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第74話:Reprisal



◆◆◆◆



 廃墟に駐車した大型トレーラー兼移動ラボ。それが今、数理の炎によって燃えていた。炎が闇夜を明るく照らし出す。空間拡張整式によって車内に展開されたラボもまた炎上していた。壁に並べられた寄生デバイスのサンプルや標本が燃え上がり、不気味な蟲たちがのたうち回りながら縮んでいく。


「そんな……アタクシの可愛い可愛い坊やたちが……」


 床にくずおれ、両手を掲げて放心したように呟く異相の女性、ドクターパラサイトの前に俺は立つ。防火の数理によって、俺のボディの肌は火傷一つ負っていない。


「こんばんは、ドクターパラサイト。あなたの専門よろしく、あなたの傑作に寄生させてもらいに来たわ」


 俺の言葉に、ようやくドクターパラサイトは正気に戻る。


「……狙いはこの子ね?」


 彼女が這いずった先は、休眠水槽の中に横たえられて目を閉じたままのストリンディだ。


「ご名答。あなた、ラインエイジ生命科学にかなりの借りがあるようね。あそこの碩学たちに知恵を貸してもらったわ。サンプルの持ち逃げ、研究費の着服、さらにトリグリセライド掃討作戦でのアポセカリーとの内通。あなた、今までよく無事だったわね」


 俺も無策でこのマッドサイエンティストのラボに突撃したわけではない。こいつの素性を少し調べてみれば、あちこちから恨みを買っているのがすぐに分かった。その中の一つにして最大の企業であるラインエイジ生命科学の知恵を少し拝借し、俺はこのラボを一人でほぼ制圧していた。立つ鳥跡を濁さずとは正反対の人生を送るからこうなるんだ。


「レウコクロリディウム・レプリカ! アナタの出番よ!」


 だが、ドクターパラサイトはまだ抵抗する。彼女の義眼が光って信号を飛ばすと同時に、休眠水槽の蓋が開いた。中のストリンディが目を開き、上体を起こす。


「油断したわねハッカー、この子こそがアタクシの傑作よ! さあ――」


 彼女が俺の迎撃を命じることは分かっていた。だが……


「申し訳ありませんが、あなたの実験に参加するのは今夜が最後です」


 人工羊水で濡れた髪を軽く手で絞りつつ、ストリンディは平然とそう言う。


「そんな……なんでアナタ自分の意志で動けているの? 体内にアタクシの虫がいるのよ!?」


 ドクターパラサイトは呆然としてそう呟く。今のストリンディは、完全に自分の制御下だと思っていたのだろう。


「あなたが行った私への治療を一通り拝見しましたが、いささか私用が過ぎると思われます。私にはもう必要ありません」


 あくまでも淡々とそう言うと、ストリンディは休眠水槽から出てきて後ろを向く。


「少々失礼します」


 俺たちに背を向けたまま、ストリンディは自分の胸を強く何度か叩く。続いて、何かを喉の奥から吐瀉する聞き苦しい音がした。


「ふう、すっきりしました」


 ややあって口元を手で拭いながら、ストリンディはこちらに向き直る。その足元では、極彩色の大きなイモムシのような生体デバイスがのたうち回っている。


「あ……ああ……」


 ドクターパラサイトの目が限界まで見開かれる。


「なんてヒドイことをするのよぉ! アナタそれでも人間なのぉぉおお!?」


 彼女は俺たちのことを無視し、四つん這いでイモムシに這い寄る。


「しっかりして!? ママよ、ここにママがいるわ! お願いだから目を開けてぇぇぇええ!」


 イモムシを持って絶叫するドクターパラサイトを見て、ストリンディが不思議そうに俺に尋ねた。


「あの寄生虫に目はあるのでしょうか?」


 俺は当然こう答える。


「さあ、どうでもいいわ」





 燃え盛るラボと号泣するドクターパラサイトを捨て置き、俺たちはスカイライトの公園で一休みしていた。


「あなたも優しいわね。あんな狂人をこれくらいで許すなんて」


 俺がベンチに腰掛けると、ストリンディが隣に座る。


「確かに彼女は私的な実験を繰り返していました。でも、私に治療をしていたことも事実です。そこには感謝していますから」

「私だったら、持ち主とラボを両方アポセカリーに売り渡してやるわ。そこそこの額で売れるでしょうね」


 俺がラボを襲撃したのはストリンディの依頼だ。彼女としては、ドクターパラサイトを再起不能にするのではなく、せいぜいちょっと懲らしめるくらいで満足だったらしい。少なくとも、これでストリンディは彼女から解放されたことは間違いない。


「気持ち悪くなかった? 自分の体内を虫が這っていたのよ?」


 俺は先程の光景を思い出す。まさかこいつが、自力でインプラントされた寄生デバイスを吐き出すとは思わなかった。


「たいしたことありませんよ。震源を目視したことに比べればあの程度、不快の内にも入りません」

「さすがは騎士様」


 俺は半ば呆れつつ感心する。


「……何だか嬉しそうね」


 それにしても、心なしか以前よりも俺とストリンディの距離が縮まっている。俺の隣に座るストリンディの体が近い。


「はい。あなたが私の主君でよかったと思っています」

「私はハッカーだけど。仕事のためにあなたを雇っただけ。契約が終われば私たちの関係は終わりよ」

「ではその間だけでも、あなたを主君と思ってよろしいでしょうか?」



◆◆◆◆



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