先生との出会い クシナダ視点中編
私が勇者と行動するようになって数ヶ月が経った。
順風満帆と言っていいだろう。トラブルもなく、最早観光なのか救済の旅なのかすら曖昧だった。
『いいなあ……わたしも一緒に旅したい……あの人は元気?』
定期連絡を入れると、女神女王神様が出た。どうやら勇者が気になっているようだ。
「ええ、加護のおかげで、傷一つついていません」
『加護? そういうこと。ねえ勇者に訓練してもらったらどうかしら? ストレス発散にもなるし、悩みも解消してもらえるかもしれないわよ』
「人間相手に? 殺してしまうかもしれませんよ?」
『やっぱりまだ戦ったこと無いのね。一回やってみりゃわかるわよ』
人間と神の間には、覆せない壁がある。だから加護を与えるのだ。
その前提がないもののように話している。不思議だ。言葉にできない違和感と納得が同時にあった。
「女神は世界を見守るもの。悪でもない人間に手を上げるのは……怪我をさせてしまうかもしれません。万全でない勇者を自由にさせて、敵に倒されたらどうするのですか」
『そんなもん全世界が終わるだけよ』
冗談には聞こえなかった。ただ事実をのベているだけ、という雰囲気だ。
同時に、それが絶対にありえないという自信も見て取れる。
「勇者はそれほど強いと? 今まで何度も勇者とその仲間を見てきましたが……」
『それとは完全に別よ。先生と昔のパーティーはもう意味わかんないから……あれ人間? 人間にカウントしていいの? 人間に失礼じゃない?』
「おーい帰ったぞー」
『もう帰ってきちゃったか。じゃあ色々やってみなさい。あの人は何やったって死なないから。じゃあね……先生に、楽しい思い出を作ってあげて』
そこで通信が切れた。どうも接触を禁じられているらしい。
よくわからないけれど、私が気にしてどうなることでもないか。
「お願いがあります」
「おっ、いいぞ。何して欲しい?」
なぜ嬉しそうなのだろう。とりあえず女王神様の提案に乗ってみることにした。
「私に訓練をつけてください」
「料理の特訓はしたよな?」
「はい。今もしています」
少し間があって、さらに勇者は提案を続けていく。
「武術は?」
「女神界で習得済みです」
「魔法もできるよな」
「全可能性を模索し、研修過程をトップで卒業しました」
「戦術とか加護の勉強とか」
「成績は上位でした」
別に私が女神界で一番だと思っているわけではない。
けれど、世界を救うには十分で、人間に教わるものであるかは疑問だった。
「これ誰の提案だ?」
「女王神様です」
「なるほど、じゃあ戦闘はほどほどでいいや」
「では何を訓練するのです?」
「異世界の楽しみ方さ」
その日から、さらに旅は続いた。きっと私に趣味を持たせたかったのだろう。
色々と勧められ、私が戸惑っていると、さり気なく教えてくれる。
いつからか勇者を先生と呼ぶようになっていた。
「今日はスキーに行くぞ!」
「次から雪国ですからね。防寒着は……不要ですか」
「うーむ、気分出したいから着る」
どうやら暑さ寒さなど関係ないらしい。
それでも雰囲気を大切にしている。それもなんとなくわかってきた。
こんな時間がもっと続けばいい。そう思う自分がわからなかった。
「勇者はスキーもできるのですね」
「こういうのは全部できるぞ」
冗談でも自慢でもないのだろう。ごく自然に、それが当然なんだ。
そして一緒にスキーを楽しみながら、雪山の魔王城まで滑っていく。
「最上階まで飛ぶぞ」
「はい」
崖から大ジャンプし、スキーのままで窓ガラスを破って突入した。
「何者だ!!」
「勇者だよ」
魔王はこちらに戸惑っているようだ。この格好なら無理もない。
「おのれ勇者よ! 私の前に姿を表し……」
「すまん、この後温泉行きたいんだ」
「べぎゃん!?」
その階ごとパンチで吹き飛ばし、いかにも強そうだった魔王は消えた。
この光景に見慣れているのは、いいことなのだろうか。
「よっしゃ、旅館行こうぜ」
そしてまた観光へ。料理が美味しいと感じ始めてからは、食事も楽しみだった。
自分で作ることも覚えて、さらに先生との時間は増える。
安心していたのだろう。強さだけじゃない。先生の雰囲気に、いつの間にか恐怖や不安が消えていく。
「山菜鍋か。こりゃうまい」
浴衣で鍋を食べる。少し前の自分からは想像できないことだ。
「とてもおいしいです」
食べ物の味を知る。人々に混ざって暮らす。綺麗な景色を見る。
すべて自分の守っているもので、それを実感できた。
そういう目的もあったのだろう。
「どうだ? そろそろ楽しくなってきたろ?」
「はい。女神界ではわからないことだらけです」
「こういうのは楽しいぜ。俺らが守れば、またここに来れる」
「とても有意義な行為だと思います」
「次はどこに行きたい?」
その問いに少し迷う。今までの行為は観光旅行だ。
普通の遊び場を知ってみたくなった。
「観光地は行きましたね。もっと普通に、休日に遊びに行く場所も見てみたいです」
「じゃあ動物園だな」
いつものように邪神を倒してから、先生は動物園で楽しそうに餌をあげていた。
人柄なのか、特別な何かがあるのか知らないけれど、冒険中に動物が先生に集まる光景を見たことがある。
「クシナダもやってみ」
檻の向こうに可愛らしい生き物がいる。昼寝しているものも、人間を見て寄ってくるものもいた。
「こう、ですか?」
そっと寄ってきた動物に餌をあげる。カンガルーに近い生き物だ。
データを調べれば生態と名前くらい出てくるだろうが、そういう気分じゃなかった。
「そうそう」
野菜スティックを顔の近くに差し出す。ポリポリと食べていく仕草が可愛くて、もう一本あげてみる。
食べ終わり、何か鳴き声を発している。お礼を言われている気がした。
「気に入られたな」
「そうですか?」
「おう、次は撫でられるやつ行くぞ」
小さな角の生えた動物になつかれている。毛皮がふわふわしているタイプだ。
先生のいた世界で言うなら、毛深いシカが近いだろうか。それほど大きくない。大型の犬くらいか。
「よーしよーし、いい子だ。大人しくていい子だぞ」
ふれあいコーナーで楽しそうにしている先生は、世界を救う勇者には見えない。
「こんな感じで優しく撫でるんだ」
シカはベンチに座る先生の膝に頭を乗せて、大人しく撫でられている。
「クシナダにも来たぞー」
私にも近づいてくる。こういう形で生き物に触れる機会はなかった。
どうしていいかわからず、手を差し出す。
手に鼻を近づけて、匂いを嗅いでいるようだ。
「そのまま撫でればいいのさ。ゆっくりな」
「こう……ですか?」
撫でてみると、シカは目を閉じてじっとしている。
暖かくて、毛皮のおかげかふわふわしていて、触っていると穏やかな気持ちになっていく。
「女神っぽいな」
「そうですか?」
「おう、動物もいいもんだろ?」
「温かい……です」
この手が命に触れている。女神用の空間からではわからないぬくもりが、ここにある。
「ふふっ、いい子ね」
きっとこれを教えたくて、先生はここに連れてきたのだろう。
自分が守っているものが何なのか、手から伝わる命の暖かさは、私に言葉にできない何かを伝えている。
「先生、私は……この子たちを守りたいです。それが女神としてなのか、私が守りたいのか、はっきり区別は付きません。けれど、これも私の願いです」
「完全に分けなくたっていい。そうやって、やりたいことを増やしていけ。クシナダなら、大抵の願いは叶えられる」
そして一週間後、この世界に平和が戻った。
あっけない結末で、最後まで先生とまともに戦えた存在はいなかった。
「もう終わりか。じゃあしばらく観光でもしよう」
今まで見てきた勇者たちは、もっと仲間と感動を分かち合っていた。
けれど、あまりにも淡々と倒されたからか、ほとんど感想は出てこない。
「ならまたおいしいものでも食べに行きましょう」
「そうだな。まだちょっと変な気配もあるし」
「先生が言うなら間違いないわ。後で調べておきましょう」
かなり砕けた話し方になったと思う。
先生との日常に慣れ、親しくなっているのなら、それは悪い気分じゃなかった。
それから数日後、旅館に女神がやってきた。
「クシナダヒメ。もう任務は終わったはずの勇者と何をしているの」
知らない女神だ。気の強そうな、派手な服の女神で、あまり好きなタイプじゃない。
私が勇者と遊んでいると思われたのか。
実際は遊び半分、仕事半分だ。私はまだ、嫌な予感が拭えない。
「まだ世界が完全に平和かどうか確定していません」
「そんなものはあなたと私で可能よ。勇者は必要ない」
「俺がいれば早く終わるぞ」
「人間の手など物の数に入らないわ」
やはり過小評価されている。先生は人間として破格の強さを誇る。
女神女王神様や最上位の戦闘女神に勝てないとしても、その精神性は引けを取らない。飛び抜けて優秀な人間だ。
「もうちょっとで全部終わるから」
「観光が? いいから帰りなさい。ゲートを開いたわ」
光の扉が形成される。あれをくぐれば、先生はまた新たな世界を救いに行く。
「お別れを言う時間をあげる」
こんな突然の別れなど不本意だ。まだ教わっていないことはたくさんある。
「先生、私はまだ、自分の願いすらも曖昧で……できのいい生徒ではなかったかもしれません。ですがこの旅で、何か大切なものを見つけた気がします」
「クシナダは優秀な生徒だったよ。もし何かあったら呼べ。すぐに来る。来て欲しいと願いえばいい。必ず行くから」
本当に来てくれるのだろう。確信がある。この人はそういう人だ。
笑顔でお別れするつもりだったのに、先生の顔が少しだけ真剣なものに変わった。
「気をつけろ。まだ終わりじゃない」
「先生?」
「忘れるな。お前は一人じゃない。いいな」
「はいはい、さっさと行きなさい。喋りすぎ。もういいわね、クシナダヒメ」
「先生。今までありがとうございました! どうかお元気で!!」
「元気でな。クシナダ」
強引に別れを打ち切られ、最後に精一杯お礼を告げた。
「ふう……あなたちょっと入れ込みすぎよ」
「そうでしょうか」
「そうよ。それにしても凄いのね、あなたの加護って。あんなぱっとしないやつでも世界が救えちゃうんだから」
「先生は、私と出会う前から勇者でしたよ」
そして知ることになる。まだ終わっていないと。
最大の地獄は、ここから始まる。
投稿が何ヶ月も遅れて申し訳ありません。
なんとか前後編にしようとしてまとめきれず、中編として半分投稿します。
おまたせしてすみませんでした。




