第10話:Gig2
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その挑発に乗ったのか、数人の企業傭兵たちが虚空から姿を現した。先程倒したエルフが、彼らに迷彩の数理を施していたらしい。揃いの耐蝕スーツにヘルメットとマスクにゴーグル。手には対数理のシールドと格闘ロッド。アドロは生唾を飲み込んだ。明らかに、自分が介入した企業間闘争の後始末に来た連中だ。負けた企業が報復を仕掛けている。
報復によって転移させられても、さして困りはしない。約二十四時間で再生は終わる。けれども増設デバイスに改竄病源を流し込まれるのは困る。貴重な仕事の情報が漏洩するか、破壊されてしまう。アドロが手持ちの教書の中にある逃走用の数理のいくつかを見繕っていると、傭兵たちが動いた。アドロではなく、シェリスにロッドを振り上げる。
「あら、乱暴な人ね」
ヴィディキンスと呼ばれた執事の人造がシェリスをかばい、ロッドを手で受け止める。同事にシェリスが手の杖を捻るようにして振った。その杖が蛇腹のような形状に変形し、先端が一人の傭兵のゴーグルを打ち据える。マスクの内側からくぐもった怒声が聞こえた。傭兵は苛立たしげにゴーグルを取ろうとするができない。
シェリスの杖が残りの傭兵の盾を打つと、たちまち対数理コーティングが点滅して消えていく。シェリスは肉体的には華奢な少女でしかない。しかし確かに、彼女はコンフィズリーと名乗るハッカーだ。様々な装具で数理的に強化された傭兵の、その装具を触れるだけで一時的に無力化していく。外科手術の正確さと、テロリストの残忍さがそこにある。
傭兵たちが連係を取って行動する前に、ヴィディキンスが動いた。エラーを吐き続けるゴーグルをはずそうとする傭兵が、彼の背を向けた体当たりに豪快に吹っ飛ばされる。気を扱う拳法を思わせる奇妙な身のこなしだ。突き出された格闘ロッドを紙一重で交わし、逆にその手に自らの腕を回す。関節を捻られ、たまらず傭兵はロッドを取り落とした。
地面に落ちたロッドを、ヴィディキンスは器用に蹴り上げ、素早く手でつかむと、間髪入れずに傭兵のうなじに振り下ろす。悶絶する同僚を目くらましに、他の傭兵が勇敢にも動いた。だが、繰り出されるナイフをヴィディキンスはロッドで弾き、隙のできた胴体に強烈な蹴りを食らわす。まさに八面六臂の活躍だ。
最後の一人となった傭兵が逃走しようとした隙を見逃さず、ヴィディキンスはすくい上げるような足払いをかけた。尻餅をつく傭兵に、まるで起き上がらせるかのように手を伸ばす。しかし、その手が握ったのは傭兵の手ではなく、傭兵が腰に下げていた小型のクロスボウだった。それを抜き取り、数理を展開して矢を装填し、彼は躊躇せず引き金を引く。
電流を帯びた矢を浴びた傭兵が痙攣する様を見もせず、ヴィディキンスは倒れた他の傭兵にも次々と矢を打ち込んでいく。
「終了いたしました。我が愛しくも人使いの荒いマスター」
数分で企業傭兵を一人残らず無力化した人造は、丁寧に一礼する。
「ご苦労様。いい仕事っぷりね」
慇懃無礼な人造を、シェリスは不快そうにしつつも一応評価した。
それからシェリスが行ったのは、迅速な隠蔽工作だった。彼女は傭兵たち全員に原画を貼り付けてその場に固着させ、さらに有線で接続するとその記憶に改竄病源を侵入させた。そして教書を開き、周囲に論駁パルスを放射して監視デバイスがないかを確認する。その手慣れた様子は、明らかに企業間闘争を何度も経験したハッカーのものだ。
「まったく、あんたは絶対に企業間闘争で敵に回したくないな」
改めて、アドロは彼女に空恐ろしさを感じた。歴戦のハッカーのような泥臭い実戦を、虫も殺せないような少女が行うのだ。違和感が凄まじい。
「その時は手加減して欲しいわ。私、見ての通りか弱くて、スプーンだって持つのも一苦労なのよ」
シェリスが冗談めかして言ったその時。
「企業警察です! そこのお二方、どうぞ抵抗しないでこちらに出てきていただけないでしょうか!?」
命令口調だが妙に丁寧な声が周囲に響き渡った。アドロとシェリスが一緒に声の方向を見るのと同事に、宙に浮いた数冊の教書が投光の数理を展開した。
「ここで非公式の闘争が行われていたという通報がありましたがそれはほんとええええっっ!?」
逆光の下、上層都市の騎士とおぼしき金髪の少女が驚愕の表情を浮かべている。
「知り合いなのか?」
アドロがシェリスに尋ねる。対するシェリスは、何を思ったかアドロを突き飛ばすと、飼い主にすり寄るネコのように騎士の少女にすがりつく。
「助けてストリンディさん! 私、この人に誘拐されそうなの!」
続けてシェリスはそう叫ぶ。
「どういうことですか?」
騎士がアドロを睨む。見る見るうちに、その総身から殺気が噴き上がっていく。
「嘘だ! 嘘だろ! 俺は無実だ!」
「犯罪を犯そうとする人は皆、そう言いますね」
冷えきった騎士の返答に、アドロは自分の命運が尽きたことを否応なく理解させられた。
――ちらりとシェリスが彼の方を見て、口元に薄く笑みを浮かべていた。
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