第56話:Manierisme
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上層都市スカイライトの大通りを、美麗な甲冑で身を固めた騎士たちの行列が行く。公議による都市の支配以前から存在するという、由緒正しいギルドが前身の“フェニーチェ財団”主催のパレードだ。かつては鍛え上げた体に板金の鎧をまとった騎士たちは、今は機体に改造された体に生体工学とサイバネティクスの融合したアーマーを装着する。
「成金趣味の俗悪な連中たちだ」
上層都市の秩序と優等の象徴である騎士たちを、通りを埋め尽くす観衆たちは歓呼の声で迎える。渋面なのは俺の隣でそう呟くエードルトくらいだろう。
「あなた、いつも自分だけが特別で健全で高尚だって主張するわね。そんなに優位を主張しないと不安なの?」
俺の皮肉に、エードルトは当然のような顔で答える。
「我々には大義がある。ここのような日々享楽に耽るしか能のない連中にはないものだ」
俺からすれば退屈なくらいにまともなこの上層都市も、エードルトのお眼鏡にはかなわないらしい。きっと、こいつの目に下層都市ボーダーラインは地獄そのものに見えることだろう。
「その大義とは、エンクレイブを外界から閉ざし続けること?」
エードルトが眼鏡越しに感情のない目で俺を見る。
「……驚かないのね」
「お前がキシアと接触した時点で、情報の漏洩は想定の範囲内だ」
「それは助かるわ。一から説明しなくて済むもの」
「我々は祖国を地上に落とそうとする裏切り者と戦ってきた。そのために地上に降り、祖国の雄大な大地とも別れたのだ。これを大義と言わずして何と言う?」
心なしかエードルトは誇らしげにそう言う。俺は内心舌打ちした。こいつの話の通じない自己完結した石頭の理由は、時代後れのケチな愛国主義に染まっているせいだ。
「その大義のために王女さえも利用したの?」
だから、俺はこいつの一番聞きたくないであろうことを口にする。大義のためなら王女を地上に落とすとは、見上げた愛国心じゃないか。
「あれは苦渋の決断だ」
おやおや。人様を散々けなしておいて、自分たちの不忠は「苦渋の決断」の一言で解決済みとは笑わせる。こいつもこいつの所属するシーケンサーという組織も、結局は愛国主義者の皮をかぶったナルシストどもにしか見えない。自分たちが愛国心で気持ちよくなることが第一で、肝心のエンクレイブはどうでもいいのだろう。
「あの天使の甘言に乗ったことが本当に正しかったのか、俺は時折分からなくなる。お前のような俗物が、あの方の中にいると想像するだけで吐き気がする」
エードルトの目に感情がこもる。俺を焼かんばかりの憎悪と嫌悪だ。どうせ、俺が王女の体を生肉の着せ替え人形にして遊んでいたとでも妄想しているんだろう。
「落ち着いて。これは複製よ」
適当に俺がそう言うと、エードルトは自分を落ち着けるように深呼吸する。
「そうでなければ、俺は自分が許せない」
「お気の毒ね」
まったく心のこもらない俺の慰めだが、エードルトが気にする様子はない。恐らく、こいつは俺のことなど最初から思考の埒外なのだ。王女の複製を動かすただの使い捨てデバイス程度の感覚なのだろう。
「最後の仕事だ、ハッカー。『星辰僧院シンハ・ギリ』の蛇たちと組み、祖国の裏切り者を拠点ごと粛清しろ」
だが、そんなことはどうでもいい。俺たちの主な雇用主である企業もまた、ハッカーを使い捨てデバイスのように扱う。それでも俺たちと企業の縁が切れることはない。理由はただ一つ。
「報酬は? 私はあなた方の大義じゃ動かないわよ」
報酬。その二文字だけが、ハッカーが信じるに足る真理だ。たとえ使い捨てでも報酬が納得できれば俺たちは働く。そして誰であっても、俺たちは無報酬では働かない。大義なんて代物は、それがいくらで換金できるかどうかだ。
「即金だ。受け取れ」
開いた教書に表示された銀行口座。そこに振り込まれた金額は、ハッカーの大仕事としては妥当な額だ。
「これが終わればお前をその体から自由にしてやる。喜べ、あとは勝手にしろ」
エードルトは吐き捨てる。
「まあ、ご厚意に感謝するわ」
俺の白々しい笑顔を忌々しそうに見てから、彼は深々とため息をついた。
「これで――俺たちはようやく帰ることができる」
「帰る場所があるのは素敵なことね」
俺が肯定したからか、エードルトは珍しく俺に問う。
「お前にはないのか? ハッカー」
俺も気の迷いか、珍しく正直に答えた。
「不思議なことに、私は自分の生まれ故郷に一度も行ったことがないのよ」
絶対理解されないと分かっていて、俺はそれでも続ける。
「だからこそ、私はどうしても行ってみたい」
俺の熱望にエードルトはしばらく沈黙した後、分かりきった答えを口にした。
「理解に苦しむ」
エードルトと別れた後、俺はボーダーラインに降りた。車両の違法取引が行われているマーケットの前を通り過ぎたとき、俺の教書に通信があった。送り主はチューニング。内容に目を通したい気持ちを抑え、俺は後ろを振り返った。俺の逃げ道を塞ぐ形で、ハイエンド教会の武装宣教師に似た服装の一団が立っていた。
「コンフィズリーだな」
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