第33話:Enfant terrible
◆◆◆◆
ボーダーラインのアーケード“ハート・粉砕”。時代後れのゲーム機が所狭しと置かれた店内で、俺はライオンの旧人の姿をしたタダ乗りジェノートと会っていた。依頼されていた集積コアをジェノートに渡すと、奴は真新しい紙幣を俺に渡す。
「チャオ、またよろしくね」
なれなれしく手を振りなら去っていくジェノートの背中を見送っていた時だ。
「すげえ、ぶっちぎりでハイスコアだぞ!」
「なんだよあれ。本当に生身か!?」
アーケードの奥から怒濤のような歓声が聞こえてきた。
「生身……か」
向こうで凄腕のゲーマーが活躍中らしい。俺もステイルメイトも、ハッキングの腕を研ぎ澄ますために生身だ。わずかに感じた共感を確かめたくて、俺はアーケードの奥へと歩き出した。
アーケードの奥は人だかりができていた。投影ドームの中に入ると、目の前にゲームの映像が不自然なほどリアルに映し出される。等身大サイズのニンジャが走りつつ手裏剣を投げ、最終ボスのマネキネコ・エクス・マキナが強制散財ビームを両眼から放つ。シューティングゲーム“ニンジャ・オブ・ザ・アポカリプス”の最高難易度“オヒガン”。
誰もがプレイヤーの一挙一動を食い入るように見守っていた。俺の前にいた巨漢がさらに前に移動し、ついでに俺も前に進む。ゲーム機の前に座り、一心不乱にカードを繰りながらボタンとコントローラーを操作するプレイヤーの姿と横顔が見えた。それは、俺と同じ聖アドヴェント学院の制服を着た、一人の少女だった。
「意外だな……」
小柄なくせに発育のいい体形。長い金髪。エルフ特有の尖った外耳。小生意気そうな顔を今は真面目一辺倒にし、彼女はゲームに集中しきっていた。しかし、その目がわずかに横に動き、俺の姿を見た。
「……先輩?」
彼女の唇がそう動き、彼女の目が俺の目と合うほんの一瞬。けれどもそれは、ニンジャがビームを浴びるのに充分すぎる時間だった。
リエリー・ロイル。聖アドヴェント学院の学生。年齢は俺よりも一歳年下。父親はセントラル銀行の重役。有線でハッキングした学生証から得た情報だ。
「惜しかったわね、もう少しでクリアだったのに」
今俺とリエリーは、アーケードの隅にあるテーブルを囲んで座っている。
「うぅ……かなり悔しいです。本当に、あとちょっとだったんですよ!」
残念がるリエリーの頭上には、静音数理とステルス迷彩によって隠された護衛ドローンが浮遊している。先程放った俺の有線に反応したから分かる。制服には防犯数理。さらに恐らく血中を巡回する警備血球。仮にこいつが犯罪に巻き込まれれば、騎士クラスが出動するだろう。
「同情するわ。同校のよしみで一杯奢ってあげる。はい、どうぞ」
俺は先程買ったソーダの瓶をリエリーに差し出した。
「クリアを邪魔したお詫びよ。気に入ってもらえたら嬉しいわ」
素直にリエリーは受け取り、中身を一口飲む。
「お、お詫びなんて……。ギャラリーの声援や野次でプレイが乱れても、そのせいにするのはゲーマーとしてあり得ませんから!」
リエリーは首を左右に振って、俺の謝罪を否定する。
「あら、プロとしての矜持があるのね」
「こう見えても私、ゲーマー歴長いですから」
リエリーは得意げに胸を張る。発育のいい上半身を強調するような仕草だ。
「私、実はジョッキーなんです。ゲーマーとしての活動はその一貫ですね」
チャプターという大綱の情報空間を個人で所有し、ゲームの実況や食べ歩きや歌を配信する連中がジョッキーだ。
「先輩はどうしてここに?」
ぼかすのも面倒臭く、俺は正直に教えることにした。
「私はハッカーよ。ここが終生の仕事場ってところね」
「……本当ですか?」
急にリエリーは疑わしそうな顔になった。確かに、こんな華奢な生身の少女がハッカーと言われても信じにくいのは当然だろう。
「あら、疑うなら証拠を見せようかしら」
俺は指先から有線を振るった。接触と同事に防壁を融解。ステルス迷彩を解除。本社への緊急連絡を疑似スクランブルで強引に遮断。数秒で全機能を休眠させられた護衛ドローンが、俺とリエリーが囲むテーブルの上に落下して音を立てる。リエリーは目を見開き、次いで……
「カッコイイです先輩! クールでクレイジーですごくカッコイイです!」
身を乗り出してリエリーは叫ぶ。
「だから先輩だけ、叙述インターフェイスの使い方が上手だったんですね! ハッカーですから構文をいじったんですよね!? やっぱり先輩の演技がみんなの中で一番です!」
なるほど。俺がハッカーだと分かれば、叙述インターフェイスの構文をチューニングしたと推論するのか。
「ストリンディさんよりも?」
俺はわざと意地悪くそう尋ねる。
「え? え~と、それは……」
さすがに我らが王子様よりも上、とはとっさに言えないらしい。困った顔のリエリーを見て、俺は小さく笑う。
「冗談よ。私は別にストリンディさんに勝とうなんて思ってないから」
だが、それはそれとして、あの騎士様にはさっさとスランプから脱却してもらいたいものだ。
◆◆◆◆




