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第19話:Prearrangement



◆◆◆◆



 企業。上層都市を拠点とし、下層都市を競争の場とする、飽くなき経営と発展と成長の主体。狂いきった管理者である公議に代わり、彼らこそが都市とそこに住まう市民に直接的な影響を与えている存在だ。だが、狂気という一点に絞ってみれば、公議も企業も大差ないと言えよう。何しろ企業同士の競争とは即ち、武力による戦闘行為にほかならない。


 企業によるこの戦争は、企業間闘争と聞こえよく呼ばれていた。しかもこの戦争は、自由競争の名目で看過されている。企業傭兵が一般人を誤射し、ハッカーが関連組織のデータバンクを手当たり次第破壊しても、全部経済活動の一環として扱われるのだ。元より企業警察とは名ばかりの法の番人であり、彼らもまた破壊による経済に組み込まれている。


 確かに企業は狂っている。だがそれを知ってなお、都市と市民は企業による運営をよしとしている。下層都市にまともな奴など皆無だ。誰もが自由競争という名の戦争を当然のものとして受け入れ、美味なパイを貪り食おうと我先に群がる。もちろんハッカーも右に同じだ。ハッカーにとって企業とは、高額の報酬を支払ってくれる上得意でしかない。





 深夜。下層都市のとある区画。隣接する古風なカジノと劇場の照明に照らされながら、一台の大型タンクローリーが路肩に駐車した。都市の燃料を運搬する貨物自動車だ。運転席に座るクマの旧人は、一般的なそれに比べて動物の要素が色濃く体に出ている。運転手は窓を開け、喧噪に満ちた夜気を吸い込んでから大あくびをする。


「やれやれ、これで終わりか」


 大きく張り出して今にもボタンが弾け飛びそうな下腹を掻きつつ、運転手は呟く。


「さて、と」


 いそいそと彼は助手席に置いてあったものを膝に乗せる。


「やっぱりハンバーガーみたいな女子供がちびちび食うものより、男は黙ってコレだよなあ」


 彼が手で愛おしげに撫でるのは、包装されたバンプ・ピザの超特大サイズだ。


 パッケージに貼られた放熱の原画を起動。数秒待ってから運転手が蓋を開けると、そこにあるのは湯気の立つギガンテスミートピザだ。肉、ミートボール、サラミ、ソーセージ、ハム。あらゆる肉が山盛りのピザだが、本物の肉だけは一切ない。


「この腐った街に乾杯」


 ノンアルコールのビールの缶を掲げ、運転手が上機嫌でそう言った時だった。


「へえ、おいしそうだね」


 誰もいないはずの助手席から声がする。運転手が驚愕の表情で横を向くと、いつの間にか金髪のドワーフが座っていた。


「でもおじさん。夜食は肥満の元だよ」


 彼が握っていた手を広げると、そこにはホログラムの大きなクモが乗っている。そのクモはわずかに身じろぎすると、大きくジャンプして運転手の首筋に張り付いた。





 同時刻。バー“野武士”で、カウンターにいた一人の客がテーブルの上にコインを置いた。


「ごちそうさま」

「もう行くのか」


 勘定を受け取ったオーガのバーテンダーが尋ねる。


「これから仕事なんだ」


 客の外見は耐蝕コートで覆われ、顔はフードを目深に降ろしている上に簡易迷彩が施してあり目視できない。


「そりゃ大変だな。せいぜい気張れよ」


 しかし、野武士にはこの手合いが山ほどいるので、バーテンダーは少しも気に留めない。


「“善く游ぐ者は溺る。善く騎る者は堕つ”」

「何だそりゃ。禅か?」


 客が何やら呟いたが、酔漢の戯言だろうと思ったバーテンダーは肩をすくめるだけだった。彼がフェアリーの給仕に注文のカクテルを渡してから再びそちらを見た時、既に客の姿は消えていた。





 ボーダーライン。数理と情報によって形作られ、欲望と狂騒によって彩られた混沌の都市。野武士の出入り口を背に、ギルズリー・オーディルは大きく息をついた。深呼吸して胸と肺に夜気を満たしていく。ちょうど、遠く離れたカジノと劇場のすぐ側で、太った運転手が今まさにそうしているように。


 通りを行く者たちは誰も、彼に目を留めることはない。全身に光学的な迷彩を施しているからではなく、彼がニンジャのように気配が希薄だからだ。その手が耐蝕コートのフードの付け根に触れ、簡易迷彩を消去する。現れたのは、青年と壮年のちょうど中間くらいの年齢の男性の顔だ。髭面だが、不思議と気品のある優しげな顔をしている。


 見る間に、彼の耐蝕コートが着物を意匠に取り入れた形状へと変形していく。あたかも果たし合いに赴くサムライの装束だ。だが、ギルズリーの腰に大小はない。代わりに彼が軽く手を動かすと、その指先から有線が舞い、同事に両脇からステルス迷彩を解いた二体の機甲文楽人形が姿を現した。


「さあ行こう。彼が待ってる」


 彼は穏やかに自分の人形たちに話しかける。外套の袖とフードが外骨格となって生身を覆い隠し、今やギルズリーの姿はメカニカルな単眼のサイバネティック傀儡師となっていた。


「いや……今は“彼女”かな?」


 外骨格の下でかすかに笑いつつ、彼は自分の教え子の姿を脳裏に思い浮かべていた。



◆◆◆◆




 スカイダイバーは別世界を舞台にしていますので、本来はステイルメイトが操る文楽人形も、彼が引用する淮南子も存在しませんが、一種のフレーバーということでお願いします。

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