第40話:Wicked Dealer2
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ハッカーの仕事は地理を選ばない。俺が今わざわざサンドピット自治区にいるのは、今回のターゲットが情報ではなく現実の物品だからだ。
「おい、コンフィズリー」
ウズムクが退室してすぐ、マンティスが俺の方を見た。
「何かしら?」
俺と彼女が率いるチームはここに到着と同時にホテルにこもりきりとなり、ハッキングの糸口を探り続けている。
「あの子供は仕事の邪魔だ」
無愛想にマンティスは言う。
「同感ね。私としては、首にしても構わないわ」
「なら……」
マンティスは意気込む。主義主張のないハッカー集団を率いるだけあって、彼女は粗暴で無慈悲だ。趣味がネコカフェ巡りというのが信じられない。
「でも、依頼主の要望よ。カモフラージュとして雇ったみたい」
「付き合う義理はない」
マンティスは多感アルカロイド溶液に浸した香草をくわえて吹かす。爆発物のようなギリギリの代物だ。俺の少女のボディだと、側にいるだけでめまいがしてくる。
「マンティス、私たちはハッカーよ。私はフリー、あなたはリーダーという違いはあるけど、一山いくらのアウトロー気取りとはわけが違うわ」
「何が言いたい?」
マンティスは唸る。
「連中のようなごっこ遊びじゃなくて、私たちは仕事でここにいるの。依頼主の要望は裏切り以外極力叶えるつもりよ」
矯正整式に則った優しい声音で俺が説明すると、マンティスの濁った目に生彩が戻った。こいつは自壊する勢いで摂取した薬物と数理の力を借りたハッキングを戦法とするが、見た目以上に頭の中はロジカルだ。実力も申し分ない。
「プロの矜持か。やはりお前はグレイスケールの後継だな」
挑戦的な笑みをマンティスは浮かべる。またその名を聞いた。
「そんなご大層なものじゃないわ」
俺は心中で肩をすくめる。いつの間にか俺は、同業者の間ではグレイスケールの後継として扱われている。
「仕事を続けましょう」
俺が香草の激臭から顔を背けつつ、そう言った瞬間だった。
「――っ」
空間が重たい水のように揺らぐ。一秒前と一秒後。間隙に差し込まれる違和感。
(余震……?)
大綱に接続した瞬間に時折感じる、ハッカーなら誰もが知る違和感。それが現実に表出してくるということは……。
「そうだよね。君は後継じゃない。グレイスケールその人だ」
静止した無音の室内。聖アドヴェント学院の制服を着た少女がいる。
「『天蓋が見えた』ってこの人の言葉を君は一笑に付したけど、あながち間違いじゃないかもしれないよ」
先程、博物館のセキュリティに引っかかって悶絶していたハッカーの隣。この少女はそこに、滲むようにして姿を現した。短い髪。起伏の少ない体躯に細い手足。少年とも少女とも取れる顔立ち。ただ、着ているのは女子の制服だ。
「あなたは……」
「久しぶり、また会えたね」
中性的な少女は、まるで旧知の間柄のような親しげな笑みを浮かべる。
「学院では雲隠れしていたのに、今日は自分から登場とはね、キシア」
俺はその名を呼ぶ。以前学院の空中庭園で会った少女の名を。その庭園には一つの噂があった。
――天使に会える、という噂が。
「僕の名前を覚えていてくれたんだ。嬉しいなあ」
キシアは静止した世界の中で一人動き、俺に近寄る。
「異族のデーモンは古来より名前を重要視していた。契約を結ぶ時は、秘密の名を触媒に数理による束縛を施したんだ」
「古いしきたりよ」
「大綱が世界を覆い尽くし、人々がインプラントしたデバイスを使って接続するこの時代でも、数理の本質は変わらない。君もまた、真名を知るべきだ」
一歩後じさる俺に、キシアは囁きかける。まるで、千年の封印を解く秘密の呪文の如きその名を。
「――ホワイトノイズ」
刹那、視界が呼応するかのように震えたのは俺の錯覚だろうか。
「それはあなたの名前?」
「僕はキシア。そして今回の依頼主だ」
キシアは俺の質問をはぐらかす。
「シーケンサーとエードルトはあなたの手足ってわけ?」
「少し違う。僕は君たちハッカーと同じだよ。依頼を受けて、それを果たす。そして今回は、僕の方がハッカーに依頼しているってこと」
思わせぶりなことを口にするキシアだが、目的は単純極まる。要は俺たちの所に視察に来たのだ。
「あなたが人体のコレクターだとは知らなかったわ。報酬さえ支払ってもらえばどうでもいいけど」
そもそもこいつは何者だ? 凄腕のハッカー、疑似パーソナリティが付与された“チューニング”の追跡構文、物好きの富豪、あるいは――天使? 天使なんて種類の異族はいない。聖遺物を欲しがるのは、天使を気取るロールプレイの一環か、自宅のコレクションに加えるのか。
「そう言わないで。これは君にも関係があるよ。これを手に入れれば……」
キシアは親しげに笑う。俺の知らない親密さをその瞳にたたえて。
「……君に、もう少し真実を話せるようになる」
そして、フリーズしていた映像が再び動き出すかのように――
「どうした、コンフィズリー」
世界に動きと音が戻った。
「何でもないわ」
キシアの消えた室内で、俺はマンティスのいぶかしげな視線から逃れるようにそっぽを向いた。
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