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第65話:Parasitology



◆◆◆◆



 シェリスと別れたストリンディが向かった先は、フェニーチェ財団に所属する騎士団の駐屯地だった。今日の仕事は簡単な事務。もやもやとした気持ちを抱えていても、淡々とペンを走らせればいいだけだ。


「遅かったわね。ストリンディ・ラーズドラングちゃん」


 建物の扉を開けたその先にいたのは、見知らぬ女性だった。


「どちら様でしょうか?」


 一目でボーダーラインの住人と分かる異相だ。流動タトゥーの蠢く頭に毛髪は一本もない。金属が露出した顔半分。右手の爪は無骨なクロームに対し、左手の爪は赤いマニキュアが塗られている。「蟲」の漢字が浮かび上がった学者の白衣。


「はぁい。それじゃあメンテの時間よ」

「メン……テ?」


 ストリンディの意識は、その一言であっさり暗転した。





 下層都市ボーダーラインに建つハイエンド教会の建物。今ここはヴィオーラの面々によって占拠されていた。聖典や教訓を映すはずの大型仮想スクリーンは、高画質でゲームを実況するジョッキー、暁レプレことリエリーの動画を流している。


『やったー!ボスの隠しドロップアイテムの条件達成!援護してくれたみんなのおかげだよ!ありがとーっ!』


 画面の向こうで、数理メイクされたリエリーが手を振る。一斉に周囲から上がる歓声と口笛。伊達男の集うこのクランは、丸ごとリエリーの大ファンだ。


「お前さんも、暁レプレのファンかね?」


 狂乱に加わらず信徒が座る長椅子に座る俺に、教会関係者らしき外見の老人が話しかけてきた。


「私は仕事よ、タダ乗りジェノート。今日の体はそれね」

「聡いのう。そのとおりじゃ」


 俺の言葉に老人は旧知の仲の表情を浮かべる。本来の自分を何もかも失った人間の成れの果ては、腕利きの情報屋としてボーダーラインで活躍している。


「ほれ、受け取るがよい」


 ジェノートが基盤を俺に渡し、俺は教書を開いて指定の口座に料金を振り込む。


「ありがとう。報酬よ」

「即金は助かるわい」

「当然よ。私は貸しも借りも作らない主義なの」


 俺は基盤に有線を通し、中の情報を直接脳内に投影していく。


「――ドクターパラサイト。元ラインエイジ生命科学所属の生物学者。専門分野は寄生生物。各種寄生デバイスの販売元として現在は活躍中。リンクス師団が血眼になって追う、レウコクロリディウム・レプリカの製作者が彼女のようね」


 俺の視覚に、異相の女性学者の姿が映し出される。


「恐らく、お主が執心している騎士も、その寄生デバイスによって制御されているのじゃろう」


 ジェノートの口調に俺は眉を寄せる。


「いい加減その口調疲れない?口調の強制って、他人事に思えないのよ」

「あらそう、あたしは苦にならないわ」


 たちまち、老人の口調はなよなよとしたものになる。


「いずれにせよ、あたしの調べによると、ドクターパラサイトは現在フェニーチェ財団の客員として在籍しているわ。雇用の理由は――」

「――ストリンディ・ラーズドラングの制御。メンテナンスによって記憶や情報を改変し、財団に都合のいい騎士として運用するためね」


 都合の悪い情報を定期的にリセットしてこき使うとは、気に食わない財団だ。


 その時ようやく、ハイエンド教会の武装聖職者たちが到着した。


「この罰当たりの不心得者ども!」

「神聖なる聖堂を貴様らの推すジョッキーの布教場所に変えおって!」

「自分の縄張りで勝手にやれ!」


 さすがに虎の子の機甲異端審問官はいないが、聖別数理で武装している。


「うるさい! 布教くらいさせろ!」

「今日の配信は特別なんだよ!」

「そうだそうだ!暁レプレ最高!」


 案の定、厄介なファンとなったヴィオーラの連中と、武装聖職者たちの抗争が始まった。銃撃とクロスボウの矢と数理の爆発から退散しつつ、ジェノートは俺に尋ねる。


「あなた、彼女を助けるつもり? 柄じゃないわねぇ」


 俺は鼻で笑った。


「単なるスカウトよ。久しぶりの大仕事には、相応の役者が必要じゃない?」





 深夜。機甲キメラが野生化してさ迷う廃墟に、一台の大型トレーラーが駐車している。いや、トレーラーではなく改造を重ねた移動ラボだ。空間拡張整式で外見より遙かに広い室内。そこで自作の蛔虫入りスムージーを飲むのはドクターパラサイトだ。


「うふふ、フェニーチェ財団もこんなに素敵なオモチャをくれるなんて思わなかったわ」


 人倫などとうの昔に虫に食わせた彼女の思考は、上層都市にあるフェニーチェ財団とは相性が悪いように見える。だが、財団の目的はストリンディの快癒ではなく制御だ。一度粉砕され、人智によって統合されたストリンディの精神を癒すのではなく、寄生虫による外部からの操作によって運用することを財団は選んだ。


「財団も所詮は企業よね」


 口から這い出そうとする蛔虫を飲み下し、ドクターパラサイトは笑みを浮かべる。大量の標本や書籍に埋もれるように、一台の休眠水槽がある。そこに満たされた人工羊水に浸されて眠るのは、簡易な水着を着させられたストリンディだった。


「今夜も楽しみましょう。アタクシの苗床ちゃん♪」


 騎士の優秀な肉体は、寄生デバイスの苗床に最適だった。



◆◆◆◆



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