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第31話:Mikoshi



◆◆◆◆



 原画にはノヴィエラの写真だけでなく、種々の情報が添付されていた。エンクレイブの前身は、都市の管理者である公議に最後まで抵抗したとある王国らしい。都市の一部に組み込まれることを拒絶した王族は、最終的に国土の一部を数理によって空中に浮かべ、公議の同化政策から逃亡することとなる。これが、浮遊王城エンクレイブ誕生の原因だ。


 地上を都市が覆い尽くした後も、エンクレイブは完全に閉鎖した環境に引き籠もり続けていた。経年劣化によりかつての栄光は衰え、誰の目から見ても年老いたその王国に、一人の王女が生まれる。その王女の名は、ノヴィエラ・ネクレーリャ・セレフィスカリヤ。美しく賢く優しい彼女は、陰りつつある王国の最後の輝きだったのかもしれない。


 折しも、エンクレイブの政情は不安定の一途を辿っていた。開国派と鎖国派が論戦を重ね、それはたやすく物理的な闘争へと変わる。可憐なノヴィエラは、どの派閥でも担ぎたい神輿となった。


 ――彼女が血髄病を発症する日までは。


 この病は王家が潜在的に有している難病であり、しかも「汚れた血が成せる」病という根拠のない迷信を伴っている。


 それまで蝶よ花よと愛でられていたノヴィエラは、発症を契機に罪人のように忌避されていく。


「寂しくなどありませんよ。今の私には心を許せる友がいるのですから」


 誰が撮影したのか不明の映像で、ノヴィエラはそう言っている。


「友が手助けしてくれます。不便はありません。ええ、その友情には報償をもって応えなくてはいけませんよね?」


 賢く美しかった王女が汚れた血による病に冒され、おまけにわけの分からないことを口走っている。地位も名誉も将来も失ったショックで、気が触れたと周囲は判断したのだろう。臭いものに蓋をするかの如く、ノヴィエラは血髄病の進行を抑える名目で凍結保存されることとなった。かつての神輿が、今や出荷前の冷凍スカイマグロというわけだ。





「――制作者不在の状態で第三者が改変を繰り返して、誰も全貌が掴めなくなった管理構文みたいな話ね」


 一通り情報を閲覧し終えた俺は、有線をはずして現実に戻る。その拍子に、自分の白く繊細な指が目に入った。このボディはノヴィエラの複製だろう。いくらエンクレイブの政情が滅茶苦茶でも、王女本人のボディを都市に送り込むはずはあるまい。


 俺は得られた情報から思考を巡らす。エンクレイブの目的として第一に考えられるのは、血髄病の治療だ。俺のボディには血髄病の因子があるに違いない。学院で受けたメディカルチェックでは「虚弱体質」以外警告されていないから、今は潜伏状態なのだろう。エンクレイブは公議と対立している故、住民が受けられる恩恵のいくつかが受けられない。


 だから複製を送り込み、公議の目をかすめて密かに治療を行わせる気だろうか。そのためには俺が血髄病を発症するまで待つか、それとも因子を活性化させる薬剤でも投与するかもしれない。エンクレイブが欲しいのは血髄病の治療薬か、快癒したこのボディだろう。だが、血髄病の治療が目的ならば方法が回りくどい。なぜ俺がこのボディにいる?


 あるいは、ノヴィエラの亡命が目的という可能性もある。お飾りの王女もついに祖国に愛想を尽かしたのか。俺という先鋒を送り込んで地盤を固め、やがて何食わぬ顔で本物と入れ替わる。血髄病の治療はその後ゆっくりと、という具合だ。可能性としてはあり得るが、やはり俺という要素が意味不明だ。そもそも、事故という可能性だってある。


 何か正当な理由でノヴィエラの複製を作ったが、それが手違いや妨害で地上に落下してきたという感じだ。ならばシーケンサーとエードルトは何者だ?


「とにかく、情報料を支払うわ」


 俺は一通り可能性を追求してから思考を打ち切る。


「その必要はないよ」


 教書を開いて口座に接続しようとする俺の手を、ステイルメイトは即座に止める。


「困るわ。報酬無しで仕事を依頼するハッカーなんてクズ以下よ」


 俺はタダ働きが大嫌いだ。そして、それを他人に強要する気もない。しかし、ステイルメイトは頑として一銭たりとも受け取る気はないようだ。


「弟子の行動に責任を持つのが師匠の務めだ。これは譲れない」


 俺の目と、ステイルメイトの外骨格に備え付けられた単眼がかち合う。


「……それがあなたの“禅”なのね」


 結局、折れたのは俺の方だった。


「いかにも」

「やはり、あなたは少しも変わっていないわ」


 ため息をついて教書を閉じる俺に、ステイルメイトはさらに言葉を投げかける。


「一方で、君は外見だけ変わったね」

「ええ、理由は分かるでしょう?」


 自嘲を含んだ俺の返答に、少しだけステイルメイトは沈黙し――


「君の悲願は遂げられなかったのか」

「恥ずかしいけれど、そのとおりよ」


 俺は正直に答える。


「私は天蓋を踏破できなかった。私のスカイダイビングは完全に失敗だったのよ」

「代償は肉体だね」


 的確なステイルメイトの指摘に、俺はうなずくしかなかった。


「あの日、シェリク・ウィリースペアの肉体は消失したわ。天蓋への一方通行の代金として」



◆◆◆◆




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