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第37話:Gild the lily3



◆◆◆◆



「あなたは、見かけよりもずっと混沌とした方ですね」


 シェリス・フィアはまるで台風の目だ。彼女だけが平然としているよそで、周囲は振り回され、当惑し右往左往する。その様子を見て、彼女は薄く笑みを浮かべているのだ。


「そうかしら?」

「まるでご自分が男性の心の機微を知り尽くしているかのような言葉です」

「まあ、いろいろあったのよ」


 シェリスは肩をすくめる。


「でも、何だか少し分かったような気がします。ありがとうございました、シェリスさん。必ず最高の演技で応えてみせます」


 深々と一礼するストリンディだったが、彼女が顔を上げて目にしたのは、既に無関心になっているシェリスの顔だった。


「そこそこ期待させてもらうわ。もっとも、私は演劇には興味がないけどね」





 本番の舞台。講堂に集まった満員の観衆。自校の生徒のみならず他校の生徒、そして学校関係者に学生の親族に一般の人々まで。スポットライトにストリンディとシェリスが照らし出される。今まさに情熱的なデュエットを歌い終え、最後に幕が下りる。だからこそ、ストリンディがするべき事はただ一つだけ。


(さあ、皆に見せてあげなさい)


 シェリスの目がそう言っているように見えた。


(王子の、いいえ、あなたの思いの丈を)


 その目が閉じられる。促されるまま、心の命じるまま、欲求のけしかけるまま、ストリンディはシェリスの唇にキスをした。それはもう、がっちりとしっかりと熱烈に激しく猛烈にがっつくようなキスをしたのだった。そして、万雷の拍手が講堂を埋め尽くしていく。





「……ビーハイヴ製の脂肪吸引ポンプを口に突っ込まれた気分だわ」


 広い湯船の中で、俺は五体を伸ばす。ここは寮に設けられた温泉だ。ミュージカルは大成功だった。ストリンディも本番で最高の演技を見せ、リハーサルよりも数倍情熱的なキスを口に押しつけてきた。今までが上品な紳士のキスなら、本番は十代の少年が恋人に勢いだけでするキスだ。


「ええ、真に迫ったディープキスよ。おかげで観客も大喜びだったじゃない」


 湯に浸かる俺の近く。タイルの上でストレッチをしているストリンディが俺の言葉に反応した。叙述インターフェイスをはずした今、ストリンディは顔を真っ赤にして照れている。


「今にも死んでしまいそうなくらい恥ずかしいですが、これもあなたのおかげです」


 ちなみに、二人とも水着を着用している。ストリンディは、競泳用を思わせるラインの入った濃紺の水着。俺は白とピンクでフリルいっぱいの愛らしさに特化した水着だ。誰の趣味だって? ステイルメイトのプレゼントだよ。俺は何となくストリンディを見つめる。アーマーを装着している時は分からなかったが、この騎士は非常にスタイルがいい。


「どうかしたのかしら?」

「そんなに見つめられると……少し恥ずかしいです」


 俺の視線に気づいたのか、ストリンディは居心地悪そうに手で体を隠そうとした。ぴったりとフィットした水着が嫌みなく上半身の豊かさを際立たせているし、腰から脚のラインはモデルのようにすらりとしている。


「あら、気にしないで。深い意味はないから」


 俺は適当なことを言いつつ、お望み通り目を逸らして天井を見つめる。男子禁制の寮の温泉施設で、水着の少女を遠慮なく眺めているという状況だったが、俺はあいにく嬉しくもなければ感慨も湧かない。ハッカーにとっては肉体も肉欲もノイズだ。健康的な少女の肢体も、土俵で四股を踏む力士と同程度の関心しかない。


 別に俺はミュージカルを成功させたかったわけではない。ストリンディの煮え切らない演技に付き合うのがうっとうしくて、強引に吹っ切れさせようとしたに過ぎない。彼女に語った長広舌は、ステイルメイトが以前語っていた人間の本質についての論議に、適当なでまかせを混ぜたものだ。やはり、厄介事は多少強引な手段を取った方が手早く片付く。


「そういえば、ストリンディさん」

「はい、何でしょうか」


 もじもじするストリンディに、俺は少し意地悪なことを聞いてみた。


「少し前に学院を休んでいたけれど、まさか企業間闘争で不覚を取ったのかしら?」


 彼女にアシッドレイン製の汚染映像を流し込んで心神喪失にしたのはこの俺だが、あの一件をどう処理しているのか興味があった。


「……え?」


 しかし、返ってきたのは敗北に対する反省でもなければ悔恨でもない、怪訝な顔と声だった。


「いえ、そんなことはありませんよ。幸い相手はこちらを侮っていましたので、手傷を負うことなく任務を終えられました」


 すぐにストリンディは笑顔に戻り、爽やかな声で俺にそう言う。


「じゃあ、どうして休んでいたの?」

「……え?」


 再び怪訝な顔。だが、すぐにそれは快活な笑顔で上書きされる。


「ええ、騎士団に呼ばれて事務処理を手伝っていたんです。ご心配をおかけしました」


 虚勢や虚言ではない。ストリンディ・ラーズドラングは、本心から自分の発言を信じている。まるで定期的に調整される機械だ。熱い湯に浸かっているはずの俺の体に、寒気が這い上がってきた。



◆◆◆◆




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