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第59話:Sigiriya



◆◆◆◆



 星辰僧院シンハ・ギリ。「獅子の山」を意味する名とは裏腹に、そこは爬虫類の上半身にヘビの頭部と下半身を有するナーガたちの観測所となっている。観測所、というものの、シンハ・ギリとは大綱の中に遍在する特異点だ。外部から観測した瞬間に跳躍し、他の地点に出現する揺らいだ場所。その中に入るには、住人のナーガに招かれるしかない。





 ナーガの操るヴィディキンスがたどり着いたのは、カレー専門店の裏にある非合法スパイスの取引所だった。ナーガは隅にある神像に俺を案内した。像のうなじの部分にコネクターが隠されている。そこに有線を接続した途端、俺の意識は大綱に飛ばされた。ブラックアウトの後俺が目にしたのは、山脈とそれに沿って建てられた巨大な建造物だった。


「歓迎しよう、若きハッカー」


 遺跡のような生活感のない建物の一室。大広間とおぼしきそこには、おびただしい数の風化した書籍が積み上げられている。それに埋もれるようにしてとぐろを巻いているのは、数十メートルはある大蛇だった。建物の内部を行き来しているナーガたちと違い、こちらは正真正銘のヘビの姿形をしている。だが、同族らしい。


「あの墜ちた天使から助力を依頼された。僧房を一つ貸そう」


 大蛇は無数の書籍に目を通しつつ俺に話しかけてくる。ナーガとはこの大蛇が本来の姿で、よりヘビに近い方が貴ばれるそうだ。大蛇の前には何体ものアンデッドが控え、本のページをめくっている。古代のナーガが優秀なネクロマンサーだったことを俺は思い出した。古式ゆかしい様式だ。


「一つ訊きたい」


 俺は口を開く。矯正整式が沈静されているらしく、本来の口調で喋れる。


「キシアは何者だ?」


 俺の言葉に、大蛇の瞼のない目がこちらを見た。


「閉鎖空域エンクレイブには、王族が代々受け継いできた遺産がある」


 ナーガは低く落ち着いた声音で話し始める。


「〈封域〉を穿つそれが、公議にとって禁忌であることは理解できるか?」


 封域。公議が展開した惑星を保護する数理の防壁。だが実際は、ヒトの宇宙進出を否定する鉄格子なのは周知の事実だ。


「かつて、王族は遺産を起動させるための演算装置を求め、我々の手ほどきの元大綱に接続した。人智の作製方法を説明する必要はあるまい」


 人工知能の構文を一から書くのではなく、大綱の思考プロセスを移植して人智は作られる。


「だが、彼らの企ては失敗し、器となるはずの卵は二つに割れた。その時に大綱へと解き放たれた者と、律儀に器に残った者。二つの存在が産声を上げたのだ」

「ホワイトノイズとキシアか」


 俺の脳裏に、学院の制服を着た中性的な少女の姿が蘇る。ホワイトノイズが彼女にそっくりだったのは、ただの嫌みではなく正真正銘の片割れだったのか。


「いかにも。我々とあの天使とは言わば同郷である。よしみで助力するのもやぶさかではない」


 大蛇は含み笑いをもらす。建物が揺らぐ地響きのような笑いだ。


「キシアの目的は、その遺産を起動させることか?」

「さて、どうだろうか」


 大蛇は答えない。それともホワイトノイズが遺産の起動を願っているのか。どちらにせよ、これは相当危ない橋だ。


「公議が黙ってないな。下手をすると空の上が火の海になるぞ」


 もしこの件が本当ならば、公議はなりふり構わずエンクレイブを消去しようとするはずだ。


「お前たちハッカーにとっては荒稼ぎの機会だな」


 大蛇の気のない返事に俺はわずかに苛ついた。


「他人事だな。自著の執筆に忙しくて下界の雑事には構っていられないってスタンスか?」


 ナーガは森羅万象の観測者を自称する。ごく稀に企業間闘争に干渉する個体もいるが、大抵は何か計り知れない目的で行動する理解しがたい連中だ。性別がなく、自我を共有し、肉体を持たない情報生命体。そんな異族とまともに会話できるはずがない。俺はそう思ったが、大蛇はなぜか怒りも呆れもせずに真摯な様子で俺に問いかけた。


「お前もそうではないのか? 天蓋に挑む鳥よ」


 大蛇の顔が俺に近づく。


「地を這う蛇と空を飛ぶ鳥。この二つの意匠が融合するとすなわち竜となる」

「何が言いたい? 煙に巻くな」


 再び含み笑いが建物を揺らす。


「お前は我々の手を借りて――いや、この個体に手はないが――蒼空へと再び舞い上がるだろう」


 ナーガが冗談を言うとは思わなかった


「俗塵を振り捨て、どこまでも遠くへ、どこまでも高みへと。そしてお前は望んだ場所へと到達するだろう。お前はその時竜として思考し、竜として観測し、竜として世界を定義するのだ」


 一方的に全てを見透かすようなその言動に、俺はため息をついた。


「……俺は俺だ。鳥でもなければ竜でもない。勝手に人の立ち位置を決めるな」


 この手合いは否定しても肯定してもしたり顔をするだけだろう。それでも俺ははっきりそう告げた。


「――先程言った通り、僧房を貸そう。肉体を守るための護衛が必要になるな」


 俺という玩具に飽きたように、大蛇はゆっくりと顔を離し、アンデッドが持つ本に再び目を通し始める。


「心配するな。当てはある」


 ちょうどよかった。俺はヘビが苦手だ。



◆◆◆◆




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