第44話:Quality Service
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アドロが待つホテルにやってきたのは、堅苦しいスーツを着たビジネスマンの一団だった。
「――申し分ない成果でした。皆様に我々セイバイ・カンパニーが協力させていただきます」
埋没タイプのゴーグルのソケットから一枚の基盤を抜きつつ、男性が満足げにうなずく。彼はこの一団のチーフである。
「そりゃ結構。俺たちの手際、なかなかだろ?」
ソファにふんぞり返ったアドロが応える。彼が渡した基盤に記されているのは、博物館の防壁に施された偽装を解除する暗号だ。チーフには、今の防壁の惨状が視認できただろう。アドロの不作法を無視し、彼は部下たちに命じる。
「ウチイリの時間だ」
「オシゴト!」
複製のように同じ外見のビジネスマンたちは、一斉に合掌して一礼して唱和した。
「ぜひ、次回も有益なビジネスを行いましょう」
下半身のみを動かして疾駆するシノビ・フォームで走っていく部下を尻目に、チーフは笑顔で去っていった。
「一件落着だ。なあ?」
その姿がロビーから消えてから、アドロは隣に座るウズムクに話しかける。
「あいつら、ニンジャか?」
ウズムクがやや怯えた目つきで尋ねた。
「企業所属のサイバネ工作員だ。本物のニンジャは格が違うぜ」
アドロは自分の仕事に悦に入りながら答える。博物館のセキュリティを担当するスケダチ・コーポレーションのライバル企業が、今のセイバイ・カンパニーだ。彼はこの二つの企業を引き合わせた。これも企業間闘争の一環。博物館の防壁を担当する企業が、今夜の一件で変わることだろう。
「コンフィズリー、予定通りセイバイ・カンパニーの工作員たちが入館した。そちらはどうだ?」
「こちらも問題ないわ。既に目標は入手済みよ」
俺は警備用の人造を一体操作しつつ、マンティスの通信に答える。人造の手には、保全フィルムに覆われたこの博物館の収蔵品が一つある。既に館内では、スーツ姿の工作員が隠蔽工作を開始していた。
防壁の脆弱な箇所に関する情報を報酬に、セイバイ・カンパニーは俺たちに協力してくれる。適度に館内を破壊し、適度に展示品を盗み出し、嘘八百の犯行声明を発表する。かくして俺たちは本命を安全に持ち出すことができ、セイバイ・カンパニーは信用が失墜したスケダチ・コーポレーションに変わり当館のセキュリティを担当できるというわけだ。
「――やあ、待っていたよ」
余震の感覚と共に、博物館の玄関口にキシアが姿を現した。
「仕事場にまで顔を出すなんて、学院に引きこもっていたのが嘘みたいな勤勉さね」
「依頼主として、早く実物を見たいんだ」
「ボーダーラインに着くまでお待ちなさい」
「そんな固いことを言わないでよ。依頼主として、本物かどうか確認するのは当然でしょ?」
万事を意味深に笑って受け流すキシアにしては珍しく、執着心に近いものを見せてきた。仕方なく俺はうなずく。
「確認するわ」
視界を現実と大綱の二重構造に保ったまま、俺は人造を操作して保全フィルムをはがしていく。中に入っているのは、細かな装飾が施された金色の箱だ。
「箱は近代のものだから、さほど価値はないよ。問題は中身だ」
その言葉に促されるように、俺は箱を床に置いて蓋を開けた。
「……羽根だ」
クッションの敷かれた箱の中に安置されていたのは、不思議な光沢を放つ白い羽根だった。金属のような生物のような、何とも言えない質感だ。明らかに生物ならば朽ち果てる時間を経ているにもかかわらず、無機物では再現できない生物特有の生々しさをたたえている。
「ああ、そうだよ。これが欲しかったんだ」
満足げにキシアは呟く。その声には隠しきれない喜悦があった。
「これで、僕はようやく……」
キシアが羽根から目を上げてこちらを見る。その目は確かに、大綱の向こうにいる俺を見ていた。そして分かった。この女は、俺を通じて別の誰かを見ていることに。俺の操作する人造の指が、羽根に触れた――
冷えきった空気。灰色の雲に覆われた空。屋敷の庭は雪に覆われ、訪れる人もいない。
「――お体に障ります、そろそろお戻りを」
知らない声であるにも関わらず、聞き覚えのある声が後ろで聞こえる。
「大丈夫よ、イヴァーニン」
俺の声だ。いや、正確には俺のボディの声だ。矯正整式では作れない、本物の上品さと作法によって作られた完璧な抑揚。
「“遺産”について進捗はあった?」
俺の視線は曇天を見上げたまま固定されている。
「……申し訳ありません。父君もこの件については難色を示しておられます」
「ええ、お父様はいつもそう。でも、それならば私たちは、この空でゆっくりと壊死していくだけなのよ」
「心中、お察しいたします」
視線が左右に動く。首を振っているようだ。
「何とぞこのイヴァーニン・ミルケーリッチ・アルバレフを、あなた様の手足としてお使い下さい」
俺の視線は声の方向へと動いた。
「その専心、心から感謝します」
そこには、一人の若い聖職者がひざまずいていた。その糸のように細い目に、俺は見覚えがあった。ヴィディキンス――俺の見張りとして押しつけられた、あの人造と同じ目だ。
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