第52話:Warm oneself at the fire
◆◆◆◆
廃棄された工業プラントの外で、見張りらしき一人のビーハイヴがあくびをしつつ立っている。俺はそいつの気を惹くため、側のスクラップの上に配管を伝っていたスパイダーを飛び降りさせた。
「ナンダ?」
地上版ドローンとでも呼ぶべきメカが立てた物音に気を取られたビーハイヴに、すかさず俺はゴーストを憑依させて起動させる。
昏倒したビーハイヴの制御フレームを乗っ取ると、俺はまず小脳付近の埋め込みデバイスを精査し、思考が他のビーハイヴとネットワークで共有されていないことを確認した。
「さて、アジトの内部はどうなっているのかしら」
続いて脇腹のコネクターに五指の有線を接続して、メモリーに侵入していく。既に潜入した連中の後方支援が今回の仕事だ。
元々、エルフとドワーフはあまり仲が良くない。平均身長が高いエルフからすると、ドワーフは実年齢よりもずっと幼く見えてしまい、ドワーフからするとエルフは痩せてバランスが悪く見えるらしい。互いを見下す傾向のある二つの種族だが、このファイア&ソードのコンビは別だった。もっとも、そこにあるのは友愛ではなくドライな信頼だが。
「向こうから三人来るわ。注意して」
ソードフィッシュの視野に、コンフィズリーから転送されてきたアジトのマップと、ハッキングした監視カメラの映像が表示されていた。こちらに接近する三人のビーハイヴは分厚い装甲に身を固め、二人は脚部を増設して六本足にしている。手に持った皿に載っているのは、重油で焼いたハンバーグの山だ。
「了解」
ソードフィッシュは先手を打った。一気に加速し、曲がり角から姿を現すと同時に、ドワーフの小柄さを活かした転がるような動きで壁を駆け上がる。
「ナ、何ダオ前タチハ――!」
壁を蹴ると同時に二振りのブレードを抜刀。体を回転させ、一瞬の交錯で一人の延髄を切断する。武装を何一つ活かせず、そのビーハイヴは情報キューブになって爆ぜる。
ソードフィッシュは着地することなく、片方のビーハイヴの増設した脚部を蹴って跳躍。ボールが弾むような動きで高さを得、残る二人の側頭部をブレードで同時に殴打する。切断ではなく打撃だ。彼女の武器がいくら鋭利とはいえ、無駄に硬い機体の積層装甲を一撃で切り裂くことはやや難しい。最初の一人は、延髄という急所を正確に狙えたからだ。
だが、彼女の役目はこれで充分だ。強烈な打撃によろけたビーハイヴの顔に、そっと触れる者がいた。それは美麗な容貌のエルフ、すなわち彼女の相棒であるファイアアラームだ。
「焼かれなさい」
囁きと共に、ファイアアラームは愛おしむかのような仕草でビーハイヴの側頭部を撫でた。その五指の軌跡が濡れたような光を放つ。
「――枯葦の如く」
瞬時にビーハイヴの頭部は灼熱の炎に包まれ、一瞬でクロームの骨格のみとなる。
「オ、オ前ハ連続凶悪放火魔ノ……!」
ファイアアラームを見たもう一人が慌てて後退したが、彼は逃がさない。その手が振られ、ビーハイヴに何かが浴びせられた。それはたちまち高温で燃え上がり、悶絶する暇さえ与えずビーハイヴの胸部に風穴を開けた。
「各個撃破とは面倒だ。そう思わないか?」
散らばる情報キューブに目もくれず、ソードフィッシュはブレードを鞘に収める。対するファイアアラームは手をハンカチで拭いつつほほ笑んだ。二人のビーハイヴを焼灼したのは、ファイアアラームの可燃性人工血液だ。彼は全身の血液を、酸素の運搬もできる生体ナパーム液にそっくり交換してある。
「私は放火ができれば満足ですよ」
「お前に聞いた私が馬鹿だった。コンフィズリー、お前はどう思う?」
ソードフィッシュは外耳の通信デバイスを通じて賛同を求めた。ファイアアラームは有能な傭兵だ。しかし、この相方は放っておくと敵味方を問わずすべてを焼こうとする度し難い放火魔でもあるのだ。こと火が絡むと正常な受け答えは期待できない。
「私たちは陽動よ。元々こんな一件、チューニングだけで解決可能じゃないかしら?」
通信デバイスから聞こえてきたのは、ドライな少女の声だ。グレイスケールの後継だけあって、その思考は打算的だが同時にプライドにこだわらない爽快さもある。
「景気のいい話だな。私も仕事道具を買い換えたかったところだ。さっさと片づけて報酬をもらおう」
「ようこそ、チューニングの方々。皆様に、神の祝福がありますように」
アジトの奥。めぼしいパーツを奪われてほぼ骨組みだけになった機動装甲が何体も横たわる倉庫。神聖さや敬虔さとは無縁のそこで、一人の聖職者がチューニングのエージェントたちを待ち受けていた。ヴィディキンスと同じ顔をした青年だ。
「信仰は自由ですが、時間は有限です」
レニアは小型サイズの短銃を青年に突きつける。
「あなたのことは知っています。イヴァーニン・ミルケーリッチ・アルバレフ。エンクレイブ開国派を地上から支援する組織“リェースニツァ”所属の司祭」
すらすらと個人情報を口にするレニアに対し、青年は笑顔を崩さない。
「手短に事を進めましょう」
レニアは銃口を彼に向けたままそう言った。
◆◆◆◆




