第66話:Interaction
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サーチライトの白光が、下層都市ボーダーラインの粘ついた闇夜を切り裂く。空中を飛行する企業警察所有の重装甲ホバークラフトがその光源だ。ラインエイジ生命科学所有の高層ビルディングの窓から、迎撃の一斉射撃が放たれる。
「皎潔星、沈黙!」
「白頭星、こちらも応答ありません!」
「峨峨星、撃破されました!」
ビルディングの上層に設けられたゼン・リラクゼーション用の人工庭園で、モウセンチェアに腰掛けた一人の男性が歯がみする。
「くそ、財団の飼い犬が……」
羽扇の形状をした教書を持つ、テクノクラート儒官風の男性だ。彼の周りで瞬く無数の仮想スクリーンに映るオペレーターたちが、異口同音に窮状を訴えている。
「こちら百端星、奴じゃ!」
不意に一枚の仮想スクリーンが痩身の老爺を写した。
「儂が少しでも足止めを……は!?」
だが、その映像はすぐに乱れて消える。
「“列宿侠客六十六星”が形無しね。熊猫汎用義肢公司と契約したこと、今になって後悔してるかしら?」
近くの池でメカニカルコイを見ていたシェリスが振り返ってそう言う。
「他人事だな、コンフィズリー」
男性は不愉快そうに応じた。今夜、この建物はラインエイジ生命科学と熊猫汎用義肢公司による企業間闘争の戦場となっている。最初は列宿侠客六十六星の獅子奮迅の活躍により、熊猫汎用義肢公司が優勢だった。だが、今やこの星の名をコードネームとしたクランは、ラインエイジ生命科学が投入した一人の騎士によって制圧されつつある。
「まさか。あの騎士の剣の切っ先が喉元に迫っているのよ。私だってフェニーチェ財団の秘蔵っ子と面と向かって戦う気はないわ」
シェリスは軽い調子でそう言うが、男性は羽扇を手で弄びつつ苦笑する。
「グレイスケールの後継が何を言う。数体の機甲キメラを一瞬で白湯スープに変えたその凄腕、虚報だとは言わせないぞ」
「ああ、あれね……」
男性が曖昧な表情のシェリスにさらに畳みかけようとしたときだ。
「恵林軍師! もう作戦続行は不可能です!」
一枚の仮想スクリーンが展開し、写っている女性オペーレーターが叫んだ。
「潮時ね」
シェリスにそう促され、恵林と呼ばれた男性はうなずく。列宿侠客六十六星の軍師として、これ以上ビルにとどまる理由がないことは分かっている。
「このようなことを君のような少女に頼むのは不義理だと分かっているが……」
そしてやはり軍師として、彼は非情な指令を下さなければならない。
「気に病む必要はないわ。そういう契約で私はここにいるのよ」
シェリスは気安くそう言うが、恵林としては内心忸怩たるものがある。これから自分たちは戦場から撤退し、しんがりを彼女に任せるのだ。
「……分かった。後を頼む。一秒でも長く奴を足止めしてくれ。そうすればそれだけ、目的のデータを安全に転送できる」
「了解。引き受けたわ」
まるでニンジャ・スシのデリバリーを注文するかのようなリラックスしたシェリスに、恵林は内心舌を巻いた。
「くれぐれも無理はするな。我ら六十六星さえ鎧袖一触なのだ。お前が敵うわけがないぞ」
あまりにも落ち着いたシェリスの様子に、恵林はつい老婆心から忠告する。
「私につきまとう暇があるなら、さっさと撤退しなさい。お人好しの軍師さん」
対する彼女は既に恵林の方さえ見ていない。ようやく恵林は理解した。彼女は今、武器を構えて経絡ケーブルをアクティブにしたサイバー武人と同じなのだ。シェリスは、戦う用意ができている。
「無駄にまともな人ね」
恵林の姿が消えてから、俺は率直な感想を独り言で口にする。
「さて……」
教書を開きビルディング内部の情報網に侵入。人工庭園のセキュリティを表示。こちらに向かってくる生体反応が一つある。
「ノックはして下さらないのね。ストリンディ・ラーズドラングさん」
合成樹脂の松の陰から姿を現した騎士に、俺はそう言う。
「……した方がよかったのでしょうか?」
洗練されたデザインの甲冑に身を包んだストリンディが、露骨にうろたえた様子を見せる。
「冗談よ。気にしなくていいわ」
その右手が無造作に持つ一振りの剣を見つつ、俺はあっさりと前言を撤回した。変なところでこの騎士は生真面目だ。
「安心しました。おかげで心おきなく、あなたに投降を薦められます」
最初から戦う気のないストリンディの発言も当然だ。俺は少女のボディのハッカー。対するストリンディは単身で機動装甲をも撃破する騎士だ。肉弾戦で、俺がストリンディに勝つ確率は万に一つもない。
「あら、そう」
だが、俺は側の庭石の上に置いてあった小型の拳銃を手に取った。ろくに狙いも殺意も込めずに引き金を三回引く。金属音が三回響いた。
「――無駄です。あなたでは私に傷をつけることはできません」
自動照準の数理が込められた拳銃が放つ弾丸は、ストリンディのかざした剣によって三発とも弾かれていた。
「弾丸を斬る離れ業を生身で可能にするなんてね」
俺はため息をついて、まだ弾が入った拳銃を放り投げた。こんながらくたは俺のスタイルには似合わない。
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