第34話:Obstreperous
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リエリーと出会った次の日の夜。俺はヴィディキンスに傘を差させ、毒性雨の中一軒の店に入った。
「押忍、いらっしゃいませ」
ユカタ風の制服を着た巨漢のウエイターが一礼する。ここはスモウ・バール“ジンセイ”。引退した力士たちの働く料理店の一つだ。エアリアル・スモウの世界は厳しい。角界を去った彼らは、こうして第二の仕事に勤しむ。
「エスカルゴ・ナベとイカスミ・ソバ。それとグレープジュースワインを白で」
「押忍、銘柄は?」
「ミケネコ・ゲンキがいいわ」
俺は手早く注文を済ませる。彼ら元力士が作るのは、地上最強のヒューマンの肉体を作り上げるセキトリ・グルメの内、力士以外が食することを許されたごく一部の料理だ。アレンジされたそれは、秘伝の言わば影である。
「少々食べ過ぎではないですか。我が愛しくもこぢんまりとしたマスター」
俺の隣に座ったヴィディキンスが忠告する。
「ストレス解消よ。たまにはいいでしょ?」
外見だけは執事のようにかしこまった人造は、思案するかのように宙を見上げてから、納得したようにうなずく。
「娯楽薬物や数理サプリメントに比べれば、安全な方法だと判断いたします」
やがて料理がテーブルに並べられ、俺が箸を手に取った時。
『ヤッホー! みんな見てる~! 暁レプレだよっ! とってもぐらーちぇっ☆』
突如店内に展開した仮想スクリーン。そこに写っていたのは、髪の色が蛍光のブルーで服装の露出が高いのを除けば、明らかにリエリー・ロイルだ。暁レプレの名義で、ジョッキーの配信を開始したらしい。
「うぉおおおお!」
「きたぁああああ!」
「ブラボォオオオオ!」
近くの席に座っていた派手なスーツ姿の数人が、一斉に立ち上がると歓声を上げる。胸元には紫のバラのマーク。欺瞞の忠誠と真正の虚飾が特徴のクラン、ヴィオーラのメンバーだ。一部の企業傭兵はクランと呼ばれる組織を形作り、企業間闘争以外にも独自の勢力争いに忙しい。
『それじゃー今夜はね、前回みたいにロストホライズンのシーズン8を進めていくよ。そろそろレプレもランク上げたいな~』
脳が溶解しそうな甘ったるすぎる声音。媚びに媚びた仕草。だが、それらは完璧にヴィオーラの面々を虜にしていた。
「頑張れレプレちゃん!」
「君ならできる! できるよ!」
「俺たちも応援するから! うおおおお!」
教書から躊躇なく送金しようとする彼らに、突如冷笑が浴びせかけられた。
「――馬鹿馬鹿シイ。う゛ぃおーらモ落チタナ」
店の一番奥の席。機体の一団から立ち上がった異形がいる。床に届くほど長い銀色に輝く複数の義手。せわしなく動く回転式ゴーグル。肩に彫られた獰猛なハチのマーク。
(ビーハイヴのサイバネ蜂か。今夜は運が悪いな)
俺は内心舌打ちする。これは完食できない可能性が大いに高くなってきた。違法人体改造を何よりの美徳とし、話が通じない狂人の掃きだめとして有名なクラン、それがビーハイヴだ。
「おい、今なんて言った? もう一回言ってみろよ」
ヴィオーラのワーウルフが、特大クロスボウを手に持ち犬歯をむき出す。
「馬鹿馬鹿シイ、ト言ッタダケダ」
ビーハイヴの機体は機械的な笑い声をもらす。
「縄張りへの不法侵入は目をつぶるが、我らの推すジョッキーを愚弄されるのは我慢ならん!」
他のヴィオーラの面々も、リーダーらしきヴァンパイアを筆頭に武器を手に取る。
「コレダカラ初心者ハ困ル」
金属が軋る音と共に、ビーハイヴの他の機体が警戒色を体表に点滅させつつ立ち上がった。
「教エテヤロウ。都市デ一番ノじょっきーハ、村雨あると、ニ決マッテイル」
即座に乱闘が始まるかと思いきや、機体は三対の腕を大げさに広げてそう宣言する。
「はぁ? あのゲーム下手すぎのジョッキーのどこがいいんだよ!?」
しかし、ヴィオーラのワーウルフは彼が推すジョッキーを鼻で笑った。
「下手スギナノガ可愛イニ決マッテルダロ!」
側頭部の装甲を展開して放熱しつつ、機体は怒鳴る。そして始まるのは、互いが推すジョッキーの押し付け合いだ。
「暁レプレ最高!」
「村雨あると最高!」
「レプレ!」
「あると!」
舌戦は容易に肉弾戦に移行する。ワーウルフの撃ったクロスボウの矢を機体の義手が弾き飛ばし、遅まきながらヴィオーラとビーハイヴの抗争が始まった。
ヴァンパイアの血液がコウモリとなって店内を飛び回り、機体の義手から伸びた丸ノコが家具を滅多切りにする。罵声に混じり、自分が推すジョッキーの美点を叫ぶ激論。論戦も忘れないとは器用な奴らだ。右往左往する店員と他の客をよそに、俺は丼と鍋を手に持つと、ヴィディキンスと共にさっさとテーブルの下に避難する。
「あら、早速あるわね」
教書を開き、ハッカーへの依頼が書かれるチャプターを閲覧。早くもここの店長が抗争の鎮圧を依頼していた。十分以内に、店はハッカーと企業傭兵の狩り場になるだろう。俺は指先の有線を確認した。ならば、俺が一番乗りになってやろうじゃないか。そうだ。何も難しく考える必要はない。よろず厄介事は、ちょっと強引に押し通すのが一番だ。
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