まさかずっといる気かこいつ
勇者が剣を手にして数日。
俺は自宅でマッサージチェアに座り、怠惰に過ごしていた。
「今日のご飯はなんですか?」
なぜかまだ家にリコがいる。
「なんでまだいるんだよお前は」
「一緒に勇者を導くって決めたじゃないですか」
「決めてねえよ。頼むから帰ってくれ。俺の生活と心が安定しねえだろ」
「安心してください。調子が悪い時は、アキラ様の分までリコが食べます!」
「うっさいわボケ。いいから自分だけで勇者を導け」
付き合ってられん。確実にスローライフじゃなくなるだろ。
「俺はマッサージチェアから降りんぞ。断固としてスローライフを執行する。意地でもな」
「その発想がスローじゃないよ先生」
クシナダがそうめんを人数分運んできてくれる。
今日はそうめんと麦茶らしい。
「わーいごはんだ!」
「お前のご飯じゃねえよ」
「きざみのりとゴマもあるよ」
「大盛りでお願いします!」
「自重しろってマジで」
こいつどうにか帰ってくれんかな。
女神二人とそうめんすすっているのもおかしいだろ。
「うまい。今日もいい仕事をしおるわ」
「グッジョブです!」
「お前は自分の仕事をしろ」
「食べてからでいいからね」
「はーい」
飯を食ったので次は昼寝だ。
真っ昼間っから自室で寝てやる。どうだこのスローな感じ。
「ふっふっふ、心なしか布団すらいつもよりふかふかに感じるぜ」
「私が干しておいたからね」
なぜかベッドに腰掛けているクシナダ。
こいつも暇なんだろうか。
「どうしたトラブルか?」
「いいえ、いたって暇よ。先生がなーんにもしないから」
「当たり前だ。スローライフってのはゆったり生きるんだよ。あくせくしちゃいけない」
「寝なくても食べなくても問題ないくせに」
「いいの。人間らしく生きるの」
睡眠も食事も必要ない。そうなるまで強くなった。
しかも食いたきゃ無から材料出せるし、料理だってできる。
完全に娯楽の一種である。
「こういう時間ってずっとなかったな。いつも勇者として魔王軍倒したり、宇宙で艦隊指揮したり、歌で星を浄化したり、変な組織潰したりしてさ」
「途中まったく勇者がやることじゃないわね」
「世界を救うのが勇者だ。楽しかったからよし」
かなりいろいろやってきた。
大抵のジャンルでトップになったし、ならなければ世界を救えなかった。
今となっては楽しい思い出だ。
「ねえ先生。やっぱり勇者やりたい? まだ未練があるんでしょう?」
「そりゃまあ……子供の頃からなりたかったし。充実した時間だったよ」
「もっと勇者させてあげたかったけれど、先生が全部解決しちゃって、女神も勇者も育たないのよね」
「後進が育たない業界は潰れるからな。仕方がないさ」
「しばらくの休暇よ。私もできる限りそばにいるから、一緒に休みましょう」
クシナダのせいじゃない。だから責めるのは筋違いだ。
最近はずっと魔王とか邪神潰してまわっていたから、いい休暇になるのも事実。
「クシナダがいてくれるとまだ安心するよ。これが駄女神……っていうかリコだけいたら俺は逃げていたかもな」
「駄女神減らないわね」
「本当に足引っ張ってくるからなあ……」
嫌な思い出がいっぱい蘇る。大迷惑極まりないよ。
俺の苦労の半分くらいは女神関係だろう。
「ちなみに一番しんどかった異世界と駄女神エピソードって何?」
「いきなり全部は思い出せんぞ」
「正確じゃなくてもいいよ。ぱっと思いついたやつ」
「…………女装してお嬢様学校に通わされた」
「うわあ……」
お姉さまと呼ばれ、笑顔でごきげんようとか言う日々は地獄だった。
頼むから魔王とか邪神殺させてくれと頼んだが、その世界の魔王が女で、しかもお嬢様学校に隠れているという最悪の状況だった。
「しかも部屋が駄女神と同室だった」
「……本当に言葉もないわ」
「ゆっくりしよう。しばらく昼寝をスローライフ強化メニューに……」
「アキラ様ああああぁぁ!! ちょっと来てくださああああぁぁい!!」
リコの声がする。リビングかな。
「ああもう……人が寝ようって時に」
「私が行く?」
「いやいい。何か壊されると面倒だ」
しょうがないので渋々苦渋の決断でリビングへ行く。
モニター見ながら半泣きのリコがいる。うわあめんどい。
「勇者がピンチです! あとお腹が空きました!」
「昼飯食っただろ!?」
「あれはもう何時間も前ですよ!」
こいつどんだけ燃費悪いんだよ。もう駄女神お断りの張り紙でもしようかな。
「論点がおかしいわよ」
「そうだな。普通に晩飯食っていく気かお前は」
「そこじゃないわ先生」
「わたしたちは運命共同体じゃないですか!!」
「絶対違うからな!?」
「まず勇者ちゃんをなんとかしましょう先生」
クシナダの言う通りだ。勇者がピンチらしい。
「最初の町の近くに強い敵が出ちゃって、レベル上げができません!」
「最初の町って城があるでかい町だよな?」
「ですです!」
城下町だったはず。城の兵士とか何やってんだ。
「兵士は町に敵が来ないようにするのが精一杯で、外に出られないんです。勇者も宿屋にいるしかなくて」
強化された獣人っぽいモンスターが攻めてきている。
どうもボスがいるっぽいな。
手下に外壁を包囲させ、自分と少数を壁の中へ行かせる作戦だろう。
「なんとかしてくださいアキラ様!」
「いやでも俺が助けたら勇者活動になるだろ。今の俺はスローライフを志すおっさんだぞ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけお願いします! どうせゆったり生活とか無理してやってるんでしょう?」
「いや全然。ゆっくりした生活に人生を捧げた身なんで」
「嘘です絶対勇者っぽいことしたいんです。したいんでしょう?」
「そんなことないし! スローライフが一番大事だし! 勇者とスローライフが溺れてたらスローライフから助けるし!」
「スローライフに溺れそうだよ先生」
ちょっと調べる。
勇者たちがレベル15くらい。
敵のボスは倒せそう。他に幹部もいない。
城は兵士によって守られている。
「城に騎士団長とかいるだろ。そいつらに協力させて、ボスの居るルートだけ手薄にして侵入させろ。そこに精鋭で突っ込ませたらいけるから」
「なるほど! 流石はアキラ様です!」
「先生は最適解出そうとすればできる人だからね」
俺だけの場合は、あえて単騎で突っ込んで敵と遊んでみたりする。
未知の技でも出してくれたら楽しいからな。
「じゃあお告げよろしく」
「お任せください!」
リコのお告げと勇者の説得により騎士団が動く。
よしよし、まとまっている。これならいけるな。
「そのまま真っすぐ進んでください。その先に敵のボスがいます。そいつが魔力で敵軍を操作しています」
『わかりました! この先ですみなさん!』
『門を開けろ!』
『ふっとばすわよ。ボルカニックウェーブ!!』
マグマの波が敵を襲い、どんどん焼いていく。
もちろんやっていい場所へ誘導してからな。
『水遁、怒涛葬』
大量の水で一気に地盤を固め、残ったやつの動きを止める。
火に耐性のある連中だろうが、あとは騎士団と勇者に斬られていくのみ。
『剣よ、今こそその力を示せ!!』
剣が光り、敵への攻撃効果が絶大になる……ように作った。
『終わりです!!』
無事にボスを倒し、ボスの支配が解けた敵は烏合の衆。
勇者パーティーと騎士団によって、簡単に殲滅されていった。
『勝ったぞー!』
『勇者様のおかげです!』
『いいぞ勇者様ー!』
少し照れながら勝利の喜びを噛みしめる勇者。
なんか懐かしいな。ああいうのもうずっと無かったっけ。
「昔の先生もあんな感じだったのかしら」
「超昔の話だな」
「最近は違うんですか?」
「ああいう風に一緒に喜んでくれるやつは、女神くらいしかいなくなる。下手すりゃ女神も引くからなあ」
どんな神でも概念的存在でも宇宙そのものでも異世界を食料とするほどの化物でも、適当に殴れば死ぬ。なんなら念じれば消せる。
一緒に旅ができるほど強いやつもいないし、女神ですら理解できないことも多い。
「私はちゃんと先生が強いって知っているよ」
「別に強さを見せたいわけじゃないしなあ」
「アキラ様の冒険も聞いてみたいです!」
「その話長くなるぞ?」
「では晩御飯にしましょう! 食べながらでお願いします!」
「食ったら帰れよ」
こいついつまでいるんだ。心の平穏が遠のくじゃないかまったく。