第43話:Pyramid Structure2
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ベアリングウォールがいるホテルの一室に夜食を投げ込み、ウズムクはロビーに降りてきた。シェリスの姿はどこにもない。あの日、シェリスが可憐な淑女の仮面の裏をかいま見せてから、ウズムクは一度も彼女と話していなかった。あの冷酷な態度に驚いたのは事実だ。けれどもそれ以上に、ウズムクは彼女に不思議と惹かれていた。
「お疲れさん、子供は寝る時間だぜ」
色褪せたソファに座る、痩せぎすでドレッドヘアの男がウズムクに声をかけた。情報屋のアドロだ。彼はここを訪れたその日から、後ろ暗そうな連中と何やら話してばかりだった。
「あんたも寝ろよ。夜更かししすぎだ」
「仕事でね。バイヤーとの橋渡しだ。そろそろ商品が発注できますよって、な」
「商品?」
ウズムクが関心を示すと、アドロは持っていた教書を大げさな仕草で閉じた。
「おっと、それ以上は秘密だ。関わるなよ」
露骨に遠ざけられ、ウズムクはむっとした。
「オレだってガイドだぞ。知る権利がある」
悪徳者の集団に囲まれているのに、物怖じするどころか悠然と振る舞うシェリスに少しでも近づきたかった故に、そんな強がりを言ってしまう。
「あのなあ、俺たちがもしへまをして、全員捕まったらどうなると思う? 誰に捕まるかが重要だ。企業警察なら口座の中身を要求される。クソ野郎のチューニングなら、ミイラになるまで情報を搾り取られる。だがもし、博物館がニンジャを雇っていたら――」
そう言いつつ、意味深な沈黙でアドロは語尾を濁す。
「いたら?」
「――オコノミヤキ」
「は?」
「好きに焼け、というニンジャの古い暗号だ。俺たちは問答無用でオコノミヤキにされる」
ウズムクは背筋が凍った。いくら悪徳者とは言え、オコノミヤキはひどすぎる。伝説のアサシンであるニンジャは、そんなに恐ろしい存在なのか。そして、アドロもベアリングウォールの連中も、あのシェリスもそんな危険と隣り合わせの日々を送っているのか。
「だから深入りするな。何も知らなければニンジャも見逃してくれるさ」
アドロが優しくそう言うが、ウズムクとしては子供扱いされているようで気に食わない。
「ニンジャなんかただの神話だろ。怖くないね」
古代文明の壁画に描かれたニンジャを見たことはあるが、実物は未見だ。精一杯粋がるウズムクを、アドロはゴーグル越しに見ていたが……
「……さてはお前、コンフィズリーに惚れたな?」
突如アドロが投下した高密度の論理爆弾に、ウズムクは文字通り跳び上がった。
「なぁあああああ!?」
「お、図星か。そりゃそうだよなあ。そうでなくちゃ、ただのガイドがよそ者の俺たちに入れ込むわけないよなあ」
「か、勝手に決めるな!」
ウズムクが必死に否定するが、アドロはにやつくだけだ。
「可愛い彼女のピンチに颯爽と登場。白馬の王子様になって可憐なハッカーちゃんを悪の手から救い出す最強無敵主人公の活躍を脳内でシミュレート中ってわけか。いやぁ若い若い」
以前ほんの少しだけしてしまった妄想を恐ろしいほどの精度で言い当てられ、ウズムクは我慢の限界を迎えた。
「う、うるせぇえええ! そんなんじゃない! ないから!」
つかみかかったウズムクの手を、アドロは難なく払いのける。瞬間、にやにや笑っていたその顔が真面目なものに豹変した。
「おいお前、まさかあいつをただのか弱い女だなんて思ってないよな」
その声に怯えのような感情を察知し、ウズムクは手を引っ込めた。
「思い上がるなよ。あいつはお前みたいな青二才に守られるガラス細工のレディじゃない」
アドロはくしゃくしゃの箱から香草を引き抜いて口にくわえ、即座にむせた。
「……マンティスの奴こんなの吸ってるのか。狂ってるだろあの女」
香草を丸めてテーブルに放り投げ、アドロは人工ドレッドヘアの頭を掻きながら天井を見上げた。
「――あいつは、あのグレイスケールが作り上げた傑作だ。下層都市ボーダーラインの申し子って奴だよ」
能動ホメオスタシス機構が俺の制御下に入った。視野を埋め尽くす多角モニターに映るのは、次々と沈静化されていく情報伝達構文のログ。重要度が低いものを手動でサブダクション・ゾーンへと追いやり、なおも警戒域へと浮上しようとするものは偽証トランキライザーを注入して強引に抑制する。企業の作り出した防壁は、今まさに決壊した。
「よくやってくれた、コンフィズリー。上出来だ」
仮想の耳元でマンティスの賛辞が聞こえる。
「あなたのハリガネムシがあったからよ。後で情報ゲノムを教えてくれないかしら」
「悪いが断る。いつお前と敵対するか分からないからな」
マンティスの含み笑いを聞きながら、俺も笑う。
「あら残念。いい感じに育てられたら逆輸入するつもりだったのに」
俺は硬筆を走らせ、侵蝕ゴーストに内蔵していた病巣を解放した。この防壁に合わせて添削した論理病源が情報レセプターに群がり、仮想エンドルフィンに溺れさせていく。今の防壁は、警備員が全員眠りこけたゲートのようなものだ。つまり、密輸品を満載したトレーラーが大手を振って通り抜けても、とがめる者もいなければ気づく者さえいない。
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