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第30話:Sumou



◆◆◆◆



「Hakkeyoi!」


 巨大な球状のドヒョウに、豪放にして繊細なるギョウジの声が響き渡る。単分子シメナワと核爆発にも耐える数理防壁によって囲われたそこは、地上最強のヒューマンであるリキシたちが競う神聖にして不可侵の戦場である。こここそ都市の全住民が最も注目するスポーツ、本格的エアリアル・スモウの競技場だった。


「Nokotta!」

「Nokotta!」

「Nokotta!」

「Nokotta!」


 スフィア土俵をぐるりと全方向から取り囲む座席。そこに座るすべての観客が一斉に叫ぶ。あらゆる人種、種族、信条、経歴の垣根を超え、観衆は今一つになって、無重力の土俵でがっぷり四つに組む二人の力士を応援する。二人の全身から放たれる極彩色のオーラが衝突し、競技場そのものを振るわせる。


「あれが僕たちの縮図だ」


 俺の隣で土俵を見つめるギルズリー・オーディル――ステイルメイトがそう言う。


「どういう意味?」


 彼はこの競技の熱烈なファンだ。今日も俺を誘って観戦に来ている。


「双方が相手を負かそうと全力を尽くすが、互いがいなければ自己が成り立たない。僕たちは負かすべき相手そのものであり、鏡に映る自分と格闘している」

「膠着状態、というあなたの通称そのものね」


 俺の言葉にステイルメイトはうなずく。しかし、力士たちは突如手を離した。間髪入れずに、秒間二十回を超える速度で繰り出される張り手の連打。彗星のように尾を引くオーラを放ちつつ、二人の力士は土俵を飛び回り、一進一退の攻防を繰り広げる。


「一つ、僕は君に是非伝えたいことがある」


 ステイルメイトの怜悧な単眼がこちらを見据え、俺は我知らず身構えた。


「ええ、何かしら?」


 俺にとって師と呼べる存在は彼だけだ。その口からどのような叱責や説教が出てこようが、俺は頭を下げて聞かなければならない。それができる有無を言わさぬ実力を、このハッカーは有している。


「……僕はどうやら君の姿に恋してしまったらしい」

「ほ、ほぁあああああ!?」


 俺は矯正整式を解除して叫んだ。何を真顔で言い出すんだこのハッカーは!?


「あ、あ、あんた正気か!? この中身が誰か知ってるだろ!? シェリク・ウィリースペア! 正真正銘の男だぞ!?」

「それはよく知っている。君は確かにシェリクだ」


 神妙な様子を外骨格に漂わせつつ、ステイルメイトは何度もうなずく。


「しかし、こうして君の可愛らしい顔立ちやあどけない仕草を目にすると、なぜか胸がときめく。これはまさしく初恋だよ」

「お願いだから冗談だと言ってくれ。このままじゃあんたと絶縁するしかない」


 俺は内心泣きたくなった。密かに尊敬さえしていた師が、中身が男と知ってなお少女の外見に惚れる真正の変人とは知らなかったし知りたくなかった。


「それより、本題に入ろうか」


 言うだけ言って勝手にスッキリしたらしく、ステイルメイトはけろりとした様子で話題を変える。


「キュレーター大隊の拠点からこちらに戻った時、君が今のボディにおさまっているのを見つけたよ」

「すぐに分かったかしら?」

「君が自作する構文には末尾に特徴がある。企業間闘争の形跡を辿る依頼で君だと分かった」

「今度からもう少し注意するわ」


 剣豪が刃を交えただけで相手の力量を読み取るように、彼は大綱に残った構文の残滓だけで俺を特定したのだ。


「それで、こちらでも独自に情報を集めたよ」

「あなたに情報収集は依頼してないわ」

「君だって知りたいだろう?」


 そう言うと、ステイルメイトの足元に一体の機甲文楽人形が姿を現した。


「これを見てくれ」


 彼の教書である文楽人形が、俺に一枚の原画を差し出した。それを受け取り、自分の教書に入れる。俺とステイルメイトしか知らない暗証コードを入れると、中身が判明した。一枚の写真だ。念のため原画を教書に入れ、教書に有線を接続する。


「……これは?」


 有線を通じて意識の中で視認したその写真には、一人の少女が写っていた。


 茶色の大型犬を足元に座らせ、彼女は椅子に座っている。背景は雪の積もった庭園。ふんだんに装飾が施された見るからに上等な服装。スカイライトでもめったにお目にかからない古風なデザインだ。ほほ笑んでいるものの、表情はやや固くどこか苦しげでさえある。年齢は恐らく十代前半。そして何よりもその顔は、今の俺のボディと瓜二つだった。


「彼女の名前はノヴィエラ・ネクレーリャ・セレフィスカリヤ」


 意識だけの俺の耳に、ステイルメイトの声が聞こえる。聞いたことのない名前だ。俺にとっては赤の他人でしかない名前。しかし、その名前の持ち主は、今の俺と同じ顔だ。俺の知らない少女が、俺と同じ顔で、俺の知らない場所にいる。


「――浮遊王城エンクレイブの正当なる王女だ」


 ステイルメイトの声が遠い。まるで他人事のように、俺はその事実を奇妙に乖離した意識で認識していた。俺の精神がおさまっているこのボディ。その正体は、ステイルメイトの手によってあっさりと判明した。エンクレイブ。浮遊王城。閉鎖空域。植民群島。この都市の上に浮遊する孤立した領土。そこの王女が、俺と同じ顔で写真に写っていた。



◆◆◆◆




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