第32話:Gild the lily
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ホログラムによって映し出された王城の大広間。窓の外は暗闇。煌々と輝くシャンデリア。弦楽器の奏でる無駄に感傷的なメロディー。俺が着ているのは、可憐な装飾がふんだんに施された真紅のドレス。裾が長すぎて、普段着にしたら転倒すること請け合いだ。そして向かい合って立つのは、金糸の縫い取りもきらびやかな白い礼服を着たストリンディ。
「今こそ君と 共に歌おう
さあこの手を どうか取って欲しい
悲しみに満ちた 夜を乗り越え
ほら朝日が 僕たちを照らす」
背景に流れる旋律に合わせてストリンディが歌う。
「あなたのことを ずっと信じていたわ
ただ一人きりの時も
あなたのことを ずっと待っていたわ
夢ならば お願い覚めないで」
台詞を引き継いで俺が歌う。
もうじき開催される聖アドヴェント学院の学院祭で、俺のクラスはミュージカルを発表する。内容はテンプレートに忠実な恋愛もの。幻想の国の王女が人界に流れ着き、そこで数々の不遇を乗り越えながらその国の王子と結ばれるというハッピーエンドの話だ。主役の王子様を演じるのはストリンディ。そしてヒロインが俺だ。……なぜか俺なんだよ。
「恐れなくてもいい 僕はここにいる どんな時でも君を守ろう」
気取った歌詞と共に、ストリンディは俺に手を差し出す。
「私はもう 迷いはしない だから伝えるわ 胸に溢れる愛しさを」
俺もまた歌いつつその手を取る。はた目から見れば、見事に庇護欲をかき立てるヒロインの姿だろう。
「共に行こう世界の果てまでも 愛という灯火を頼りに」
俺はミュージカルが描く甘ったるい恋愛模様には一切興味がない。そもそも俺はハッカーで、ミュージカルなど未経験だ。それなのに、まがりなりにも俺がヒロインを演じられる理由。それは、外耳の補助デバイスに増設した叙述インターフェイスのおかげだ。これが台本に沿って、俺の動作や発声を誘導してくれる。ゆるい矯正整式のようなものだ。
「君と一緒ならそれ以外何も要らない だから僕はここに誓う」
音楽が最高潮に達した。ストリンディが俺の華奢な体を抱きしめる。
「君を愛する 永遠に」
「あなたを愛する 永遠に」
俺とストリンディの歌声が重なる。互いに見つめ合い、俺の方が恥じらいから目を閉じる。頬に感じるストリンディの唇の感触。そしてキスと共に幕は下りていく。
「もう、ストリンディさん。そこで遠慮しちゃダメでしょダぁ~メ」
さっさと俺が目を開けると、こちらを不満げな表情で見るフェアリーの女性講師がいる。ホログラムが消失し、俺とストリンディがいるのはただの舞台だ。
「ここでお客様が期待しているのは、王子様とヒロインが永遠の愛を誓って、それを情熱的なキスで示すシーンなんだから。ね?」
「すみません。でも……」
「でも?」
講師は首を傾げる。
「恥ずかしくて……はい」
ストリンディは顔を真っ赤にしてそう言う。舞台の袖から「可愛い!」「素敵!」という歓声があがった。一緒に演技していたクラスの連中と、勝手に練習を覗きに来たよそのクラスの連中だ。本番が近いのに、未だストリンディの演技にはOKが出ないままだ。
特に、この最後のキスシーンの評価がかんばしくない。俺に気を遣っているのか、彼女のキスは唇ではなく頬や、唇でも端をついばむような遠慮がちなものだ。どうせ「演技であっても、女の子にとって大事な唇を恋人ではない私が奪うわけにはいきません」などと思っているんだろう。ご苦労様としか言いようがない。
「いい加減にして欲しいわ……」
講師の駄目出しを傾聴するストリンディをよそに、俺は近くの椅子に腰掛ける。
「シェリスさん、すごく可愛かったわよ」
「いいなあ、私もヒロインになりたかったなあ」
「無理よ。シェリスさんが一番叙述インターフェイスを使いこなしているんだから。格が違うわ」
クラスメートの言葉を聞き流しつつ、俺は今になって急に恥ずかしくなってきた。
考えてみれば、なんで男の俺が可憐な乙女として扱われてキスされなくちゃいけないんだ? ステイルメイトに見られたら、自分の頭を揮発構文で爆破したくなる構図じゃないか。
「シェリスさん? 具合が悪いの?」
「いえ、大丈夫。疲れただけよ」
クラスメートが近づくのを制し、俺は外耳の補助デバイスを取る。元凶はこの叙述インターフェイスだ。
使われている動作構文の古臭さにハッカーの血が騒ぎ、徹底的にチューニングしたのが仇だった。どの生徒よりも滑らかな演技が講師の目に留まり、いつの間にか俺は王子様に恋するヒロインだ。我が身の恥ずかしさにめまいさえ覚え、俺はポケットに手を入れた。中からボーダーライン製のキャンディーを一つ取り出すと、包装を解いて口に入れる。
脳と舌に馴染んだ安っぽい味が、気持ちを少し落ち着けてくれる。上層都市のお嬢様が下層都市の嗜好品を舐めている状況だが、誰もそれを指摘する者はいない。それも当然だ。このキャンディーの出所を知る奴など皆無に違いない。上層都市の住人にとって、下層都市は蓋の開いたゴミ箱同然だ。わざわざ出向く酔狂な奴などいるはずがない。
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シェリスとストリンディが歌う場面は、「The Phantom Of The Opera」の「All I Ask Of You」をイメージしています。




