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第15話:Cybercafe



◆◆◆◆



 言いかけたミューノの額に、俺は指先から飛ばした有線を突き立てた。神経を経由してポケットの教書にも接続。意識を丸ごと大綱の中に転送する。


「シェリスさん!?」


 驚愕するジェレヴの耳孔にも、同様に有線を差し込む。


「では一つ、お二人に茶会での立ち居振る舞いをご教授願いたいですね。ご招待いたしましょう“サイバネティック茶道”へ」





「ミューノ……しっかりしてミューノ!」


 耳元でジェレヴの声が聞こえ、ミューノははっと目を覚ました。


「え? 私……ここ……どこ?」


 記憶が徐々に鮮明に蘇ってくる。シェリス・フィアに、シークレットガーデンへ入園できないと伝えたこと。彼女の悲しそうな顔と声。突然額に何かが突き刺さる感触。それは五体に一気に広がり、そして……


「いったいここ、どこなの……?」


 ジェレヴが不安げに身をすり寄せてくる。それも無理はない。いつの間にか二人は学院の中庭から、“詫び&寂び”の精神溢れる建物の内部にいるようだった。一定の間隔に灯るボンボリドローン。ずらりと並んでポーズを取る屈強なリキシの彫刻。寂寥感をいやが上にも高める竹林ジオラマと、リアルタイム描画石庭。


「オカエリナサイマセ」

「イラッシャイマセ」


 廊下の奥から出てきた二体の人造に、ミューノとジェレヴは息を呑んだ。キモノの意匠が服装のあちこちに取り入れられたメイド。しかもその顔は奥ゆかしく能面によって隠されている。彼女たちは案内役にして給仕。不必要に注目されないために顔を隠すとは、まさに“禅”の精神の体現である。


「コチラヘドウゾ」

「アチラヘドウゾ」


 メイド二体は一礼すると、くるりと向きを変えて来た方向へと歩き出す。思考が停止した二人は、メイドの後に続くしかなかった。広い建物の中は、他にもスピリチュアルなオブジェに溢れている。墨絵で描かれたカテドラル。ムービング狛犬。ホログラム浮世絵。仁王スタチュー。どこもかしこも趣が深すぎる。





 そしてついに、メイドは突き当たりの潜り戸の前で立ち止まった。


「ゴユックリドウゾ」

「オタノシミクダサイマセ」


 促されるまま、二人は潜り戸を身を屈めてくぐる。そして再び二人は息を呑んだ。足に伝わるタタミの感触。極限まで無駄を省いた質素ながらも勇壮な造りの室内。まさにここはあの神秘の儀式である“茶道”を行う“茶室”に違いない。


「ようこそ、お二方」


 二人を出迎えたのは、シェリスだった。彼女の出で立ちに二人は目を見開く。シェリスの着ていたのは、学院の制服ではなくキモノだった。白い肌と銀髪、そして赤い瞳に似合う艶やかなキモノ。描かれているのは散るサクラ。髪に挿したきらびやかなカンザシと相まって、シェリスはまるで可憐なオイラン少女のようだった。


 シシオドシの音が響き渡る。同事に「資本還元」「経営戦略」と書かれた掛け軸がその表示を変える。『ブラックアウト様が入室されました』『ポーラーベア様が入室されました』『コークスクリュー様が入室されました』。表示と同事に、次々と茶室に現れる正座した男女。ここは大綱の仮想空間だ。彼らは皆、シェリスに招かれたハッカーである。


 『ティーセレモニー様が入室されました』。最後にキモノ姿の老齢の男性が悠然と座る。二人は理解した。あれが亭主、つまり茶道マスターだ。左右には人造サムライが二人控えている。じろり、とマスターがこちらを見、二人は震え上がった。どうしていいのか分からない。これが普通の茶会ならともかく、サイバネティック茶道について二人は素人だ。


 立ったままの無礼な二人をすぐに無視し、マスターは悠然と茶を点てると一番近くに座るシェリスに茶碗を渡した。丁寧にシェリスはそれを受け取った。華やかながらも実に慎み深い態度だ。


「頂戴いたします」


 シェリスは静かにその中身を干す。


「如何か?」


 スカイマグロも怯える雷鳴のようなマスターの問いに、シェリスははっきりとこう答えた。


「――もののあはれ」


 物の哀れ。禅の精神の体現たるその返答に、満足そうにマスターはうなずいた。


「天晴れ、なり」


 マスターの賞賛の言葉に唱和し、一斉に正座したハッカーたちがシェリスに敬意を示す。


「お見事」

「お見事」

「お見事」


 何という調和。何という奥深さ。確かにシェリスはこの瞬間、詫び&寂びを体現していた。


 ミューノとジェレヴは理解した。自分たちは何と愚かだったのだろう。矯正整式などという枝葉末節に目が曇らされ、シェリスが本物の淑女、いや禅の本質を知る賢女であることに気づかなかった。今や二人も茶室の末席に座り、奥ゆかしく茶碗の中身に口を付けている。シェリスをシークレットガーデンに迎えることに、ためらいは何一つなかった。





「無事入園できたわ」


 その後。俺の説明を聞いたエードルトは目を剥いて怒鳴った。


「こんな滅茶苦茶な方法で参入しろとは一言も言ってないぞ!」

「自分でも少しそう思うわね……」


 お高くとまった上級生の鼻をへし折ってやろうと思って催した茶会だったが、結果的に入園を勝ち取れたのだから一挙両得だろう……とはさすがに俺も言えないのだった。



◆◆◆◆




サイバーパンクと言えば、勘違いしたニッポンが欠かせません(断言)

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