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人類存続機構  作者: 青山
13/50

第13話 エイアースの一番長い日

 翌日、姉妹とグレースママに一旦別れを告げて艦に戻る途中、シーバーがけたたましい音と共に震えだした。

 これは…たしか、訓練時に習った軍の非常招集のサイン!?

 直後に大尉から連絡が入った。


「スグル、今どこにいる?」

「艦に戻る途中です! 空港まであと20分足らずです。すぐに戻ります!!」

「落ち着け、艦に戻る必要はない。エイアースの最高司令部に来い。マップで表示されるからわかるはずだ。」

「了解です! 何があったんですか?」

「それは着いてから話す。とにかく急げ。」


 マップを確認すると、左手に大きな建物が見える。少し離れているが改造手術を受けたこの身なら着くのにそう時間はかかるまい。

 クラウチングスタートの姿勢をとり、一呼吸すると一気に走り出した。




「すみません大尉、遅れましたか?」

「いや丁度皆集まったところだ。」


 最高司令部に着くと、正門入り口でブリーフィングルームに行くよう案内された。

 建物に入ってすぐの階段を上り、突き当り奥の部屋に入ると同じエコー分隊のメンバーが既に集まっていた。エコー分隊以外にも沢山の遊撃隊のメンバーが集まってくる。


「一体何が起きたんです?」

「最悪の事態だ。このハインライン星系の外縁部にバグズ共の艦隊が現れた。多数の揚陸艦を伴っていることから、エイアースに乗り込んでくるつもりのようだ。」


 なぁっ!!? ついに、人類の本拠地たるエイアースにまで敵の魔の手が伸びてきたのか!


「なおさら艦に戻らなくていいんですか!?」

「パイロットや艦のクルー達は戻っている。だが我々まで宇宙に上げる余裕はない。我々遊撃隊は地上で奴らを迎え撃つ。」

「地上で迎え撃つって…市街戦をやるんですか!?」


 そんなことになったら民間人にどれだけの被害が出るか想像もつかない。

 彼女達とママの顔が脳裏に浮かぶ。


「それ以外に方法がない。非戦闘員には既に避難命令が出されている。シェルターへの移動が始まっているはずだ。被害を減らしたかったら地上(ここ)で踏ん張るしかない。」

「でも…装備はどうするんです?」


 そう、スグル達の装備は艦に置きっぱなしだ。まさか丸腰で戦うのか?


「それについては心配するな。突入ポッドに装備一式詰め込んで降ろしてくれるそうだ。」


 ああ、なるほど。あのポッドはそういう使い方も出来るのか。


「しかし…とうとうエイアースまで来てしまいましたか。」

「……返り討ち。」

「人類の年貢もここまでですかねぇ…いてっ! 隊長、すみませんすみません!」


 ジェイド中尉、ギルダー中尉も不安そうだ。ダーム少尉は口開く前に、少し考えたほうが良いですよ。


「制宙権はなんとかなる。アデルバード大尉がいるし、何よりブルトゥス将軍が指揮を執っているんだ。先の撤退戦でも、トカゲとネズミの艦隊を退けたあの方が指揮する以上負けはない。それ故に上陸して来た奴らは我々で叩き潰す。絶対にシェルターへの侵入を許してはならない!」

「「「「了解」」」」


 これは…今日は長い一日になりそうだ。




「無事に装備が届いて良かったですね。」

「ああ、緊急発進時にも関わらず降ろしてくれたクルー達に感謝だな。」


 スグル達の装備は数時間後に無事に突入ポッドを介して届けられた。

 他の遊撃隊達の装備も纏めて降ろされたため、自身の装備を得ようと一斉に皆が動き、一時大混乱に陥りかけたが流石に軍隊。隊長クラスが揃って声をかけると、皆統制を取り戻して順に装備を受け取り、最終的には全ての兵が装備を受け取って、敵の上陸前に都市の各所への配置が済んでいた。


「しっかし最高司令部に配置されるとは…こりゃあ激戦確実ですぜ。」

「虫共がここを最高司令部と知っているならな。流石にそんなことはあるまい。」


 …だといいけど。何だが無性に心配になってきた。

 スグルは初陣後のパーティーで大尉が言った言葉を思い出した。


「通信を傍受されたとかは?」

「………………………………傍受とはなんだ?」


 あの時は酒が回っているんだろうと無理矢理自分を納得させたが、やはりどう考えてもおかしい。

 軍人が傍受の意味を知らないなんてありえない。


「ジェイド中尉、ちょっといいですか?」

「どうしたんだい? そんな小声で。」

「ジェイド中尉は傍受という言葉をしっていますか?」

「傍受? いや知らないなぁ。それは一体なんだい?」

「………いえ、何でもないです。すみません。」

「?」


 やっぱり妙だ。何故軍人が、自分たちの通信を相手に読まれている可能性を全く考慮していないんだ?

 いくら相手がエイリアンだからと言っても。いや、エイリアンだからこそ通信内容を分析するくらいはするはずだ。

 それに対する警戒心が無いということは、人類は敵の通信や言語を解析する努力を全く行っていないことになる。

 逆説的に考えるとどうしてもそう結論付けざるをえない。

 そんな状態で200年も戦ってきたのか。もし今の推測が正しければ、最近の人類の苦戦は容易に想像がつく。むしろよく200年ももったな。


「このままじゃ…勝てない……。」

「エコー5、何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。」

「あの姉妹の事が気になるのかも知れないが…守りたければ目の前の事に集中しろ。失ってから嘆いても後の祭りだぞ。」

「はい…申し訳ありません。」

「なんだなんだ。スグル少尉殿は気になるお相手が見つかったんですかいw」

「ダーム少尉、茶化さないでくださいよ。」

「いやースグル少尉殿も隅におけませんなー。純朴なふりしてやっぱり獣…いてぇっ! 隊長! なんであっしには無言で拳骨なんですかい!?」


 大尉が無言無表情で、ダーム少尉の脳天に一発くらわす。


「自分の胸に聞いてみろ。エコー4。」

「ダーム少尉、そんなんじゃまた懲罰部隊に戻されますよ。」


 ギルダー中尉とジェイド中尉も呆れ顔だ。


「おしゃべりはそこまでだ。来るぞ。」


 大尉の言葉で皆銃を構え直す。

 上空をみると、確かに何かが下りてきている。恐らく揚陸艦の類だろう。それに対する地上からの対空砲火も始まったようだ。

 幾つかは命中して火を噴き、落下。爆発した。

 しかし、全ての揚陸艦を撃沈出来るわけがない。対処が間に合わず、地上に接地する数が増えていく。

 その様子は否応なしにこれからの戦闘が厳しいものになることを予感させた。




 やがてスグル達の正面にバクズ達がその姿を現した。


「………カマキリとハンミョウ?」


 一体はカマキリに似ていた。鎌の部分が人間の肘から先のように変化しており、物を掴めるようになっている。トンボのような4枚羽が背中にあるが、まさか飛べるのだろうか?

 もう一体はハンミョウに近い姿をしている。特徴的な大顎そのままに後脚の2本で立ち、自由になった中脚と前脚で武器を持っている。

 カマキリの方がハンミョウより大きく、その全高は3Mは超えているように見える。ハンミョウの方も2M近くはあり、相対的に人類よりも大きい種族だ。

 それが大挙して押し寄せてきている。手が汗でじっとりしてくる。


「エコー5、説明を忘れていたので今言っておく。あの大顎をもった奴は跳躍力が凄い。一気に飛んで距離を詰めてくるので注意しろ。それとあの逆三角顔が隊長格だ。出来る限り早めに排除したい。私とエコー2で殺るからエコー3、4、5は接近してくる大顎を殺れ。」

「「「「了解。」」」」


 なんでカマキリとかハンミョウって言わないんだろ? わかるからいいけど。

 やがて敵の射撃が始まった。頭の上をビュンビュンと光線が飛んでいく。


「まだだ、まだ撃つなよ。もっと引き付けてからだ。」


 無我夢中だった撤退戦時と違い、正面から敵と対峙するのはこれが初めてだ。心臓の鼓動が頭に響き、微かに体が震えてくる。


 逃げられるものなら逃げたかった。しかし、逃げ場所などどこにもない。ここで奴らを殲滅するか自分たちが全滅させられるか。その二つの未来しかなかった。

 スグルは、撤退戦時からの様子でこの大戦の特異な点に気が付いていた。

 先のGM、トカゲ、ネズミと戦った時、捕虜をとった形跡が敵味方共に見られなかったのだ。人道的見地からも情報入手の観点から見ても、これは普通の戦争ならありえないことだ。

 これは戦争ではない。戦争なんて高等な代物じゃない。言わばこれは相手を殺して生き残るか、自分が殺されるかの二者択一。弱肉強食の生存競争なのだ。

「戦わなければ生き残れない!」いつかの仮面ライダーで聞いたキャッチフレーズを、まさか自分が体感することになろうとは………。


「今だ! 撃て!!」


 大尉の言葉で我に返り、引き金を思いっきり引く。

 平時であれば綺麗な光跡を描くそれは、確実に命を刈り取る冷徹なエネルギーの塊だった。

 こちらの一斉射撃で何体ものバグズが倒れていく。しかし後続がまだまだいてその進撃のスピードは衰える気配を見せない。


「撃ちまくれ! 絶対に近づかせるな!!」


 大尉の檄が飛ぶ。スグルも必死に狙いを定めて引き金を引き続ける。

 こちらの攻撃に怯んだのかハンミョウ達が伏せ始めた。人間で言ううつ伏せの状態だ。


「来るぞ! エコー3、4、5! 先の打ち合わせ通りだ! 近づかせるなよ!!」


 え? かがんでるじゃん? なんで?

 そう思った瞬間、ハンミョウ達がジャンプした! それは凄まじい跳躍力で数十メートルを一気に詰めてくる。


「うぉい!??」


 驚いて照準がずれる。光線が明後日の方向に飛んでいく。

 ハンミョウがニタリと笑った気がした。


「うわぁぁわわわぁわわわ!」


 気が動転して銃の照準が定まらない。そんなスグル目掛けて一体のハンミョウが跳躍してくる。

 目の前に大顎が迫ってくる…………………………………………………………あ、死んだ。


 その瞬間思い浮かんだ顔は元の世界の家族ではなくあの2人の顔…………………………………………ああ…………………………………やっぱり自分は……。


ガギィン!!


「…………………………………………………………………………ダーム少尉!!???」

「ボサッとしてんるんじゃねぇ、新入り!!!」


 ダーム少尉がスグルの目の前に立ち、銃身でハンミョウの大顎を受け止めていた。

 その隙にジェイド中尉が横から光線を撃ちこみ絶命させた。


「今のは危なかったね。後でダーム少尉にお礼を言っておきな。」

「ジェイド中尉………は、はいダーム少尉。ありが……。」

「馬鹿野郎! 敵はまだまだいやがるんだぞ!! 礼言う前に射撃しやがれ!!!」


 スグルの言葉は途中で遮られ、代わりに罵声が飛んでくる。その言葉に慌てて銃を構え直す。

 バグズ達の攻勢はまだまだ続きそうだった。




「なんとか第一波は防げたか……。」


 あれからどれくらいの時間がたったのだろう。大尉の言葉でスグル達はようやく一息つくことが出来た。

 地面は足の踏み場もないほどバグズ達の死体で埋まっている。


「他の地区の状況はどうなっているんでしょう?」

「わからん。少なくともシェルターへの侵入はまだ許して無さそうだが…。」


 町の至る所で戦闘が行われているのか、銃声が途絶えることはない。応援に行きたいがここも既にかなりの損害を被っている。あちらこちらで負傷した兵士の治療が行われていた。


「全員、残弾を確認しろ。少なくなっている者はいるか?」


 残弾を確認するとマガジンの残りはあと一つしかない。そんなに撃ったっけ?


「エコー5、残弾が少なくなっているな。弾薬庫から補給してこい。ついでに我々の分も持ってきてくれ。」

「了解です。」


 言われた通り弾薬庫からマガジンをもらい、戻ってきたところで敵の第二波が始まった。


「飯も食わせてもらえんようだな。」

「お腹が空いたらエナジードリンクを飲むといい。少しは腹の足しになるはずだよ。」

「ジェイド中尉、ありがとうございます。まだ大丈夫です。」


 エナジードリンクとは、この世界におけるレーション(戦闘糧食)だ。ドリンクと名付けられているがウイダーインゼリーに近い。

 バグズの攻勢が再び開始されたが、先ほどと何かが違う。


「ハンミョウ、大顎ばっかりだ?」


 先ほどの第一波はハンミョウとカマキリが4対1くらいの割合でいたのに、今回はハンミョウばかりがいる。


「なるほど、もう出してくるか。」

「ジェイド中尉、何かあるんですか?」

「気を付けろ、突撃してくるぞ。」


 スグルの問いにジェイド中尉は答えずに前方を睨みつけている。

 その視線の先にカマキリ達がいた。しかし、いる場所が問題だった。


「ビルの………上?」


 彼らは建物の屋上にいた。背中の4枚羽根を激しく震わせている。やがてそれはシンクロし、巨大な一つの羽音となった。その音はトンボではなくスズメバチに近い物だった。


ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン。

 

羽音の音はどんどん大きくなってくる。


「ちゅ…中尉! これは一体!?」

「落ち着いて。焦ったら殺られるよ。さっきのように毎回カバーできるわけじゃない。冷静に敵の動きを見るんだ。」


ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン、ブゥゥゥゥウウウン。


 ますます大きくなる羽音。スズメバチに襲われた経験がある人なら間違いなくトラウマになりそうなあの音が、何千倍もの轟音となって辺り一帯に響き渡る。

 そして……。


ブブブブブブブブブブブブブ!!!


 ついにそれは始まった。カマキリ達が一斉にビルの屋上から飛び降り、そのまま滑空する形で突っ込んでくる。同時に地上のハンミョウ達も一斉に動き出し、その跳躍力を持ってこちらに迫ってくる。


「怯むなぁ!! 迎え撃て!!!」


 大尉の檄が飛ぶ。それに合わせて射撃が開始されるがスグルはすっかり縮み上がっていた。


「あわ、あわわわわわわわわわ。」


 射撃はするがまともに照準を合わせられない。敵の数が多いので当たってはいるのだが弾道が分散しているため倒せるまでに至らない。

 結果、空から突撃してきたカマキリの一体に体当たりされ、そのまま組み伏せられる形となった。


「うわうわうわっわあわわああああああああ!!」


 カマキリのあの特徴的な逆三角顔が目の前にある。ギョロリとした目と目が合ってしまった。口がモゾモゾ動いている。まさか自分を食う気か!!?


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!あひぁぁああああああああ!!」


 自分の口から何とも情けない声が出る。反撃しなくてはならないと頭でわかっているのに体が動かない。

 カマキリの口がガパァと開いた瞬間。再び走馬灯が見えた。




 次の瞬間、カマキリの首が落ちた。崩れ落ちるカマキリの影の向こうからブレードを持ったダーム少尉が見えた。


「何やってんだ新入り! 冷静に対処しろと言われたばかりだろうがぁ!!」


 ダーム少尉の怒鳴り声が聞こえる。が、目の前にいるのにまるで遠くにいるかのように聞こえにくい。


「さっさと立ちやがれ!! それでも初陣でブロンズとったスーパールーキーか!!!」


 ダーム少尉の罵声が飛ぶ。しかし、真冬に裸で外に放り出されたみたいに体が震えて動きたくても動けない。

 

「う、うげぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇ。」


しまいには装甲服の中で吐いてしまった。


「エコー4。エコー5はもう駄目だ! 中に放り込んですぐ戻ってこい!!」

「了解です。ったく世話が焼けるぜ。」


 その様子をみた大尉はスグルが戦闘能力を喪失したと判断。ダーム少尉に司令部内に放り込んでくるよう命じた。

 それに従い、ダーム少尉はスグルの首根っこを摑まえて引きずって行く。


「銃は借りてくぜ。」


 建物内にスグルを引きずり込んですぐに、ダーム少尉はそう言ってスグルから銃を取り上げると二挺持ちで戦場に帰って行った。

 

残されたスグルは結局、戦闘終了まで膝を抱えてガタガタ震えているだけに終わった。




「何とか撃退できたな。」

「はい、今回は本当に危なかったですね。」

「ギルダー、被害は?」

「我が隊にはありません。全体でどれくらいになるかはまだ…。」


 結論から言うと、バグズ達の人類首都エイアース攻略戦は失敗に終わった。

 被害はエイアース全土に広がっているが、それでもシェルターはどこも無事で民間人の死傷者はほぼ出なかった。

 この規模の防衛戦としては破格の被害の少なさであろう。


「そうか、我が隊に被害がなかったのは幸いだ。しかし他の隊の損害は………酷い。」

「隊全員が無事なのは、うちとカーチス大尉のデルタ分隊ぐらいですぜ。」

「その代わりシェルターも無事だった。そして…………あいつは、スグルはどうしている?」

「部屋でまだガタガタ震えてますぜ。こりゃ復帰は無理なんじゃないですかねぇ。」


 ダーム少尉が髪の毛のない頭をポリポリかいている。

 彼の言う通り、スグルは司令部内にある兵員用宿舎の一室で装備の点検もせずに震えているばかりだった。


「撤退戦時に直接見たわけじゃないからあれなんですがね。本当にブロンズに値するだけの働きをあいつがしたんですかい?」

「それは本当だ。私が保証する。第一、定かではない功績にブロンズが送られると思うか。」

「しかしですよ、今日のあいつは…。」

「言うな。むしろ今までが出来すぎだった。揺り戻しと言うか、来るべきものが来ただけだ。」

「戦争の恐ろしさを早めに知っておくほうが、今後のためにはいいかもしれませんね。」

「恐怖から立ち直れるかどうかは…彼次第…。」


 ジェイド中尉とギルダー中尉も心配そうにスグルのいる部屋の方を見る。


「隊長、一応聞いておきやす。このまま放り出すつもりは……。」

「ない。あいつを軍に引き入れたのは私だ。引き入れた以上最後まで面倒は見る。」

「隊長らしいぜ。」

「その隊長の性格のお蔭で、ダーム少尉が今ここにいられる事をお忘れなく。」

「ダーム少尉の初陣、覚えている。泣きわめいて糞尿…。」

「だぁぁぁぁぁ、ギルダー中尉! その話は無しですぜ!」


 ダーム少尉がギルダー中尉の話を慌てて遮る。


「わかりやしたよ、元よりあっしにもそのつもりはないですよ。ただあいつが立ち直れるかどうかはわかりやせんよ。」

「こういう時はやっぱり女ですよ。」

「喝を入れに行く…。」

「いや、酒が一番じゃないですかねぇ。」

「全員やめておけ。今はそっとしておくのが一番だ。どんな慰めも今は辛いだけだろうからな。」

「しかし、何時までも待っている訳にはいきませんよ。」

「心配するなジェイド。私にいい案がある。」


 大丈夫かな…。言葉に出さない心の言葉が、3人の中で綺麗にハモった。




 翌日、スグルは姉妹と歩いた海岸通り沿いのベンチに座っていた。本来ならナイアースで見たような、戦後の後片付けを手伝わなくてはならないはずだが大尉から特別に休暇をもらっていた。

 ベンチに呆然と座り、海を眺めながらスグルは今までのことを振り返っていた。

 

 ナイアースでGMと戦い、その後大尉の奨めで兵士となり訓練を受け、撤退戦では勲章までもらった。N95星系でも味方が挟撃される危険を未然に潰した。

 それが昨日はどうだ。まるでそれまでの活躍や動きが嘘のように、何一つまともに出来なかった。

 今までのあれは何だったんだ? ひたすら無我夢中だっただけで、やっぱり自分に兵士なんてとても務まらないんじゃないか。

 そう言えば、勲章をもらってからは訓練もおざなりになっていた気がする。当時の自分はそう思っていなくても、今思い返すと気持ちが緩んでいた気がする。

 初戦のグラディエーターでの出撃時に36回も背後を取られていた。それでも生きているのは大尉がカバーしていてくれたからに他ならない。事実、あの時自分は前しか見ていなかった。後方にはまるで注意が向かなかった。

 初陣だからと言われればそうなのだろうが、所詮自分にはその程度の力量しかなかったのではないか。それなのに間違って勲章なんてもらってしまったから、本来の実力と懸け離れているのに自分は凄いと思い上がっていたんじゃないか。


 そんなネガティブが感想がいくつもいくつも頭に浮かんでくる。

 

 一体自分は何をしていたのだろう。何を果たせたのだろう。何もしておらず、何も果たせていないじゃないか。

 自分の功績は、実際はエコー分隊の皆が作ってくれたものだったんだ。平和な国で生まれ、周りに軍務経験をした人なんか一人もいなかった。戦争なんて映画やゲームの中でしか知らない。

 何のことはない。自分は本当には戦争や軍の何たるかをまるで理解していないただのガキだったのだ。

 昨日、死なずに済んだのはダーム少尉が助けてくれたからだ。正直、心のどこかでダーム少尉を見下していた。これほどの恥知らずがあるだろうか。少尉に合わす顔がない………。




「ここにいたんですか。探しましたよ。」

「今日の夜は冷えるといっている。ここにいたら風邪をひく。」


 唐突に声をかけられた。見ると姉妹が並んで立っていた。思わず目を背ける。


「隣、座りますね。」

「許可なんてとらないからな。」


 そう言って2人はスグルの両脇に座る。右側にガブリエラ、左がミカエルだ。


「すみません、今は一人がいいんです。」


 放っておいてほしかった。一昨日、あれほど自慢げに撤退戦での事を話したのが恥ずかしくてしょうがなかった。あの活躍は夢幻(ゆめまぼろし)だったのだ…。


「初めてナイアースで出会った時のことを覚えていますか?」

「その身一つでGM共に立ち向かっていったあの時だ。」

「………………………………………覚えてません…………。」


 嘘だ。本当は覚えている。忘れたくても忘れられるはずがない。

 でも今は2人を離したくて嘘をついた。


「嘘ですね。」

「嘘だな。」


 あっさり見破られた。こんな時の女性は勘が鋭いと言うけど本当だな。

 いや…今のは誰でも見破れるか。


「あの時、助けに来てくれて本当に嬉しかったんですよ。見捨てられたわけじゃなかったんだって。」

「見殺しにされたと思っていた。スグルのおかげで生きてる。」


 見捨てられた? 見殺し? 何を言っているんだ?この2人は。

 怪訝な顔をするスグルに2人は自分たちのことを話しだした。


「よーく思い出してみてください。あそこは軍の宿舎だったんですよ。その内部に敵があっさり侵入できると思いますか。」

「スグルが来る前、宿舎には兵士が大勢いた。でも、声を上げても誰も私達のほうに来てはくれなかった。皆外へ行ってしまった。」


………………………………………は? 何だそれ。


「私達に言い寄ってくる男の人は大勢いました。私達はそれを全て断り続けていました。多分それが理由だったんでしょうね。」

「やらせてくれない女を助けてやる義理はない。そんなとこだろう。」


 いやいやいや、おかしいだろう。


「頼れるマグワイヤ大尉やアンジェラさんもあの時はいなくて…、本当にもう駄目だと思いました。」

「そんな時に来てくれたのがスグル、君だ。」


 あの時のことを鮮明に思い出す。無我夢中で銃をぶっ放し、通路に群がっていたGM達を一掃した。2人が両手を振りながら御礼を言うその姿を。

 アンジェラって、確かあの赤毛のモジャモジャ髪の人か?


「無バッジである私達を、危険を冒して助けに来てくれる人がいた。それがどれだけ嬉しかったかわかりますか?」

「無バッジの私達を、偏見の目で見ない人は少ない。スグルはバッジ無しの私達に全く気兼ねなく接してくれた。嬉しかった。」


 2人の目に涙が滲んでいる。

 特別なことをしたつもりはない。むしろ人として当たり前のことをしただけだ。しかし、この世界ではそれがとても特別な、言い方を変えれば奇特な行為だったのだろう。


「スグルさん。」

「スグル。」


 2人が両側から首に腕を掛けてくる。2人からは別々の甘い匂いが漂ってくる。

 ガブリエラからは優しく包み込むような温かい甘さが。ミカエルからは情熱を含んだ甘さが。

 不快には感じない。むしろささくれだった心が溶かされていく気がする…。

 不意に涙が零れた。理由はわからないけど人は本当に辛い時、何も言わずに傍で寄り添ってくれる人がいるだけで救われるという。きっとそれだ。




 どれくらいそうしていただろう。気が付くと日が傾きかけている。

 2人はずっと何も言わずにただただスグルを抱きしめていた。それだけで十分だった。


「ありがとう、2人とも。お蔭でまた立ち上がれます。」


 2人の腕を首から外しベンチから立ち上がる。ここで立ち止まっている訳にはいかない。

 何一つ果たせていないからこそ、立ち止まり己の非力さを嘆いている時間などないのだ。


「今夜、またお店に来ますか?」

「お誘いはありがたいですが、先にやるべきことがあります。町の片づけを手伝わなくてはいけません。それに装備の手入れも。全てが落ち着いたら必ず行きます。」


 ガブリエラの誘いを断りスグルは走り出す。

 その背にもう迷いはない。

 遠ざかっていくその背を2人は黙って見送った。


 その様子を陰から見ている人物に気付くこともなく………………………。




「大尉! 皆さん! 遅くなりました!!」


 エコー分隊は最高司令部前で戦闘後の後片付けをしていた。

 あれほどの激戦故片づけはまだ半分も終わっていない。特にバグズの大量の死骸に手こずっていた。


「おお! その様子だともう大丈夫そうだな!!」


 大尉が顔を上げて嬉しそうに声を上げる。他のエコー分隊のメンバーも集まってきた。


「はい! ご迷惑をおかけしました。それとダーム少尉。先の戦闘ではありがとうございました! お蔭で命拾いしました。」

「なーに、気にするな。しっかし、まさか一日経たずに立ち直ってくるたぁなあ。何がありやがった?」

「きっと良いことがあったんでしょう。あまり詮索するのも野暮ですよ。ダーム少尉。」

「…僥倖。」

「ジェイド中尉、ダーム少尉、ギルダー中尉。皆さんありがとうございます。俺、きっともっと強くなってみせます。」


 その言葉に3人は嬉しそうに頷く。


「ふっ、やはりあの2人を行かせたのは正解だったな。」


 大尉の一言に3人が一斉に振り向く。


「やっぱり女じゃないですか! なーにが「そっとしておくのが一番だ」ですか!」

「あっしらには何もするなとか言っておきながら抜け駆けですかい!」

「…僥倖…ではない…。」

「何を言うジェイド。そこら辺の女性を適当に差し向けたわけではないぞ。ギルダー、これは戦略的僥倖だ。ダームは後で腕立て500回。」

「なぜあっしだけ!??」


 皆から笑いが零れる。ああ、やっぱりこの人達は…。


「こらー、エコー分隊。さぼるんじゃない!」


 向こうから遊撃隊の一人が声をかけてくる。あの人はたしか…デルタ分隊のカーチス大尉だ。


「すまん、カーチス。すぐに取り掛かる。そら再開だ、皆散れ。スグル、戦闘だけが我々の任務ではない。人々の生活が滞りなく営まれる環境づくりもまた立派な任務だ。遅れた分ノルマ達成は厳しいぞ。」

「望むところです。どれだけ時間がかかろうと成し遂げてみせます!」

「良い返事だ。ではこの一帯のバグズ共の死骸は君に任せる。明日の朝までに全て片付けておくように。」

「了解です!」




「とは言ったものの…け、結構量あるな…。」


 大尉達と別れて数十分。思いのほかある死骸に苦戦する。死骸になっているとはいえ、巨大な昆虫の処理はあまり気分のいいもではない。


「なーに弱気になってんだ俺。気合入れろ気合!」


 そう独り言を呟いた時。


「………………………………………………………………………………………………ちく…………………しょう。」

「…………………………えっ?」


 誰か喋った?

 周りを見渡すがそばには誰もいない。あるのはバグズの死骸のみ。

 空耳か…。そう思い直して作業を再開した。


カマキリやハンミョウと大尉達が言わなかったのは、単にエイアースにそれらがいなかったからです。

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