第38話:Anachronism
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「サンドピット自治区のルーツは、鉱化パンデミックから逃れた難民たちの活動拠点です」
俺の隣で、褐色の肌の小柄な少年が喋っている。目の前を異族のジンの一団が通り過ぎた。千年前から変わらない服装に、背中に背負った砂まみれの通信デバイス。
「ここはかつて東西両国の文化が衝突する突端であり、めまぐるしく統治者の変わる大都市でした」
サンドピット自治区。ボーダーラインから列車を経由してたどり着いた、海と砂漠に挟まれたアーコロジー。悪疫からの復興の象徴は、公議の進歩的思想さえも無に帰す歴史の砂塵に埋もれつつある。この街で最初に壊れるのは最新の数理デバイスで、最後まで残るのは太古からの建造物だ。前回のミレニアムと今回のミレニアムに変化などない。
「そもそも始まりは、八十八賢帝の一人、皇帝――」
少年が続けようとしたが、突如横槍が入る。
「その棒読みの台詞、なんだよ」
痩せぎすの体躯にゴーグルと人工ドレッドヘア。ボーダーラインから出張してきた情報屋のアドロだ。
「観光ガイド協会のマニュアルだよ。知らないのか?」
少年は不満げに頬を膨らませる。
「黙ってろ。耳障りだ」
「あんたの意見なんてどうでもいい。オレはあんたの観光ガイドじゃないからな」
アドロの文句を少年は聞き流し、次いで俺に期待に満ちた視線を向ける。カモフラージュのために雇ったこいつの名前はウズムクという。
「続けるだろ? なあ?」
俺の少女の外見が気になるのか、ウズムクは初対面からずっとなれなれしい。
「いらないわ。黙ってて」
生憎、俺は思春期の少年の純心を弄ぶ気は毛頭ない。
「じゃあ、なんでオレがいるんだよ」
「さあ、ね。自分で考えたら?」
俺は肩をすくめる。荷物は隣のヴィディキンスに持たせているため、こいつは荷物持ちにもならない。
「……暑い。臭い。砂だらけだ」
アドロのうんざりした顔を見つつ、俺はうなずいた。
「故郷が懐かしくなるわね」
一週間前のことだ。俺はスカイライトの喫茶店でエードルトと顔を合わせていた。彼が俺を呼びつけたのはいつもの嫌みや注意ではなく、所属するシーケンサーが依頼主の仕事の依頼だった。
「――ようやくハッカーらしいまともな仕事ね」
サンドピット自治区に建つデザートローズ考古学博物館に収蔵された、とある聖遺物の奪取が依頼だ。
「浅ましい上に乱暴なやり方だ」
エードルトは何が気に入らないのか、苦い顔でそう答える。対立する企業を強襲してデータや貴重品をかすめ取るのは、企業間闘争の日常であり常識だ。いったい何が気に入らないのか。
「じゃあ、素直に大金を積んでお願いしたら? どうかそちらの展示品の一つを売っていただけませんか? って頭を下げてね」
自分の依頼内容に渋面を見せるエードルトだが、俺の忠告に首を左右に振る。
「取引の情報が残るのは望ましくない」
「あら、そう」
俺は聞き流す素振りを見せつつ、内心で少し驚いた。
(誰に、いや何に警戒している?)
シーケンサーは誰かの目を気にしている。つまり、この依頼は明らかにこいつらの核心に触れる何かということだ。
「ほら、やるよ。オレの奢りだ」
バザールの人混みに揉まれつつ歩いていた俺に、ウズムクがアイスクリームを差し出した。そちらに目をやると、店先にいたひげ面の太った店主が笑顔で手を振る。いつの間に買ったのか。
「俺にはないのか?」
地物の香草を吹かすアドロがすかさず顔を近づける。
「あんたはオレの雇い主じゃないだろ? 黙ってろよ」
にべもなくウズムクはアドロをあしらいつつ、手に持ったアイスを俺に押しつけてくる。
「ほら、早く。そこらのガイドも知らないオレの一押しだぜ」
プレゼントでこちらの気を惹こうという思いが見え隠れしてる。
「ええ、せっかくだからもらうわ」
ウズムクの思いなどどうでもよく、俺は受け取りつつもう片手で教書を開く。待ち合わせ場所は近い。
「――コンフィズリーだな」
アイスクリームを食べ終わるのとほぼ同時に目的地に着く。閑古鳥が鳴いている人造の中古パーツショップの裏手に、俺と同郷の異邦人たちがたむろしていた。不健康な白い肌と薄汚れたジャケット。地べたや階段に腰掛けた体のあちこちは無骨な機体。後生大事に膝の上に置くのは、違法改造した大型の教書。
「現地で合流か。いつものことだな」
リーダーの女性が俺に声をかけた。目の下の隈が凄まじい。全身の各所に刺したクローム鍼が、見るからに危険な奴という雰囲気を出している。
「だ、誰だよお前ら!?」
ゾンビのような一団を目にし、ウズムクが悲鳴を上げる。怯えるその横顔を見つつ、俺は丁寧にガイドに紹介してやった。
「紹介するわ。こちらの方々はベアリングウォール。私と同じ、奪取と破壊が大得意のハッカーのチームよ」
ハッカー、と聞いてさらにウズムクの顔が引きつった。
「あ、あんた、ハッカーなのかよ……」
まるで凶悪犯罪者を見る目で、ウズムクは俺を見る。その怯えた子犬のような視線を浴びるのは、このボディになってから本当に久しぶりだった。
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