第60話:Behavior therapy
◆◆◆◆
強襲タイプの機動装甲に率いられ、企業傭兵たちがバリケードを越えて突入していく。共通する多機能ガスマスクにはヤマネコのエンブレム。彼らを銃弾と矢と数理の炎で迎え撃つのは、フェニーチェ財団お抱えの企業傭兵たちだ。機動装甲のチェーンソーを数理による即席の防壁で受け止め、機体の馬に騎乗した騎兵が電撃スピアを手に突貫する。
「二人ともついてきてるわね。このボディ、後頭部に視覚デバイスを増設してあるから後ろも見えるわよ」
フェニーチェ財団と市場が重なるリンクス師団が引き起こした企業間闘争。ボーダーラインでの深夜の日常を背景に、俺たちはリンクス師団の傭兵たちの後ろからフェニーチェ財団の敷地内に潜入していく。案内役はタダ乗りジェノートだ。
「わざわざ見せなくてもいいわ」
今夜のジェノートのボディは全身の八割を機械化した巨漢だ。後頭部に付属する二対の義眼を瞬かせるジェノートに、俺はそう告げる。
「あら、コンフィズリーちゃんもしかしてテクノフォビア? だから全身生身なのねえ。凄腕のハッカーさんが初々しい反応だわぁ」
「私が言いたいのは――」
俺はジェノートの戯れ言を遮り、右手の五指から伸びた有線を振るった。ステルス迷彩が施された警備システムに強制侵入。短命かつ即効性の論理病源を感染させ、一瞬で内部の回線を焼き切る。
「――そのまままっすぐ進んでいたら、あなただけスカイマグロのタタキみたいになってたってことだけよ」
呆然としたジェノートの顔が痛快だった。
「あははははっ! その顔傑作だよ、タダ乗りジェノート」
戦場をドローンで撮影しているアシッドレインが、俺の隣で爆笑した。相変わらずこいつは、他人の失敗や弱みをゴキブリ並みの速度で嗅ぎつける奴だ。
「止まれ! そこを動くな!」
だが、警備はシステムだけで終わらない。建物の陰や街灯の上から姿を現したのは、コボルトの傭兵たちだ。
「あ~あ、結局ばれちゃったか」
いくつものクロスボウが自身を狙っているにもかかわらず、アシッドレインはわざとらしくため息をつく。こいつの爆笑のせいで俺たち位置がばれたのに、まったくもってふてぶてしい奴だ。
「僕に任せてよ。せっかくだから新しい作品を試してみたいんだ」
その言葉と同時に、アシッドレインの義眼が数理の光を灯した。
「どう? コンフィズリー、目的のものは見つかった?」
「もちろん。収穫はあったわ」
フェニーチェ財団の所有する建物の図書室。俺はそこの情報端末をハッキングしてデータを吸い上げていた。アドロの伝手で手に入れた偽証アカウントがいい仕事をしてくれた。
「面倒なことに首を突っ込んでるみたいだけど、手が入り用なら教えて」
「ええ、その時はお願いするわ」
義眼に教書を有線接続して何やら編集しているアシッドレインに。俺はそう答える。このドワーフは悪趣味で狂っているが腕は立つ。先程のコボルトの傭兵たちは、アシッドレインが三次元投影した汚染映像で残らず幼児退行している。数時間限定とはいえ、精神の変容が物理的に肉体を退行させるのは初めて見た。
「じゃあ二人とも、帰りましょう。今度はきちんとエスコートしてあげるわ」
俺が教書を閉じて作業の終了を伝えると、そそくさとジェノートが帰り支度を始めた。彼――もしくは彼女――に続いて廊下に出ると、あちこちで仮想スクリーンが明滅してはでたらめな映像を流している。制御システムに適当に放り込んだ改竄病源が増殖しているらしい。
『ヤッホー! みんな見てる~! 暁レプレだよっ! 今夜もとってもぐらーちぇっ☆』
その中の一つが暁レプレの顔を大写しにした。リエリーのジョッキーとしての配信が始まったらしい。元々なかなかの美人だったリエリーだが、暁レプレとしての過剰に数理メイクされた容姿や服装も挑発的で悪くない。声が媚びすぎていることをのぞけば、だが。
「あ、レプレちゃんだ。ユニゾン★ぐらっちぇ」
隣を歩くアシッドレインがいきなり妙なことを口走る。恐らく、ジョッキーとリスナーとの間の合言葉のような挨拶だろう。
「あら、あなたもリスナーなの?」
「みんなには秘密だよ。恥ずかしいからね」
美少年の顔でそう言うアシッドレインだが、こいつの本性を知る俺にとっては気色悪いだけの発言だ。
「何を愛好しようとハッカーは自由よ」
後でアーカイブ見ないと、とうきうきした様子のアシッドレインは、俺の言葉など聞いていないようだ。暁レプレの顔を舐めるように映していたスクリーンは、次いで恐ろしげな廃墟を写す。灰色の霧につつまれた病院とも刑務所ともつかない場所。徘徊する異形。灯火の数理と鉄パイプを片手に歩く人物の背中。
『今日はダークパノプティコンの続きをプレイしていこうかな~。怖いよね~。主人公みたいに、いつの間にか自分が自分じゃなくなって、過去が全部作り物だってことになってたら。レプレがそうなったらリスナーさん、みんなで助けてね♪』
表示される激励のコメントの羅列を横目で見つつ、俺は一人で呟いた。
「残念。誰も助けてなんてくれないわ」
◆◆◆◆




