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第11話:Dawn chorus



◆◆◆◆



 ボーダーラインの夜が明ける。けばけばしい数理広告が次々と光を失い、消えていく。あれほど人とそれ以外が行き交っていた通りも、いつの間にか殺風景なものに変わっていた。野武士も営業を終え、フェアリーの給仕も先程大あくびをしつつ自宅に帰っていった。店の前の道路の端で紙巻きの香草を吸っているのは、オーガのバーテンダーだ。


 そのバーテンダーの目が、こちらにやってくる人影をとらえた。すっかり疲労困憊した様子のアドロだ。


「もう閉店だ」


 ふらふらと手を上げて近づくアドロに、バーテンダーはそっけなく言い放つ。


「見りゃ分かるって」


 と言いつつも、アドロはたかるように彼の隣に立つ。


「何かないか?」

「ないぞ」


 しかし、アドロは手を出す。


「一本くれ」


 バーテンダーは断らずに、アドロの手に香草を一本渡す。


「安物だぞ」


 礼も言わずにアドロはそれをくわえ、指先から出した数理の火で軽く炙ってから揉み、清涼な芳香を吸い込む。これは合法かつ、ニコチンなどの有害物質を含まない安全な嗜好品だ。


「幽霊がいる」


 疲れ切ったアドロを見て、バーテンダーはそう言う。


「なんだそりゃ?」


 首を傾げるアドロを横目で見つつ、バーテンダーは吸い終えた香草を丸めてポケットにしまう。


「あんたは企業傭兵にやられたはずだ」

「お生憎様。見ての通りぴんぴんしてるぜ」


 痩せた胸を張るアドロだが、バーテンダーはつまらなそうに見るだけだ。特別彼のことを心配している様子ではない。


「あんたがコンフィズリーと一緒に店を出たすぐ後にな、企業傭兵が大挙して押し寄せてきたんだよ。もう店を出たって言ったら、一通り店内をスキャンしてから慌てて出て行ったがな」

「どうせなら、トゥジュール・ヴェールにバカンスに行くって吹聴してたって言ってくれよ」

「あんたをそこまでかばう理由はない」


 バーテンダーは冗談の通じない顔で答える。確かに、そこにアドロが逃げた可能性を考慮に入れれば、傭兵たちは彼を捜すのに手間取ったことだろう。


「よく逃げ切ったな。今までどこにいた?」

「企業警察の所だ。性根の腐った悪女に売られたんだよ。まったく、あいつはとんでもない性悪だぜ」


 アドロは吸い終わった香草を地面に捨てて指を弾く。吸い殻はたちまち数理の火によって細かな灰になった。


「おかげで今まで護送車に缶詰だ。クソ、危うく取り調べで大脳の中まで覗かれるところだったぜ。あの女、俺を企業警察に放り投げてから、自分は騎士様に護衛されてもらいながらお家にお帰りだ。世渡りがお上手すぎて拍手したくなるね」


 バーテンダーが知るよしもないが、彼の言葉は事実だ。シェリスの「私、誘拐されそうなんです」という虚言により、ストリンディは問答無用でアドロを企業警察に引き渡した。護送されたアドロが嫌疑を晴らせたのがつい先程。その理由も、ストリンディから「誘拐されそうだったとはこちらの勘違いだったと言っている」との報告があったからだ。


 苛立たしげなアドロをよそに、バーテンダーは自分の教書を開くと何やら仮想ページを繰り始めた。そして――


「見ろ。昨夜の企業警察の戦闘記録だ」


 アドロはバーテンダーの教書を見る。そこには、ボーダーラインの有象無象のハッカーたちによってまとめられた、昨夜のいざこざや抗争や戦闘が一通りまとめられている。


「これって……」


 バーテンダーの指は、その中の一つを指している。それは、企業警察の護送車を襲撃した傭兵たちが、反撃を受けて撤退したという情報だ。「どうせやるなら徹底的にやれよ! この臆病者ども! 死ね!」とのハッカーたちのコメントを無視し、アドロは体が震えだすのを感じた。


「あんたを追っかけていた連中が返り討ちになったようだな」


 バーテンダーの言葉に何とかアドロはうなずき、その場にしゃがみ込む。脳裏に、杖をついた華奢な銀髪の少女の姿が浮かび上がる。彼女はこちらを見てあざ笑っていた。服装と容貌に似合う清楚で恥ずかしそうな笑みではなく、サメのように歯を見せた挑発的で凶悪な笑みだ。


「あんた、あの悪女に助けられたな」

「……そうなるな」


 アドロを誘拐犯扱いしたのは、ただの悪ふざけではない。巧妙に企業警察を彼の護衛に仕立て上げた彼女の狡智だ。まんまと企業警察は彼女の虚言に騙され、無料でアドロを傭兵たちの報復から守ったのだ。昨夜のすべては、コンフィズリーと名乗ったあの少女の手の平の上で起きていた。アドロも警察も傭兵も、彼女によって踊らされていたのだ。


「なあ、もう一本くれよ」


 背筋に寒いものを感じつつ、アドロはバーテンダーにたかる。寛大なバーテンダーはもう一本彼の手に香草を握らせた。


「あの女に深入りするなよ」


 バーテンダーの忠告に、アドロはただうなずくことしかできなかった。


 ――ボーダーラインに朝が来る。無数の秘密と策謀と汚濁は、次の夜を待って息を潜めようとしていた。



◆◆◆◆




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