第17話:Entre nous
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模範的なスマイルを浮かべる人造の店員が差し出すトレーを、俺は手に取る。ここはバーガーアーキテクチャーというハンバーガーチェーンの店舗だ。俺はさっさと席につくと、「楽しくて! 速くて! 設計図通り!」というキャッチフレーズ通りの、本物の肉も野菜も一切用いられていない合成食品を口に運ぶ。漂白されたような食べ慣れた味だ。
「打ち合わせにここを選ぶなんて嫌みだね、コンフィズリー」
俺の向かいの席に座る金髪の男がそう言う。外見はどう見ても少年、それも可愛らしくて人なつっこそうな美少年だが、れっきとした成人だ。
「諧謔って言って欲しいわね、アシッドレイン」
何しろこいつの種族はドワーフだ。ドワーフは成人しても背丈がヒトの子供程度しかない。
こいつは「イカレた」アシッドレインにして「お優しい」アシッドレイン。大脳周辺に生体融合させた医療用パーツがメーカーの不備で暴走したあげく、この歪で分裂した、でも有用で奇妙に柔和なハッカーが生まれた。傷つけ、癒し、絶望させ、慰撫する。全部を一人でできるスタンドアロンの狂人だ。信奉者も多いらしいが、俺には微塵も関係ない。
「仕事の話をしようか」
アシッドレインは教書を開くと数枚のページを質料ホログラムで実体化し、ファイルにして渡す。
「ええ、そうしましょう」
俺はそれを受け取って暗証コードを入れる。仮に第三者がこれをのぞき見ても、ただの食べ歩きの情報にしか見えないよう巧妙に偽装されている。ドワーフが種族的に数理に長けているのは本当らしい。
「依頼主はバンプ・ピザ。目標はここ。理由は……まあいつものことだよね」
「自由競争」
「そう。自由万歳」
アシッドレインは気のない返事をする。この都市において企業同士の競争とは、単なる宣伝やキャンペーンや新商品の開発にとどまらない。武力による干渉は選択肢の一つだ。重要な点として、都市の支配者である公議はこれを容認している。
商戦を文字通りの戦闘に変える是非など、汎愛モラリストたちに死ぬまで論じさせておけばいい。ハッカーが考えるのは、どうやってその商戦に乗じて荒稼ぎするかということだけでいい。今回の依頼も単純だ。バンプ・ピザは憎き商売敵を物理的に牽制したいらしい。ボーダーラインでは、側溝を這うスライム並みにありふれた依頼だ。
アシッドレインがよこしたファイルには、バーガーアーキテクチャーのとある食品プラントを襲撃して欲しいとの依頼が書かれている。そこでは今やっているキャンペーンの目玉である、ミスター・ビーフマンのバブルヘッドが秘密裏に保管され、配送の準備が整いつつあるらしい。バンプ・ピザはこのキャンペーンを中止にしてもらいたいようだ。
「報酬はそこに書いてある金額と、もう一つ」
アシッドレインは説明を付け加える。ちなみに、俺たちの密談はアシッドレインが展開した誤訳数理によって、当たり障りのない会話となって周囲に聞こえている。
「目標の近くを“偶然”空っぽのトラックが沢山通る可能性があるらしいんだ。いろいろ、積み込みたくなるよね」
いたずらっぽくアシッドレインは俺にウインクする。きっと今の発言は誤訳数理によって「今度遊園地でデートしようよ。いいでしょ?」とでも周りの客には聞こえているのだろう。つまり、食品プラント内の商品をこちらの裁量で売りさばいていいとのことだ。これもれっきとした企業間闘争の一形態だ。おまけに俺たちの懐も潤う。
「マーケットの商品棚も多めに空いているでしょうね」
「うんうん。これは博愛精神のあらわれさ。僕たちは親切だからね」
アシッドレインは無駄に爽やかに笑う。まあ、確かに安価で大量のファーストフードが市場に流れれば、食うや食わずの連中は助かるだろう。
「でも、悪いニュースもある」
しかし、すぐにドワーフは表情を引き締める。
「何かしら?」
確かにこいつは狂っているし悪趣味だが、仕事には真面目に取り組む。俺がこいつをある程度買っているのはそこだ。
「企業警察に凄腕の騎士が雇われているのは知っているよね。たぶん、彼女が勤務している日時とこのイベントは重なる」
このように、ちゃんと依頼の問題点も指摘するのが、こいつがただの愉快犯ではない証拠だ。
「リスクは無視できないよね」
「あらそう。私は受けるわよ」
神妙な顔をするアシッドレインに、俺は平然と答える。頭の中には、時代錯誤のアーマーに身を固めたストリンディの姿があった。
「上層都市の騎士様にあなたの作品が通じるかどうか、試してみたいと思わないの? ねえ可愛いドワーフさん、あなたの首から上は何のためにあるのかしら?」
わざと棘で彩った俺の言葉に、アシッドレインの顔が半分だけ引きつった。この分裂した表情。間違いなく、こいつの精神は今も暴走した医療用パーツの影響から脱していない。
「君、見かけによらず挑発がすごく上手だね」
ドワーフが無駄に可愛い顔を近づける。娯楽薬物で濁ったような片目が俺を舐めるように見る。
「一度泣かせてみたくなるよ」
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