか?」と言う理由でです。ですので政府は警察を使って治安維持の名目で弾圧したのです。」


 信じられん。仮にも民が主体の政体でそんな事が起きるとは…。


「2年後の統一歴293年。フロンティア3が独立宣言を行いました。これに対して連邦政府は分離主義者制圧の大義名分を掲げて国家非常事態宣言を発令。選挙停止、並びに連邦政府発足時に解体された軍隊の再保有を宣言します。これには月や火星といった内惑星系の宇宙植民都市も反発しました。最早、衝突は避けられなくなったのです。」


 選挙停止だって!? マジかよ!?? 何を考えてそんな事を…。いや、ひたすら利権を維持する事のみに執心する政治家にとってそこら辺はどうでもいい事か…。


「そして、ついに決定的な事件が起きてしまいます。統一歴296年。連邦政府はフロンティア3に対して核攻撃を敢行しました。フロンティア3は崩壊、死者約10億8000万人。通称、フロンティア3の悲劇、もしくは惨劇と呼ばれるこの事件を切っ掛けに各フロンティアは猛反発して次々と独立を宣言。反地球連合を結成し、武装化します。」


 嘘でしょ…。本気で何考えてんだ………。


「フロンティア3の惨劇に対しては、月や火星の各植民都市も非難声明を出しました。それに対し、連邦政府は空気、水、食料と言った生活必需品の供給を停止します。」

「えっ!? そんなことして大丈夫なんですか?」

「大丈夫な訳ありません。当時、月や火星と言った初期の植民コロニーには自力でそれらを作る能力がありませんでした。あっても試験のための小規模な物しかなく、空気・水・食料の大部分を地球に頼っていました。実際に、開発初期は現地で作るより地球から持ってきた方が効率がよかったのです。地球から近いことがこの時になって災いしました。地球にとっては都合のいい事です。言う事を聞かないとどうなるか。まさに植民地です。」


 これは…民主主義の皮を被った別物だ。完全に専制政治になっている。


「この暴挙に対し、フロンティア連合は救援作戦を開始します。阻止しようとする連邦政府艦隊と、フロンティア艦隊との間で人類初の大規模宇宙戦闘、火星上空戦が勃発しました。この時点で事実上、人類連邦による統一政体は崩壊しました。」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。頭が痛くなってきた。


「そ、そこまでやって…肝心の地球市民は何も感じなかったんですか?」

「いえ、流石に地球でも政府の対応に非難の声が高まり、大規模なデモが地球各地で頻発しました。政府はこれも弾圧。死者は約1億人を数えます。」


 肝心のお膝元でもそれかよ………。


「さらに、フロンティア艦隊による月、火星への救援作戦が失敗。飢餓と窒息による死者は100億を超えました。」


………。

 

「この事態に流石の連邦政府内でもクーデターが発生します。クーデター派は大統領を始めとした主要閣僚の殺害に成功しますが、クーデター派自身も直後に空中分解してしまいます。どうやら奪った利権の分配で揉めたようです。それに伴い旧国家群が次々と独立を宣言。統一歴299年、西暦2398年。人類連邦は完全に崩壊しました。フロンティア側も月、火星救援の失敗の押し付け合いに終始してしまい、反地球連合は自然消滅。以後、太陽系は約100年に及ぶ戦国時代に突入します。俗に言う太陽系内乱が勃発したのです。」


 人口増加ボーナスに加えて開発しがいのある土地が幾つも転がっていたら、それは好景気にならない方が嘘だろう。かつての高度経済成長期の日本と同じだ。ベビーブームを背景とした国内市場の拡大と国土開発が重なり、空前の経済成長を遂げて世界に躍り出たあの時の日本と。

 同時に、開発できる土地が無くなり、人口減少が始まるとそれを前提としていた経済はあっという間に崩壊した。政治家もそれに対応できず、失われた20年とも30年とも言われる停滞期に入ってしまった。まさに人類連邦は日本と同じ道を辿り、図体がデカいがゆえにもっと巨大な惨事を引き起こしたのだ。


「少し、休憩しますか?」

「…いえ、大丈夫です。続けて下さい。」


 教授はその時点で何も出していなかったことを詫びて、紅茶とお菓子を用意してくれた。


「太陽系内乱は104年に渡って続き、西暦2502年にようやく終わりました。内乱時の特筆すべき点は、フロンティア3の生き残りによる地球への小惑星落下事件。通称、オペレーションガイアブレイクが発生したことくらいですね。死者8億1000万人を出したこの事件で地球の全陸地の1割が海に沈みました。」


 あっさり言う教授だが、内容はとんでもない。気持ちはわからないでもないが、そこまでやるか。


「当時の残存国家による停戦条約、コペルニクス条約(月にあるクレーター)が締結されてようやく終わった太陽系内乱でしたが…人類の人口は200億人まで激減していました。」

「なっ!? 5分の1ですか!??」

 

 何をどうやったらそんな事になるんだ? 700億人が100年で消えるって…。


「致し方ありません。なにせ、コロニーを一つ破壊しただけで何千万、何億もの命が消えていくのです。それが幾つも繰り返されたらこうなりますよ。先のオペレーションガイアブレイクも、死者数が最大だったと言うだけで被害の規模が特別大きいわけではないんです。」


 いやいやいや。おかしいでしょう! 完全に、人類全体が常軌を逸した状態になってる。


「とにもかくにも戦争は終わりました。ようやく、平和が来ると信じていた人々に再び戦争の危機が迫りました。」

「まだやるんですか!?」


 これだけの事をやっておいてまだ懲りないのか!?


「それだけの価値があるものだったからですよ。」

「?」

「西暦2512年。戦争が終わってちょうど10年後。当時の有力国家の一つ、神聖大東亜皇国連邦(略称、大東亜皇国)にてワープ理論が完成しました。」


 ………はい? 大東亜皇国?


「あ、あの教授。その大東亜皇国というのは?」

「おっと、すみません。この国は人類連邦崩壊後に出来た新興国です。と言っても、元は地球の極東地域に存在し、日本皇国と言われていた国がベースになっています。この日本国は人類連邦が成立した時に一度消滅してしまいましたが連邦崩壊後に復活したんですね。」


 日本…なんと、なんと懐かしい響きだろう。もう二度と、生涯聞くことはないと思っていた単語を聞いて思わず目頭が熱くなってしまう。郷土愛も愛国心も、意識したことなかったんだけどな…。


「大東亜皇国は地球上では日本、台湾、東南アジア諸国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、他のオセアニア諸国。宇宙にもいくつかの居住コロニーをもつ、当時の主要5か国の一角でした。政体は立憲君主制。皇室は、日本が人類連邦に吸収されて消滅後も残り、日本が復活した後も「君臨すれども統治せず」を貫きました。」


 ふぁっ!? なにその大東亜共栄圏。何をどうやったらそんな事が起きる?


「あの、日本はその国々を征服したんですか?」

「いいえ、違います。当時、人類連邦が崩壊したことにより旧国家が再独立したと言いましたが、その独立国の内情は混乱の極みでした。元々、先進国だった日本とオーストラリア、ニュージーランド、インドはともかく、東南アジア諸国は国家機能の維持すらままならないほどの財政難と人材難に苦しんでいる状態でした。そんな国々を虎視眈々と狙っていたのが、ユーラシア人民主権主義共和国連邦。かつて、ユーラシア大陸に存在し、連邦崩壊に伴って再独立を果たした中国とロシアが中心となって成立した国家で、大東亜皇国と同じく当時の主要5か国の一角でした。覇権主義が強かったユーラシア連邦は、東南アジア諸国に甘い顔で近づきました。彼らとてユーラシア連邦の覇権体質は知っていましたから容易には気を許しません。ですが金と人材の力には勝てません。連邦加盟やむなしとなった時に現れたのが日本皇国でした。」


 そこでこの世界の祖国の登場か。対応が遅いと思うが、それはもう日本のお約束と言うべきなのか?


「同じく人類連邦から再独立した日本ですが、内情はお寒い限りでした。当時の日本皇国は技術力と資金力は一定の評価を受けていたものの、少子高齢化による労働力不足に悩まされていました。そこで国家機能の維持すらままならないほどの財政難と人材難に苦しんでいる各国に対して日本が資金と技術、そして官僚機構を提供する代わりに有り余っている労働力の提供を求めたのです。各国政府はこれに飛びつきました。こうして生まれたのが大東亜連邦です。その後、ユーラシア連邦の台頭を危惧する台湾、オーストラリア、ニュージーランドも加入して、最終的に神聖大東亜皇国連邦とその名を変えました。当時としては珍しく、武力を使わずに勢力を拡大した稀有な国家でした。」


 何と言うか…日本らしいな。しかし、よくそんな名称を他の国が許したな。一概に良い国とは言えないのかもしれない…。


「その大東亜皇国が2512年にワープ理論を完成させ、2年後の2514年にワープエンジンの実証実験にも成功すると情勢がにわかに緊迫し始めました。先のユーラシア連邦が発起人となって他の主要3か国を巻き込み、大東亜皇国に圧力をかけたのです。」

「ワープエンジンを軍事利用される事を危険視したんですね。」


 自由自在に空間を行き来できる技術なんて脅威以外の何物でもない。何が何でも阻止したいはずだ。

 しかし、教授の答えは意外な物だった。


「違います。当時のワープ技術は小回りが利くものではありませんでした。星系内を移動できるものではなかったのです。問題だったのは他の星系に行ける事でした。」


 他の星系に移動できる。………なるほど…こいつは……。


「大東亜皇国のみが外宇宙に進出して領土を拡張できる。そこにある資源も独占して取り放題。」

「素晴らしい! 正解です。他国が恐れたのは正にそれでした。それ故に、ワープ技術の解放を求めて圧力をかけたのです。」


当然。大東亜皇国側も苦労して開発した技術を開放するなんて要求は飲めない。なるほど、戦争になるのも無理はない。


「それではまた戦争が?」

「いいえ、起きませんでした。」


 おや? お膳立てが完全に整っているのにならなかったのか?


「100年以上続き、総人口の8割が失われた大戦争からたった10年余りしか経っていないんですよ。ようやく復興の兆しが見えてきたところでの再戦争なんて…民衆のほうがNoを突き付けました。主要5か国はもちろん、あらゆる国で反戦デモが起き、各国政府は対応に追われました。その規模と内容は凄まじく、鎮圧すべき警察や軍が非番の日にはデモ隊に参加しているような有様でした。」


 軍人が反戦デモに参加する。これではどう足掻いても開戦なんて不可能だ。厭戦感情は政府の予想を遥かに超えていたんだな。


「西暦2517年、ついに大東亜皇国はワープ技術を人類の共有財産として世界に公表します。これを受けて各国も協調路線に転換し、ようやくデモは鎮静化しました。」


 大東亜皇国としても苦渋の決断だったかもしれない。しかし、仮に戦争になってしまった場合、皇国の敗北は確実だ。自身と同じレベルの国力を持つであろう主要4カ国相手に勝利はまずあり得ない。敗北不可避の戦争を避けるためにも、致し方なしと判断したんだろう。


「西暦2523年。主要5カ国を中心とした有志各国による共同融資で外宇宙開発事業団が発足します。2529年には太陽系に一番近い恒星、プロキシマ・ケンタウリに進出。2540年にはそのプロキシマ・ケンタウリに人類初の太陽系外活動拠点ウラノス基地が完成。以後近隣の恒星系への進出が本格化します。」


 は、早い。ワープ技術が解放されてから僅か23年で外宇宙への足掛かりを作ったのか!?

いくら近いとは言っても、プロキシマ・ケンタウリは太陽系から4光年強は離れている。基地を作る資材を持っていくだけでも相当な困難を伴ったはずだ。


「随分、急ぎましたね?」

「そう思いますか。でも、これも無理からぬ事情があったのです。」


 教授は、今度はパネルを取り出して説明してくれた。


「太陽系内乱が終わった時、太陽系内の資源はほとんど取り尽くされていました。戦争のために資源を際限なく掘った結果です。内乱が終わった理由も、資源と人材の深刻な不足で戦争を続けられる体力をどの国も喪失したためです。当時、地球の資源は取り尽くされて輸出できる鉱物資源は一つもなく、手に入る資源は木材くらいしかないと言われるほどでした。他の天体も似たり寄ったりで、太陽系内の資源は26世紀中に枯渇するだろうと予想されていました。」


 ワープ理論が完成した2512年の時点で、太陽系内の資源枯渇まで100年を切っていたのか。これじゃ戦争を起こしてでも、と思うのも無理はない。それにしても、停戦も人の意志でやったのではなく、単に続けられなくなったからだとは…。もしも資源がまだあったなら、もっと続いていたという事か? 呆れ果てるな。


「資源確保はどの国にとっても喫緊の課題だったのです。多少無理を押してでもやる価値がありました。その努力は報われます。年表をご覧ください。」

「…!? こ、これは!」


 そこには、人類史上最も価値のある発見が記載されていた。


西暦2554年 とけい座GJ 1061(12光年)にて移住可能な地球型惑星GJ 1061ⅽを発見。


「凄い! これは喜んだでしょうね。」

「ええ、世界中が快挙に沸き立ちました。ウラノス基地完成から14年。ワープ理論が完成してから僅か42年でこの快挙です。宇宙探査、開発、開拓は一気に熱を帯びました。」


 当然だろう。無限に広がるフロンティアがそこにあるのだ。そうでなくとも資源の枯渇に怯える人類にとって、これは福音以外の何物でもない。


「15年後の2569年。各国から選抜された10万人によるGJ 1061ⅽへの入植が開始。GJ 1061cは名称を改められてジュールヴェルヌ星系、第2惑星セカンドアース。愛称オケアノスと名図けられました。」


 人類史に残る大偉業にして一大事業だ。選抜者達は選りすぐりの精鋭に違いない。選抜に15年もの歳月を費やしたのは、絶対に失敗が許されないミッションだったからか。無論、移動用の移民船の建造にも時間がかかったんだろうけど。


「ジュールヴェルヌ星系からの資源により、太陽系の復興は本格化します。好景気が到来し、人々の外宇宙への熱は高まることはあれど低くなることはありませんでした。それを後押しするかのように、続けて居住可能惑星が見つかります。」


西暦2598年 おひつじ座ティーガーデン星(12光年)にて地球型惑星ティーガーデン星cを発見。

西暦2614年 ティーガーデン星cに入植開始。ツィオルコフスキー星系第2惑星サードアース。愛称コイオスと命名。


「最初の太陽系外移民から半世紀も経たないうちに次の星系に入植ですか。」

「ええそうです。いかに人々が熱狂していたかがわかります。しかし、同時に再び厄介な問題が立ち上がりました。」


 厄介な問題? 腹一杯食べれて夢も希望も持てるのに?


「西暦2637年。最初の移民先、セカンドアースで独立運動が活発化したのです。移住から68年が経ち、移民した人の2世、3世の時代になっていました。彼らは太陽系への帰属意識が薄く、自分達の正当な利益が太陽系に吸われていることを不満に思っていました。まさに、人類連邦と同じ構図です。」


 あちゃー、そう来たか。既に太陽系を飛び立って四半世紀以上が経っていれば、自分達が地球人類と言う意識が薄れても仕方がないのかもしれない。


「それは…まずいですね。」

「ええ、とてもまずい状況です。各国は頭をかかえました。しかし、人類連邦と同じ過ちを繰り返すわけにはいきません。翌年の2638年。外宇宙植民地の選挙による独立許可、並びに各国の軍備放棄を謳うアンリ・デュナン条約が締結されます。入植者達は合法的に独立することが可能になったのです。」


 おお! それは凄い! 流石にこの世界の人類も学んだか。


「この条約を元に、セカンドアースで2639年。初の独立の是非を問う選挙が行われます。結果は僅差で独立反対派が勝利しました。」

「えっ!? 意外ですね? てっきり独立派が勝つものだと。」


 スグルの指摘に教授は人差し指をチッチッチと揺らして。


「甘いですね。既存国家はそんなに優しくありません。そもそも当時、入植地からの資源が無ければ経済が成り立たなくなっていた太陽系が、本当に植民地を手放すと思いますか。」

「えっと…それじゃあ。」

「各国は独立賛成派の切り崩し工作と独立反対派への大規模な支援を敢行します。独立を許す気などサラサラなかったのです。先の条約も、入植地の不安と反感を和らげるためのものでしかありませんでした。」

「では、軍備の縮小は行われなかったのですか?」

「いえ、それは行われました。太陽系内乱からすでに136年が経ち、金食い虫の軍隊を維持する必要が無くなった。との理由から軍隊の順次縮小、廃絶は確かに実行されました。しかし、これにも裏があります。まぁ、それは後に取っておきましょう。」

「?」


 首を傾げるスグル。だが教授は構わずに先を続けた。


「入植地の独立という心配が無くなった各国は、ますます外宇宙探査を押し進めます。ご覧ください。」


西暦2654 さそり座グリーゼ667(22光年)にて地球型惑星グリーゼ667Ccを発見

西暦2674 グリーゼ667Ccに入植開始。ロバートゴダード星系第2惑星フォースアース。愛称ヒュペリオンと命名。

西暦2706 みずがめ座トラピスト1(39.4光年)にて地球型惑星トラピスト1dが発見される。

西暦2740 トラピスト1dへの入植開始。ヘルマンオーベルト星系第3惑星フィフスアース。愛称クレイオスと命名。

西暦2774 がか座HD40307(42光年)にて地球型惑星HD40307gを発見。

西暦2806 HD40307gは大気に有毒な成分が含まれていたため入植は難航。除去装置を導入しての入植となる。HD40307g改めフォンブラウン星系第6惑星シックスアース。愛称イアペタスと命名。


「立て続けに入植していますね。距離も順調に伸びている印象を受けます。」

「そうでしょう。しかし、ここから一気に外宇宙探査はその難易度を高くします。」

「?」

「人類はこの時、ある思い違いをしていました。「地球と同じ環境を持つ惑星はごまんとある。」そう思ってしまったのです。最も、これだけ立て続けに発見されたらそう思うのも無理はありません。しかし、年表をよく見て下さい。地球型惑星発見と、入植のスパンが長くなってきているでしょう。」


 …本当だ。最初のセカンドアース発見から移民には15年の歳月で済んでいたものが、シックスアースの時には32年もかかっている。純粋な距離の問題と思っていたけど、教授の話ぶりからすると違う要素があるのか?


「シックスアースは記載の通り、大気がそのままでは人体に有毒だったためフィルターで除去しながらの入植になりました。フィルターでこした空気を居住区に流す形ですね。そのため時間がかかりました。しかし、それ以外の問題がありました。選抜競争の過熱化です。」

「選抜競争の過熱化?」

「実は、その年表には地球型惑星への入植のみが記載されているのです。そうではない、つまり大気をもたない惑星や小惑星。宇宙コロニーの建造は記載されていません。」


 あっ!? そういう事か。考えてみれば内乱以前に完全自立型コロニー、フロンティアの建造に成功している人類が、外宇宙でそれを作っていないわけがない。ウラノス基地は初めて太陽系外に作られたコロニーだったから記載されていたのか。


「新しい入植地に人が入る度に新しい利権が生まれます。資源が豊富なところなら尚更です。ましてや地球型惑星なんて…想像がつくでしょう。」


 なる…ほど。出来立てほやほやの、将来性抜群の利権に絡もうと必死な光景が目に浮かぶ。

 汚い金が動き、工作も随分やられているはずだ。


「入植地への移動よりも、選抜の方に膨大な時間と労力を取られるようになっていったのです。そして、先ほど言った通り、地球型惑星は中々見つからなくなってきました。正確には条件の合う、移住に適した環境を持つ地球型惑星は初期の人類が思っていたほど多くなかったのです。」


 そりゃそうだ。むしろ今までが出来過ぎと言っていいくらいだ。人類に都合のいい環境を持つ地球型惑星がそこら辺に転がっていると思う方がおかしい。思い上がりも甚だしい。


「シックスアース発見から134年後の西暦2908年。久しぶりに移住可能な惑星K2-72eがみずがめ座K2-72(227.7光年)で発見されました。しかし、200光年以上離れているうえにシックスアースと同様、大気に毒ガスが含まれていたため入植は難航。2947年にようやく入植出来ました。」


西暦2908 みずがめ座K2-72(227.7光年)で地球型惑星K2-72eを発見。

西暦2947 K2-72eに入植開始。200光年以上離れているうえに有毒ガスが大気に含まれていたため入植は難航。セルゲイコロリョフ星系第4惑星セブンアース。愛称クロノスと命名。


 年表に目を落とす。39年もかかっている。これじゃあ熱気も冷めていくのでは?


「次の地球型惑星はさらに難航しました。セブンアース入植後の実に305年後。地球型巨大海洋惑星ケプラー22bがはくちょう座ケプラー22(620光年)で発見されました。この惑星はハインライン星系第1惑星エイトアース。愛称ポセイドンと命名されます。」


 …ポセイドン……? ポセイドンって……たしか………


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『そういうことじゃから早うポセイドンに帰って来ておくれ。そして2人を守ってやってほしいのじゃ。』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「っ!!? ポセイドン!! 教授! ポセイドンって確か…このエイアースの…まさか!!?」


 教授はニッコリして言った。


「その通りです。エイアースは元々、エイトアース。つまり、8番目の地球と言う意味で呼ばれていたんですよ。それが時代と共に徐々に省略されてエイアースになったんです。」

「でも! ある人は、昔はポセイドンと言っていたって…」

「ええそうです。今までの地球型惑星には愛称がありましたよね。皆、こちらで呼んでいたのです。それを禁止したのは政府です。理由はまた後程説明します。なにせ、これから起こるAI大戦の、ある意味で犠牲者ですからね。」


 犠牲者? どういう意味なんだろう?


「さあ、ここからが本題です! 300年ぶりに発見された地球型惑星エイアースですが、その入植は希望に満ちたものとはなりませんでした。当初のエイアースはハズレ案件として人々をがっかりさせたのです。」


架空史がしばらく続きます。

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