第58話:Snake charmer
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機甲キメラ。生物工学を結集して作り出したボーダーラインお手製の生体兵器だ。脊椎に共生する演算真菌の力で、生半可な数理攻撃は逆に吸収するらしい。電算仙術にまで対応するとは予想外だ。機動装甲に匹敵する筋力に、対数理攻撃にも長けた装甲。まったく、リェースニツァの連中は俺に安値をふっかける癖に金欠でないところが腹立たしい。
ようやく俺とリェースニツァの戦闘がただの喧嘩でないことに気づいたらしく、車両の違法取引をしていた連中が騒ぎ出した。古びた戦車に腰掛けたウサギの旧人が、俺を指差して周りに呼びかけている。あれが元締めか。まあ、機甲キメラの戦闘なんてめったにお目にかかれないから、いい見せ物だと思っているんだろう。賭けでも始めるのか?
しかし。有線を五指から引き出した俺に対して、機甲キメラたちが一斉に威嚇の吠え声を上げたその時だった。連中の動きが突如停止する。人造が強制的にフリーズさせられた時のような不自然な止まり方だ。違和感を俺が覚えたのと同時に、脊椎動物と無脊椎動物が混合した巨躯が液化した。舗装された道路に未だ脈動を続ける集積コアが転がる。
向こうでは拍手と歓声が上がる。ウサギの旧人を筆頭に、俺が機甲キメラを一瞬で片づけたと勘違いしているんだろう。足元を水のように流れていく機甲キメラの生体パーツを見つつ、俺は内心舌を巻いた。信じがたい精密さと即効性の強制アポトーシス。ゲノムそのものをハッキングするとはまさに神業だ。これほどの腕前はもしかすると――。
俺は後ろから近づいてくる気配に振り返った。
(……ステイルメイトか?)
弟子のピンチに呼ばれもしないのに手伝いに来た人形遣いを想像した俺だったが、その思考は不正解だった。
「……ヴィディキンス?」
そこに立っていたのは、機能を停止させておいたはずの人造、ヴィディキンスだった。
あの人造がイヴァーニンの傀儡と分かった以上、俺の身の回りに置く必要はない。どうせ人畜無害を演じる人造の目を通して、こっちの一挙一動を監視していたんだろう。今さら怒る気にもなれない。そう判断した俺は、リエリーを救出した後ヴィディキンスの機能を停止させて寮の一室に放り込んでおいた。だがそれが今ここにいる。
「お困りかと思い、助力いたしましたが――不作法でしたでしょうか?」
いや、違う。ヴィディキンスの首に、一匹のヘビが巻き付いている。その体は半透明で、向こう側が透けていた。本物ではなくホログラフィだ。あからさまな、人造をハッキングして操っていると見せつけている行為。
「傭兵の売り込みでもなければ、ボランティアでもなさそうね」
「お察しの通りです」
うやうやしく人造は一礼する。
「お迎えに上がりました。シェリク・ウィリースペア様。我々はシンハ・ギリの観測者です」
ヘビのホログラフィ。自分を「我々」と呼ぶ統合された自我の暗喩。そしてシンハ・ギリの名。情報生命体、ナーガがそこにいた。
「送迎なんて至れり尽くせりね」
「アクセス地点は少々不便な場所ですので」
イヴァーニンやヴィディキンスとは違い、細い目を普通に見開いた顔で、人造は俺を見る。
「それと、伝言が一つ」
どこまでもにこやかに人造は続ける。
「『高世の巧を有する者は必ず遺俗の累を負い、独智の慮り有る者は必ず庶人の怨を被る』とのこと」
「誰から?」
俺は分かりきったことを尋ねた。
「さる人形遣いから」
「大綱とは何なのか、君は知っているかな?」
それはまだ、シェリスが本来の性別である男性だった頃のことだ。メカニカル禅寺のリアルタイム描画石庭を歩きつつ、ステイルメイトがシェリクに尋ねてきた。
「あんたが知らないことを、俺が知っているとでも?」
外骨格のモノアイに見つめられつつシェリクはそう言い、次いで師の意図を理解した。
「……手形の件は気の毒だったな」
つい先刻のオークションでのことだ。ステイルメイトがひいきにしていた、エアリアル・スモウのヨコヅナの手形が競売にかけられた。その値は瞬く間に吊り上がり、泣く泣くステイルメイトは購入を断念したのだ。どうやら彼は気晴らしの雑談に付き合って欲しいらしい。
「いや別に気にしてないけど! 本当だよ!」
真正のスカイダイバーであり、比類なきハッカーである人形遣い。その彼がうろたえる様子は稀少だ。
「それはともかく」
ステイルメイトはキモノ風の耐蝕コートの襟を正す。
「大綱は、ただの情報ネットワークじゃない。あれは、一つの巨大な生命体の脳内そのものだ」
師が白と言えば黒でも白だ。
「じゃあ、ナーガはその脳の寄生虫か?」
ゼンの精神をくみ取り、シェリクは手形の話題には触れないことにした。律儀に話に付き合うシェリクに、安心した様子でステイルメイトは持論を述べる。
「彼らは、その分霊だよ」
全ての数理は大綱に接続して行使される。ならば数理とは現実を侵蝕するその生命体の夢、ナーガは夢の登場人物なのかも知れない。シェリクはうっすらとそう思った。
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