第62話:Behavior therapy3
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エスコート、と言ってもそれはあくまでも形だけのものだった。二人で行き先もほとんど決めずに街を歩き、面白そうなものや素敵なものを見つけていく。無目的と言われようと、それはストリンディにとってデートだった。市街を警邏するのでも、一人で散歩するのでもない。彼女の隣にはシェリスがいた。二人で楽しいことを見つけていく。
広場で野外バンドの体験セッションに飛び入り参加した。防音数理が施された空間の中に入り、音楽データの入った叙述インターフェイスを借り受ける。もっぱらストリンディは聞く専門だったが、シェリスはボーダーラインで活動するワンアップマンシップの「Steel Heart」を熱唱した。メロディアスでヘヴィな音を好むバンドからも喝采だった。
開館したばかりの美術館を二人で訪れた。古典的な絵画や彫刻については、主にストリンディが解説する側だった。静物画や風景画に見入るストリンディだが、シェリスは主に絵画の来歴や値段の方に関心があるようだった。けれども最後にきっちりとポストカードを買い、そこに二人が並んで写っている写真を合成して互いの教書に保存した。
クマドリ・キャンペーン中のアイスクリーム店に誘われた。ボーダーラインにも出店しているカブキ・ジェラートだ。好きなアイスの組み合わせを数理的にチューンアップしてくれるとのことだが、ストリンディは当たり障りのない組み合わせしか選べない。その横で、シェリスは口に入れたら冷たい炎を吹くアイスを満面の笑顔で錬成していた。
ランチは予定していたパスタ専門店が行列ができるほど混雑していたため、急遽予定を変更した。代わりに二人が入店したのはラーメン店「キタグニ」だった。着飾った女の子二人のランチにはこれ以上ないくらい不似合いな選択だったが、結果は大成功。ギガニボシの出汁が香るオーシャン・ラーメンを二人で啜り、速やかにお腹も心も満たされた。
不思議な気分だった。騎士として何度もスカイライトの市街を歩いたことはある。けれども、今日シェリスと一緒にストリンディが見るスカイライトは、その時とまったく違う顔を見せていた。こんなにも、この都市は明るく輝いていたのだろうか。その輝きに魅せられると同時に、ストリンディはふと、自分があまりにも不釣り合いにも思えてきた。
「何かしら?」
キタグニを出てから並木道を歩いていると、シェリスはこちらの視線に気づいたのかいぶかしげな顔を向けた。
「あの、楽しまれているでしょうか?」
ストリンディが恐る恐るそう言うと、シェリスはさらにいぶかしそうな顔になる。
「そうは見えないの?」
「いえ、その……私は騎士です」
「分かりきった事を言うのね」
自分でも何を言っているのだろう、と思いつつもストリンディは不器用に言葉を続ける。
「剣を振るい人々の盾となるのは慣れていますが、こうしてその、デ、デ、デートのような、人並みの女の子のようなことをするのは、ええと……不慣れなのです」
相手はシェリスという同性とでもこうなのだ。これで男性とデートしたらどんな惨劇になるのか。
「私では力不足だったでしょうか? 退屈でしたらごめんなさいとしか言いようが……」
口ごもるストリンディを一瞥し、シェリスはこれでもかと大げさにため息をついた。
「あなたねぇ……」
心底呆れた目がこちらを見る。
「単純に脳髄に快楽物質を叩き込みたいだけなら、私はボーダーラインの娯楽薬物を頸動脈に注射しているわ」
「それは……」
「安心して。きちんと合法よ。もっとも、そんな代物は無用だけど」
シェリスは服の襟を指で引っ張って首筋を見せる。ほっそりとした白いそこには、生体パーツも補助デバイスも見あたらない。正真正銘の生身だ。
「少なくとも、ちやほやされたかったらそれ専用のゲイシャ・メイドでも雇ってるわ。なぜ私があなたとデートしてるか分かる?」
「その……護衛とか、でしょうか?」
「寝言はベッドの上で言って。ここはスカイライトよ」
杖を手でいじりつつ、シェリスは歩みを止めてしっかりとストリンディを見つめる。
「まあいろいろあるけど、理由の一つはあなたにリフレッシュしてもらいたかったからよ。私を楽しませるんじゃなくて、あなたに楽しんでもらいたいの」
「い、いいのでしょうか……?」
「生殺与奪の権は他人に握らせないのに、娯楽に関しては随分禁欲的ね。今のあなたは騎士じゃなくて一人の市民よ。少なくとも、今だけはね」
シェリスの言葉が、耳朶を通して心に流れ込んでいく。不器用な自分に歩調を合わせてくれる彼女の気遣いが、ストリンディにはただただ嬉しく、眩しかった。
「ほら、行きましょう。太陽は日没を待ってくれないわ」
歩き出そうとしたシェリスに、ストリンディは遠慮がちに声をかける。
「あの、でしたら……」
「え?」
「実は、ちょっとだけ行きたいところがあるんです」
それは一人の騎士――単身で機動装甲をも圧倒する戦闘に特化した生物ではなく、一人の女の子としてのささやかな願いだった。
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