みんなで花火を見よう
「お祭りに行きましょう!」
のどかな昼下がりに、リコが意味わからんこと言い出した。
「行きましょう!」
「二回言っても無駄だぞ」
「どうしてですか!?」
「あのな、俺はスローライファーなんだよ。外出とか控えないといけないの」
基本的に家から出る気はない。長期滞在などもってのほか。リゾートも数日で帰ってきた。
「外出して騒がしい場所へ行く。これはもうスローライフへの冒涜だぞ」
「意味がわかりません」
「見ろこのマッサージチェアとエアコンを。ここでテレビをつけて、なんかゲームとかやってたらそれっぽいだろ」
この状態をスローライフ状態の第1段階とする。
これを基本形態とし、さらに堕落するのだ。
「ただのダメ人間じゃないですか」
「ここでリラックスするアロマとかセットしてみる」
「うわあ似合わないですね」
「さらに間接照明だ!」
これでなんかくつろぎ癒やし空間になった気分である。
どうだこのスローな感じは。
「邪魔だから片付けてください」
「えぇ……せっかく作ったのに」
渋々撤去した。次回は自作PCとかハーブでもやるかな。
「そうか、家庭菜園とかやるか!」
「そんなものよりお祭りです!」
「どうしてそんなに行きたいんだ?」
「屋台が欲しいです!」
「屋台丸ごとかお前」
こいつなら食い尽くしかねない。そんな確信がある。
遠ざけよう。人間の皆様が楽しめるお祭りにするために。
「いっそ崇め奉られるというのはどうでしょう? 供物とかもらえるかもしれませんよ」
「そういう神じゃないだろお前。土着神じゃねえし」
「お祭りの焼きそば……たこ焼き……」
「異世界だぞ」
焼きそばはともかく、たこ焼きはちょいおかしくないかね。
「ううぅぅぅ……食べたいです」
「自分で作ればいいだろ」
「あの屋台特有の雑な味がいいんです!」
「わかるけどさあ」
だからって女神がほいほい人間の前に姿を表すなよ。
俺は元勇者だから除外で。
「リコちゃんはいっつも食べ物の話題ね」
「クシナダさんも行きましょう!」
洗い物していたクシナダ参戦。こいつもいまいちどっち側なのかわからん。
たまにリコの案に乗るんだよな。不思議なやつだ。
「私も人間に会いすぎるのはNGよ」
「そんなあ……」
がっくりとうなだれるリコは、なんとも儚げな雰囲気を出していて、すごくアホっぽい。
「かき氷食べて、お好み焼き食べて、フランクフルト食べて」
「食う以外なんかねえのか」
こいつから食欲取ったら何が残るのか、割と本気で気になってきた。
「じゃあ花火で」
「雑よリコちゃん」
「花火大会しましょう!」
「えぇ……」
そっちいったかー。いやいや、これまさか用意するの俺かよ。
「先生なら、どうせ花火職人もやったことあるでしょう?」
「あるけどさあ……」
どうするかな。やるなら本格的なやつだろうか。友人とやる軽いやつでいいのかも。
「夜空に大輪の花を咲かせてください」
本格的なやつを希望されています。めんどい。何が悲しくて労働せにゃならんのよ。
「では準備してきますね」
「なんのだよ?」
「お庭をお祭りっぽくしようかと」
「クシナダ。監視任せた」
「私にふらないでちょうだい」
そして夜になった。マジで時間ふっとばして朝にしてやろうかと思ったよ。
「はい夜になりました!!」
テンション高めのリコがいる。庭はなんか屋台があるし、意味わからん。
「お祭り感を出すために、屋台のおじさん役を頼んだフォルテさんです!」
「こいつを殴る権利をくれ」
ねじり鉢巻でとうもろこしとやきそば焼いてるフォルテがいた。
すげえ不服な顔だ。嫌々やっていますというオーラが出ている。
「お前なんで……」
「お祭りがあるから来てくれと、突然頼まれて連れてこられた」
「他人に迷惑かけんな!」
おおう、すげえ申し訳ない。あとでなんかレアアイテムとか、安全な禁術とか教えてあげよう。不憫だ。
「えー……アキラ様がお祭りやるからどうですかって頼んだら、ちょっと悩んだけど行くって言ったじゃないですか」
「どう考えてもこっち側じゃないだろ!! 祭りを楽しむ側だ!!」
そらそうだ。何が悲しくて屋台で焼きそば焼くんだよ。
お誘いってそうじゃないだろうに。
「フェスティバルアクターとして頑張ってください」
「それっぽい名前つけても駄目だからな!!」
「じゃあ焼きそばください!」
「じゃあの意味がわからん!!」
それでも焼きそばをワタシているフォルテ。律儀なやつだ。
俺も食ってみるがうまい。なんでもできるな大賢者って。
「おいしいわ。大賢者って凄いわね」
「バカにされてないか?」
「純粋に褒めてるわよ」
「そうですよ! 焼きそば屋さんでやっていけますよ!」
「やるかアホ!!」
たこ焼きもうまい。初挑戦らしいのに、ちゃんと形になっているのは尊敬する。
「わたがしとかあります?」
「まずわたがしを知らんぞ」
「大賢者なのに!?」
「大賢者何だと思ってんだ!!」
よし、ここはフォルテに任せよう。そーっと背を向けて逃げるのだ。
「待て。この状況で逃げるなど許さんぞ」
光速移動して肩を掴まれた。素早い。意地でも俺を巻き添えにする気だな。
「テレポートすべきだったか」
「本気すぎない?」
「しょうがないですねえ。じゃあわたしがイカ焼き作ってあげますよ」
「よりによってイカ焼きをチョイスするか」
浴衣でイカ焼きを作り始めた女神に、どう対処するべきか大至急教えて下さい。誰でもいいので助言くださいマジで。
「大変ね先生」
クシナダがいつの間にか浴衣だ。楽しむ方向に舵を切ったのだろう。
「大変になってきたから家に戻って……」
「逃さないわよ」
クシナダにも肩を掴まれる。なんなのブームなの?
「私にリコちゃんを押し付けた借りを返してもらうわ」
あっ、これちゃんとお礼しないといけないやつだ。
「すまんかった」
「屋台の作り方がわからないって言われて、私が魔法で作ったのよ」
クシナダも結構全知全能なところがあるので、その程度はできる。
「苦労したんだな」
「それは先生のせいよね?」
「それはごめん」
お詫びのために、俺もリコと一緒にイカを焼く。おいしい料理を作ってあげよう。
「先生、その親切はズレているわ」
「アキラは妙なところでから回るやつだな」
「ちゃんとたこ焼きも作ってるよ」
「違うの、違うのよ先生」
たこ焼きも鈴カステラもりんご飴も作れるんだぜ。
祭りの屋台で銀河の運命とか決める世界行ったし。
「そうやってリコの隣にいるのがまずおかしくないか?」
「どういうことだ?」
フォルテの話がいまいち飲み込めない。だがイカ焼きはよく焼けている。
「私も作るわね」
「結局全員で料理してるだけだろこれ」
「いいのよ。最近リコちゃんと遊びすぎよ」
「そうか?」
「クシナダとは師弟なんだろう? 気にかけてやれ」
クシナダはそんな弱い存在じゃないぞ。俺がいなくても、立派に女神としてやっていける。その優秀さはよく知っているさ。
まあ見た目が人間だからな。勘違いするのも仕方がないだろう。
「そうよ。フォルテさんがいいこと言ったわ。不老不死の加護とかいる?」
「いらんわ。ほいほい渡すものではないだろうが」
「俺だって弟子が何考えてるかくらいわかるさ。元勇者だぞ」
「ほほう、なら聞かせてくれるか?」
ここで俺の推理力が試される。まあそんな難しい話ではない。
状況を的確に、正確に読み取るだけさ。
「俺たちは全員で料理している。そのラインナップはイカ焼き、たこ焼き、お好み焼き、フランクフルト。肉類とソース物が多い」
「ですね!」
「ならば簡単さ」
魔法で炊飯器を横に召喚。蓋を開け、茶碗に普通くらいに盛り付けて渡してやる。必要なのはこれだけだ。
「ライスが欲しくなるだろう?」
この気配りこそ、勇者に必要なスキルである。
「えぇ……」
「なぜそれでドヤ顔ができる」
二人がなんか残念そうな人を見る目になったぞ。おかしい。名探偵と呼ばれた俺が間違えるはずがない。あれか、健康とカロリーを気にして玄米にすべきだったのか。
「じゃあわたしもライスください」
リコは喜んでいる。お好み焼きと白米を一緒に食べるタイプのようだ。
「アキラお前……恋人とかいないのか?」
「なぜ急に」
フォルテの質問はどういう意図なんだろうか。祭りの屋台でする話でもないだろう。
「恋バナですかー?」
「お前興味あるのか?」
「いいえ。お話に没頭するとイカが焦げちゃいますので、ほどほどにお願いしますね」
「なるほど」
こいつ恋愛とか欠片も興味ねえな。まあリコらしいといえばリコらしいが。
「恋愛に興味はないよ。恋人も今までいたこともない。よし、これだけ作りゃいいだろ。花火見ようぜ」
適当に人数分の食い物を作った。あとは全員で座って花火を見るだけだ。
「先生は本当にもう……」
「よーし打ち上げるぞ!」
花火は魔法でセットした。庭で椅子に並んで座り、夜空に大輪の花が咲き誇った。
「ほう、これは美しい」
「わーい! きれいです!」
どーんと豪快な音を立て、何発も何発も上がる。
種類も豊富にしておいたぜ。
「こういうのも素敵ね」
「ああ、悪くない」
全員好感触らしく、楽しそうにはしゃぐリコ、興味深そうに眺めるフォルテ、静かに嬉しそうに見ているクシナダと、それぞれ楽しんでいるようだ。
「ね、たまにはいいんですよこういうの!」
「はいはい、たまーにだぞ」
誰かと飯食いながら、花火を見る。これはこれで楽しい。
敵も世界も気にせず、ただ一緒に何かをするというのも、独特な空気感があっていいな。
新たなスローライフ感を覚え、少しだけリコに感謝したのだった。




